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1巻
1-2
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だんだんと突然のSランクパーティの登場にも慣れてきた集会所では、そんな状態の俺をバカにする会話があちこちで交わされ始めていた。
スタスタスタ…………
「ヒッ!?」
倒れ込む俺に真っ直ぐ近づいてくる三人。
「ああぁダメでございます御三方! こんな汚らしい男に近づくなど! ここは私が速急に始末します故、少々お待ちを」
「そんなことしなくていいわ。それに私たち、貴方には興味ないの。そこらに座ってて」
「え…………」
呆然となる筋肉モリモリマッチョマン。
彼女たちは本当に他の物には一切目もくれず、ただ俺だけをその視界に捉え、とうとう俺の目の前に立った。
あぁ、俺、このまま彼女らにボコボコにリンチされたりするのかな?
……いやでも、よくよく考えれば、さっきのままだと俺は筋肉ダルマに筋肉リンチされていたわけだ。
それが美少女三人にリンチされるに変わったと考えれば、意外と俺は運が良かったと言えるんじゃないか? 全国のドM紳士御一行からしたら、今の状況は最高のご褒美だぞ?
そうだ、もう俺にはまともな道なんて用意されてないんだ。それならもういっそのこと、勇者パーティから追放されたことも気持ちいいと思えるくらいのドM人間になってしまえばいいんだ!
気がつくと、俺は例の少女三人に囲まれていた。
さぁ全世界のマゾヒストたちよ! 今から起こるであろう俺の惨事を羨むがいい!!
「やっと見つけた…………」
「へ?」
「貴方をずっと捜していたの……お願い! 私たちの仲間になって!!!」
…………………………………………
「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」」
少女たち以外の全員が上げた大絶叫で、今にも崩れるんじゃないかと思うくらい建物が揺れる。
一体……なにが起こっているんだ…………?
4 自己紹介
先程の騒ぎから数分後、とりあえず落ち着いて話す為に、俺は烈火の戦姫三人と共に卓を囲んでいた。
なんといってもヤバいのは周囲の視線だ。なんとか平静を装っている冒険者たちだったが、その視線は相変わらず俺たちのテーブルに向けられている。
特にヤバいのは案の定、例の筋肉ダルマだ。体中の筋肉から血管が浮き出し、最早新種の魔物と言われても納得できる様相になっていた。
身体が竦む程の好奇の目。だが烈火の戦姫三人は、そんな視線なんて一切気にした様子を見せていない。
そしてその視線は、ただただ真っ直ぐ俺の目に向かっていた……
「さっきは突然なことを言ってしまってごめんなさい……あっ、とりあえず自己紹介からしないといけないわね」
「あっ、うん」
Sランク冒険者三人に囲まれるEランク冒険者。
俺はなぜこんな状況になっているのか分からず、ただ肩を縮こまらせて膝をガクガク震わせているだけなのに、どうして周囲からの視線はこれほどにも冷たいのだろう……
「私の名前はリン。このパーティのリーダーをしているわ」
真紅の髪の少女が、その凛とした姿にぴったり合った名前を口にする。
「貴方はカインよね」
「へ? なんで君が俺の名前を?」
リンはさも当たり前のように俺の名前を口にした。
「なに言ってるのよ、貴方、あの有名な勇者パーティの一員だったのよ? 目をつけていて当然だわ」
あぁそういうこと……
うわぁ知らなかった……俺ってそんなに悪名高かったんだな…………
多分皆から、なにあの勇者パーティにいつもくっついてる金魚の糞、とか噂されてたんだろうなぁ。
いやまぁ事実なんだけど……でもこんな美少女たちにもそう思われてたと思うと精神的ダメージが…………
「あ、年上ならカインさんって呼んだ方がいいかしら? 私たちは一六歳なのだけど……」
「あ、カインのままでいいよ。俺も一六だから同い年だ」
「分かったわ、それなら私のこともリンと呼んで」
同世代とは思っていたけど同い年だったのか。
……なんか落ちこぼれの自分と比べると、同い年なのが申し訳なくなってくるな…………
「次は私ですね! 私はサリア。よろしくね、カインちゃん」
「か、かいんちゃん?」
「はい、カインちゃんです」
「は、はぁ……」
青の髪の少女サリアは、先程からずっと穏やかな笑みを浮かべており、のほほんとした口調で俺をそう呼んだ。
ちゃ、ちゃん付けとかされたのって何年ぶりだろう……うわっ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい…………
「えと、ちゃん付けはちょっと……」
「あら、嫌なの?」
「嫌ではないけどその……少し恥ずかしいっていうか…………」
「あぁ、なるほど……」
目を瞑り、少し眉頭を上げてなにかを考え出すサリア。
うわっ、ここまでの美人になると、どんな表情でも絵になるな。
そんなことを思いながらサリアの姿に見とれていると、またその表情がもとの笑みに戻った。
「やっぱりダメです! カインちゃんはカインちゃんです!」
「えっ、ええぇ!? なんで!?」
「だって貴方、今きっとすごく心が傷ついてる」
「え……」
突然真剣な顔になったサリアに目を奪われてしまう。
その透き通った瞳に見つめられると、まるで心の中を丸裸にされたかのような錯覚を受けた。
でもそれは一瞬だけで、またすぐにあの穏やかな笑みに戻る。
「ふふふっ……私、心が痛んでいる人を見る目が少し鋭いのです。きっと今貴方は甘えられる人を欲しています。だからカインちゃん……たっぷりと私に甘えていいのですよ」
な、なんだこの感覚は?
今にも、この三人の中で群を抜いて豊満な胸元に飛び込みたくなってしまう――
これはもしや――母性か?
ああそうか!! 俺は今この女神に母性を見出しているのだ!!!
サリアの笑顔を見ると完全に思考が停止してしまい、自分の本能を抑えられなくなってしまう。
あぁ懐かしい……この感覚は、もう病で天国へと旅立ってしまった両親を思い出させる…………
よし、サリアも甘えていいと言ってくれたことだし、早速その胸元に深く刻まれた天界の渓谷にこの身を投身自殺させてしま……
ギロッッッッッッ!!!!!!!
「はっ!?」
欲望のままに椅子から身体を浮かせた途端、周囲から浴びせられた圧倒的な殺意の視線に、俺は正気に引き戻された。
あ、危ない危ない! 俺はなにを考えているんだ! 変態か!?
ほぼ同世代の女の子に母性を感じるとか、世間体的にあまりよろしくないぞ!!
こ、この女の子は危険だ……気を抜いて接していると周囲の人間に衛兵を呼ばれる可能性がある、気をつけねば……
「あら? どうかなさいましたか? 甘えてくださって構わないのですよ?」
「い、いや、流石にまだ捕まる覚悟はないんで」
「はい? 捕まる??」
「あ、いや! なんでもないなんでもない! とりあえず俺は甘えるとか大丈夫だから!!」
「そうですか……残念です」
自我を守る為、首と両手を横にブンブン振ると、途端にサリアの表情が暗くなる。
あの……そんな顔されると罪悪感が半端ないっていうか、なんでも許したくなるというか……
「分かりました、私はまだカインちゃんに甘えられるには力不足なのですね! これからはもっと精進して、カインちゃんに認めてもらえるようになってみせます!」
天国の父さん母さんごめんなさい。どうやら俺は同年代の女の子に母性を覚えてしまうことになりそうです。
もしそんな姿の息子を天国から見てしまったら全力で目を逸らしてくださいお願いします。
「サリア、あんまり変なこと言わないの!」
「あ、ごめんなさい、つい熱くなってしまって……えと、最後はミーちゃんね!」
「うん!」
サリアにミーちゃんと呼ばれた金髪の少女が、なぜか勢いよく立ち上がる。
だが立ち上がってピンと背筋を伸ばしたその状態でも、椅子に座っている俺と同じくらいの背丈だった。
集会所に入ってきた時は、残り二人の圧倒的な覇気のせいでそこまで小柄とは思わなかったけど、近くで見ると、この子相当小さいな…………
「ミーナだよ! よろしくぅ!」
それなのになぜこの子は、こんなに自信満々な顔をしているのだろう?
限界まで口角がツリ上がった半端じゃない程のドヤ顔に、一切の穢れを知らなそうな無垢な碧眼が輝いている。
あぁなんだろう、サリアとはまた違う、この癒される気持ち。
荒み切った心が、彼女を眺めているだけで平穏に包まれていく……そんな風に感じてしまう程愛らしく微笑ましい少女だ。
「うん! よろしくねミーちゃん!」
「あれ? リンとサリアは呼び捨てなのに、ミーナだけちゃん付け?」
「あっ、嫌だった?」
あぁ、あるよな、小さい子扱いされたくない子供心って。
あまりにも微笑ましかったから、つい馴れ馴れしく接してしまった、気を悪くしちゃったかな?
「ううん、全然いーよ! サリアも私のこと、ミーちゃんって呼んでるしね! あっ、それならミーナ、カインのことをカインおにーちゃんって呼ぶね!」
「カインおにーちゃん?」
「うん! サリアにカインちゃん呼びは取られちゃったから、ミーナはカインおにーちゃん!!」
「あははっ、そっかそっか」
ああぁぁ、癒されるぅ。
俺は別にロリコンではないけど、この子供特有の純真さは見ているだけで心があったかくなる……
はぁ、無理って分かってても、その純真さを忘れないで成長してほしいものだなぁ。
「……貴方が一体なにを考えているかは知らないけど、さっきも言ったように私たちは三人共、同い年よ」
「――へ?」
リンが放った衝撃の一言に、緩みまくりだった俺の表情筋が一気に引き締まる。
え……ミーちゃんがこの二人と同い年?
「うそでしょ?」
「んーん、ミーナ、ちゃんと大人だよ! ね、サリア!」
「うふふっ、ミーちゃんは可愛く成長したものね」
どうやら本当に、嘘を言ってるわけではないようだ。
はっ! つまり俺は、同い年の女の子におにーちゃん呼びさせることになるのか!?
まずい、それは本当にまずい、社会的にまず過ぎる。
ほら、だって今の話を聞いてた周りの冒険者たちが、自分の武器に手をかけ始めてるし!
な、なんとしても訂正させなければ!
「あ、あの、ミーちゃん?」
「でもミーナ、今までおにーちゃんなんて呼べる人できたことがないから嬉しいかも! えへへへ……カインおにーちゃん!」
うんっ、もう同い年でもロリコンでもなんでもいいや。
可愛いんだから仕方ない、うん。
「はぁ、なんだか話が脱線してきてるから、そろそろ本題に入るわよ」
個性的なこの面子の中で唯一ずっと冷静なリンが場を仕切る。
そこは流石リーダーといったところなのだろう。サリアとミーナも姿勢よく椅子に座り直し、表情も引き締まる。
「さて、改めて言うわ。カイン、貴方に私たちのパーティに入ってほしいの」
彼女たちとのこの出会いこそが、俺の人生が一八〇度変わることになる最大のきっかけだった。
5 伝説の始まり
「カイン、貴方に私たちのパーティに入ってほしいの」
はっきりと発せられたその一言に、俺と周囲の空気が張り詰める。
俺が聞いた話だと烈火の戦姫は設立時からこの三人で、メンバーの追加などは一切行ってない。
そんな三人がこんな底辺冒険者を仲間にしようと言っているのだ、はっきりいって異常な光景だ。
「……理由が聞きたいな」
この時、実のところ俺は大量の冷や汗を流していた。
自分よりはるかに強いパーティに誘われる……
その光景は、以前勇者パーティに誘われた時と酷似していたからだ。
「私たちは三人共、理由があって本当の親と離れ離れになっているの。でも行き場をなくした私たちを拾ってくれた人がいた。クレアおばあちゃん……育ての親ってやつね」
淡々と話される不幸な話に一瞬ゾッとしたが、三人の表情に変わった様子はない。
となるとこれはおそらく最近の話ではないな、相当昔からそのおばあさんに育てられてきたみたいだ。
「そのおばあちゃんが今、呪いで苦しんでいるの、私たちが助けなくちゃいけない」
「呪い?」
「えぇ、お墓参りに行った時に、タチの悪い悪霊に掴まされたみたい。教会にお祓いをお願いしてみたけど、もうおばあちゃんは高齢だから身体が耐えられないって……」
話すにつれてどんどん三人の表情が暗くなっていく。三人にとってそのおばあさんがどれほど大切な存在かが、こっちにも伝わってくる。
「だから私たちは《霊峰の白百合》が必要なの」
「霊峰の白百合?」
聞いたことがない名前だ、白百合ということは花か?
「この花を煎じて飲めばどんな呪いも祓えると言われている、花弁どころか茎と葉まで真っ白の百合よ。この付近では槍天山の山頂に自生しているわ」
「槍天山の山頂って……あそこには《ヘカトンケイル》がいるぞ!?」
思わず大声を上げてしまう。
ヘカトンケイルとは、全長二・五メートル程の中型の魔物だ。
二足歩行で人とよく似た姿をしており、背中には身体を全て覆ってしまう程の大きさを持つ翼を生やしている。
他の特徴といえば、武器を使うことだろうか。この魔物は個体によって剣、斧、槍など様々な武器を扱うことが確認されている。
サイズ的にはそこらの魔物とあまり変わらず、大したことないようにも思える。だがその強さは段違いどころではない。
ヘカトンケイルは山の頂に一匹で棲み、気性は荒く、目に映る生き物全てに武器を向ける。
高い山の頂程の高さに生きる敵、その多くはドラゴンだ。
そう、彼らはドラゴンを殺し、食らうことで生きているのだ。
強さは一匹でアークドラゴン四匹分程度か。
そしてその生態から付いた二つ名は『竜狩り』。
山頂に棲むことから人里への被害はあまりない。が、ドラゴンとの戦闘により地に落とされたヘカトンケイルが墜落地点付近にいた人間を皆殺しにしてしまう事件が稀に起こっており、できることなら討伐が求められている魔物でもある。
その強さはSランクパーティでも苦戦を強いられる程であり、ギルドは全ての魔物の中で最も危険なランク《第1級危険生物》の一匹に位置付けている。俺が勇者パーティにいた頃でも倒したことがなかった相手だ。
ちなみに、魔物の強さの指標には第1級から第6級まであり、数字が小さくなればなる程、その魔物は強力ということになる。
このランク付けは冒険者のパーティランクとリンクしており、第1級危険生物なら冒険者パーティの推奨ランクはSランク、第2級危険生物ならAランク……と、魔物の格が一つ下がるごとに推奨ランクも一つ下がる。
そして、ソロで狩りに行くのなら、推奨ランクから一つ下げたくらいが丁度いいとされている。
この計算方法だと、魔物の最低ランクである第6級危険生物を倒すのに相応とされるのはEランクの冒険者パーティとなる。
つまり、俺のようなEランク冒険者の中でもパーティを組んでももらえないド底辺は、魔物と戦うことすら推奨されていないのだ。
まぁ強さこそが正義である冒険者業界では、自分に才能がないと分かった冒険者はすぐに辞めてしまうから、Eランクの冒険者なんて俺以外ほとんどいないらしいけどね。
……なんだかすごく悲しい気分になってしまったが、とりあえずヘカトンケイルがいかに強力かは、分かってもらえたと思う。
「あまりに危険だ、他に手に入れる手段はないのか?」
「それがあったら苦労してないわ。なぜか霊峰の白百合はヘカトンケイルが棲息している付近にしか咲かないの。まったく、随分ロマンチストな魔物よね……それに、このままだとおばあちゃんの命もあまり長くないの、本当に急がないと…………」
「おばあちゃん、昨日は立ち上がることもできなくなっちゃってたよね…………」
「そうですね……」
三人の顔が更に暗くなる、これ、相当事態は深刻なようだ。
「実は既に一度、私たちだけで槍天山に行っているの。だけどあの山は道が険しい上に、自然災害が多発することで有名で、相当な頻度で落石は起こるし超急斜面で魔物と戦闘になるしで、今の私たちには無理だとはっきり分かって引き返したわ」
できることなら助けてやりたいが、でもそもそも俺には力がないし、それに…………
また勇者パーティの時と同じく騙されて捨てられるんじゃないかという考えが頭を過った時、それを吹き飛ばすような勢いでリンが顔を上げた。
「でもそんな八方塞がりの時に、貴方が勇者パーティから外れたことを知った! これは運命よ!! 私たちには今、貴方の力が必要なの! 勇者パーティにすら認められた程の貴方の豪運なら、私たちを山頂へと導いてくれるはず!!」
「へ?」
今までの話を聞いて俺まで表情が険しくなってしまっていたが、その一言で一気に顔の緊張がほぐれてしまう。
へ……? 勇者パーティに認められた?
「あの……一瞬たりとも認められた覚えがないんですけど」
「ん? なに言ってるの? というか思ってたより貴方って普通ね。素行の悪いことで有名な勇者パーティを追放されたって聞いてたから、相当ヤバいやつなんだと思ってた! 貴方一体なにやらかしたの?」
「えっと……やらかしたというか、なにもやらかせなかったというか…………」
なんだろう、決定的なところで話が噛み合っていない気がする。
これってもしかして……
「あの、俺ただの底辺冒険者だよ? 勇者パーティからは役立たず過ぎて捨てられただけ」
「はい? 貴方、運のパラメータがカンストしてるって聞いたけど……」
「あっ、うん。それは本当。だけどそんなのなんの役にも立たないから……」
あぁ、やっと理解した。この三人は俺が勇者パーティで活躍してたと勘違いしてるんだ。
聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちも、事情が分かってざわつき出す。
「おいおい! あいつ、あのカインらしいぞ!」
「はははっ! 勇者パーティをクビになったって本当だったんだな!!」
「なんだ? それなら新たな寄生先を探してここにこもってたわけかよ! 少しは自分の力で動いたらどうだこの害虫が!!」
周囲が完全に俺をバカにした笑い声で包まれる。
スタスタスタ…………
「ヒッ!?」
倒れ込む俺に真っ直ぐ近づいてくる三人。
「ああぁダメでございます御三方! こんな汚らしい男に近づくなど! ここは私が速急に始末します故、少々お待ちを」
「そんなことしなくていいわ。それに私たち、貴方には興味ないの。そこらに座ってて」
「え…………」
呆然となる筋肉モリモリマッチョマン。
彼女たちは本当に他の物には一切目もくれず、ただ俺だけをその視界に捉え、とうとう俺の目の前に立った。
あぁ、俺、このまま彼女らにボコボコにリンチされたりするのかな?
……いやでも、よくよく考えれば、さっきのままだと俺は筋肉ダルマに筋肉リンチされていたわけだ。
それが美少女三人にリンチされるに変わったと考えれば、意外と俺は運が良かったと言えるんじゃないか? 全国のドM紳士御一行からしたら、今の状況は最高のご褒美だぞ?
そうだ、もう俺にはまともな道なんて用意されてないんだ。それならもういっそのこと、勇者パーティから追放されたことも気持ちいいと思えるくらいのドM人間になってしまえばいいんだ!
気がつくと、俺は例の少女三人に囲まれていた。
さぁ全世界のマゾヒストたちよ! 今から起こるであろう俺の惨事を羨むがいい!!
「やっと見つけた…………」
「へ?」
「貴方をずっと捜していたの……お願い! 私たちの仲間になって!!!」
…………………………………………
「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」」
少女たち以外の全員が上げた大絶叫で、今にも崩れるんじゃないかと思うくらい建物が揺れる。
一体……なにが起こっているんだ…………?
4 自己紹介
先程の騒ぎから数分後、とりあえず落ち着いて話す為に、俺は烈火の戦姫三人と共に卓を囲んでいた。
なんといってもヤバいのは周囲の視線だ。なんとか平静を装っている冒険者たちだったが、その視線は相変わらず俺たちのテーブルに向けられている。
特にヤバいのは案の定、例の筋肉ダルマだ。体中の筋肉から血管が浮き出し、最早新種の魔物と言われても納得できる様相になっていた。
身体が竦む程の好奇の目。だが烈火の戦姫三人は、そんな視線なんて一切気にした様子を見せていない。
そしてその視線は、ただただ真っ直ぐ俺の目に向かっていた……
「さっきは突然なことを言ってしまってごめんなさい……あっ、とりあえず自己紹介からしないといけないわね」
「あっ、うん」
Sランク冒険者三人に囲まれるEランク冒険者。
俺はなぜこんな状況になっているのか分からず、ただ肩を縮こまらせて膝をガクガク震わせているだけなのに、どうして周囲からの視線はこれほどにも冷たいのだろう……
「私の名前はリン。このパーティのリーダーをしているわ」
真紅の髪の少女が、その凛とした姿にぴったり合った名前を口にする。
「貴方はカインよね」
「へ? なんで君が俺の名前を?」
リンはさも当たり前のように俺の名前を口にした。
「なに言ってるのよ、貴方、あの有名な勇者パーティの一員だったのよ? 目をつけていて当然だわ」
あぁそういうこと……
うわぁ知らなかった……俺ってそんなに悪名高かったんだな…………
多分皆から、なにあの勇者パーティにいつもくっついてる金魚の糞、とか噂されてたんだろうなぁ。
いやまぁ事実なんだけど……でもこんな美少女たちにもそう思われてたと思うと精神的ダメージが…………
「あ、年上ならカインさんって呼んだ方がいいかしら? 私たちは一六歳なのだけど……」
「あ、カインのままでいいよ。俺も一六だから同い年だ」
「分かったわ、それなら私のこともリンと呼んで」
同世代とは思っていたけど同い年だったのか。
……なんか落ちこぼれの自分と比べると、同い年なのが申し訳なくなってくるな…………
「次は私ですね! 私はサリア。よろしくね、カインちゃん」
「か、かいんちゃん?」
「はい、カインちゃんです」
「は、はぁ……」
青の髪の少女サリアは、先程からずっと穏やかな笑みを浮かべており、のほほんとした口調で俺をそう呼んだ。
ちゃ、ちゃん付けとかされたのって何年ぶりだろう……うわっ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい…………
「えと、ちゃん付けはちょっと……」
「あら、嫌なの?」
「嫌ではないけどその……少し恥ずかしいっていうか…………」
「あぁ、なるほど……」
目を瞑り、少し眉頭を上げてなにかを考え出すサリア。
うわっ、ここまでの美人になると、どんな表情でも絵になるな。
そんなことを思いながらサリアの姿に見とれていると、またその表情がもとの笑みに戻った。
「やっぱりダメです! カインちゃんはカインちゃんです!」
「えっ、ええぇ!? なんで!?」
「だって貴方、今きっとすごく心が傷ついてる」
「え……」
突然真剣な顔になったサリアに目を奪われてしまう。
その透き通った瞳に見つめられると、まるで心の中を丸裸にされたかのような錯覚を受けた。
でもそれは一瞬だけで、またすぐにあの穏やかな笑みに戻る。
「ふふふっ……私、心が痛んでいる人を見る目が少し鋭いのです。きっと今貴方は甘えられる人を欲しています。だからカインちゃん……たっぷりと私に甘えていいのですよ」
な、なんだこの感覚は?
今にも、この三人の中で群を抜いて豊満な胸元に飛び込みたくなってしまう――
これはもしや――母性か?
ああそうか!! 俺は今この女神に母性を見出しているのだ!!!
サリアの笑顔を見ると完全に思考が停止してしまい、自分の本能を抑えられなくなってしまう。
あぁ懐かしい……この感覚は、もう病で天国へと旅立ってしまった両親を思い出させる…………
よし、サリアも甘えていいと言ってくれたことだし、早速その胸元に深く刻まれた天界の渓谷にこの身を投身自殺させてしま……
ギロッッッッッッ!!!!!!!
「はっ!?」
欲望のままに椅子から身体を浮かせた途端、周囲から浴びせられた圧倒的な殺意の視線に、俺は正気に引き戻された。
あ、危ない危ない! 俺はなにを考えているんだ! 変態か!?
ほぼ同世代の女の子に母性を感じるとか、世間体的にあまりよろしくないぞ!!
こ、この女の子は危険だ……気を抜いて接していると周囲の人間に衛兵を呼ばれる可能性がある、気をつけねば……
「あら? どうかなさいましたか? 甘えてくださって構わないのですよ?」
「い、いや、流石にまだ捕まる覚悟はないんで」
「はい? 捕まる??」
「あ、いや! なんでもないなんでもない! とりあえず俺は甘えるとか大丈夫だから!!」
「そうですか……残念です」
自我を守る為、首と両手を横にブンブン振ると、途端にサリアの表情が暗くなる。
あの……そんな顔されると罪悪感が半端ないっていうか、なんでも許したくなるというか……
「分かりました、私はまだカインちゃんに甘えられるには力不足なのですね! これからはもっと精進して、カインちゃんに認めてもらえるようになってみせます!」
天国の父さん母さんごめんなさい。どうやら俺は同年代の女の子に母性を覚えてしまうことになりそうです。
もしそんな姿の息子を天国から見てしまったら全力で目を逸らしてくださいお願いします。
「サリア、あんまり変なこと言わないの!」
「あ、ごめんなさい、つい熱くなってしまって……えと、最後はミーちゃんね!」
「うん!」
サリアにミーちゃんと呼ばれた金髪の少女が、なぜか勢いよく立ち上がる。
だが立ち上がってピンと背筋を伸ばしたその状態でも、椅子に座っている俺と同じくらいの背丈だった。
集会所に入ってきた時は、残り二人の圧倒的な覇気のせいでそこまで小柄とは思わなかったけど、近くで見ると、この子相当小さいな…………
「ミーナだよ! よろしくぅ!」
それなのになぜこの子は、こんなに自信満々な顔をしているのだろう?
限界まで口角がツリ上がった半端じゃない程のドヤ顔に、一切の穢れを知らなそうな無垢な碧眼が輝いている。
あぁなんだろう、サリアとはまた違う、この癒される気持ち。
荒み切った心が、彼女を眺めているだけで平穏に包まれていく……そんな風に感じてしまう程愛らしく微笑ましい少女だ。
「うん! よろしくねミーちゃん!」
「あれ? リンとサリアは呼び捨てなのに、ミーナだけちゃん付け?」
「あっ、嫌だった?」
あぁ、あるよな、小さい子扱いされたくない子供心って。
あまりにも微笑ましかったから、つい馴れ馴れしく接してしまった、気を悪くしちゃったかな?
「ううん、全然いーよ! サリアも私のこと、ミーちゃんって呼んでるしね! あっ、それならミーナ、カインのことをカインおにーちゃんって呼ぶね!」
「カインおにーちゃん?」
「うん! サリアにカインちゃん呼びは取られちゃったから、ミーナはカインおにーちゃん!!」
「あははっ、そっかそっか」
ああぁぁ、癒されるぅ。
俺は別にロリコンではないけど、この子供特有の純真さは見ているだけで心があったかくなる……
はぁ、無理って分かってても、その純真さを忘れないで成長してほしいものだなぁ。
「……貴方が一体なにを考えているかは知らないけど、さっきも言ったように私たちは三人共、同い年よ」
「――へ?」
リンが放った衝撃の一言に、緩みまくりだった俺の表情筋が一気に引き締まる。
え……ミーちゃんがこの二人と同い年?
「うそでしょ?」
「んーん、ミーナ、ちゃんと大人だよ! ね、サリア!」
「うふふっ、ミーちゃんは可愛く成長したものね」
どうやら本当に、嘘を言ってるわけではないようだ。
はっ! つまり俺は、同い年の女の子におにーちゃん呼びさせることになるのか!?
まずい、それは本当にまずい、社会的にまず過ぎる。
ほら、だって今の話を聞いてた周りの冒険者たちが、自分の武器に手をかけ始めてるし!
な、なんとしても訂正させなければ!
「あ、あの、ミーちゃん?」
「でもミーナ、今までおにーちゃんなんて呼べる人できたことがないから嬉しいかも! えへへへ……カインおにーちゃん!」
うんっ、もう同い年でもロリコンでもなんでもいいや。
可愛いんだから仕方ない、うん。
「はぁ、なんだか話が脱線してきてるから、そろそろ本題に入るわよ」
個性的なこの面子の中で唯一ずっと冷静なリンが場を仕切る。
そこは流石リーダーといったところなのだろう。サリアとミーナも姿勢よく椅子に座り直し、表情も引き締まる。
「さて、改めて言うわ。カイン、貴方に私たちのパーティに入ってほしいの」
彼女たちとのこの出会いこそが、俺の人生が一八〇度変わることになる最大のきっかけだった。
5 伝説の始まり
「カイン、貴方に私たちのパーティに入ってほしいの」
はっきりと発せられたその一言に、俺と周囲の空気が張り詰める。
俺が聞いた話だと烈火の戦姫は設立時からこの三人で、メンバーの追加などは一切行ってない。
そんな三人がこんな底辺冒険者を仲間にしようと言っているのだ、はっきりいって異常な光景だ。
「……理由が聞きたいな」
この時、実のところ俺は大量の冷や汗を流していた。
自分よりはるかに強いパーティに誘われる……
その光景は、以前勇者パーティに誘われた時と酷似していたからだ。
「私たちは三人共、理由があって本当の親と離れ離れになっているの。でも行き場をなくした私たちを拾ってくれた人がいた。クレアおばあちゃん……育ての親ってやつね」
淡々と話される不幸な話に一瞬ゾッとしたが、三人の表情に変わった様子はない。
となるとこれはおそらく最近の話ではないな、相当昔からそのおばあさんに育てられてきたみたいだ。
「そのおばあちゃんが今、呪いで苦しんでいるの、私たちが助けなくちゃいけない」
「呪い?」
「えぇ、お墓参りに行った時に、タチの悪い悪霊に掴まされたみたい。教会にお祓いをお願いしてみたけど、もうおばあちゃんは高齢だから身体が耐えられないって……」
話すにつれてどんどん三人の表情が暗くなっていく。三人にとってそのおばあさんがどれほど大切な存在かが、こっちにも伝わってくる。
「だから私たちは《霊峰の白百合》が必要なの」
「霊峰の白百合?」
聞いたことがない名前だ、白百合ということは花か?
「この花を煎じて飲めばどんな呪いも祓えると言われている、花弁どころか茎と葉まで真っ白の百合よ。この付近では槍天山の山頂に自生しているわ」
「槍天山の山頂って……あそこには《ヘカトンケイル》がいるぞ!?」
思わず大声を上げてしまう。
ヘカトンケイルとは、全長二・五メートル程の中型の魔物だ。
二足歩行で人とよく似た姿をしており、背中には身体を全て覆ってしまう程の大きさを持つ翼を生やしている。
他の特徴といえば、武器を使うことだろうか。この魔物は個体によって剣、斧、槍など様々な武器を扱うことが確認されている。
サイズ的にはそこらの魔物とあまり変わらず、大したことないようにも思える。だがその強さは段違いどころではない。
ヘカトンケイルは山の頂に一匹で棲み、気性は荒く、目に映る生き物全てに武器を向ける。
高い山の頂程の高さに生きる敵、その多くはドラゴンだ。
そう、彼らはドラゴンを殺し、食らうことで生きているのだ。
強さは一匹でアークドラゴン四匹分程度か。
そしてその生態から付いた二つ名は『竜狩り』。
山頂に棲むことから人里への被害はあまりない。が、ドラゴンとの戦闘により地に落とされたヘカトンケイルが墜落地点付近にいた人間を皆殺しにしてしまう事件が稀に起こっており、できることなら討伐が求められている魔物でもある。
その強さはSランクパーティでも苦戦を強いられる程であり、ギルドは全ての魔物の中で最も危険なランク《第1級危険生物》の一匹に位置付けている。俺が勇者パーティにいた頃でも倒したことがなかった相手だ。
ちなみに、魔物の強さの指標には第1級から第6級まであり、数字が小さくなればなる程、その魔物は強力ということになる。
このランク付けは冒険者のパーティランクとリンクしており、第1級危険生物なら冒険者パーティの推奨ランクはSランク、第2級危険生物ならAランク……と、魔物の格が一つ下がるごとに推奨ランクも一つ下がる。
そして、ソロで狩りに行くのなら、推奨ランクから一つ下げたくらいが丁度いいとされている。
この計算方法だと、魔物の最低ランクである第6級危険生物を倒すのに相応とされるのはEランクの冒険者パーティとなる。
つまり、俺のようなEランク冒険者の中でもパーティを組んでももらえないド底辺は、魔物と戦うことすら推奨されていないのだ。
まぁ強さこそが正義である冒険者業界では、自分に才能がないと分かった冒険者はすぐに辞めてしまうから、Eランクの冒険者なんて俺以外ほとんどいないらしいけどね。
……なんだかすごく悲しい気分になってしまったが、とりあえずヘカトンケイルがいかに強力かは、分かってもらえたと思う。
「あまりに危険だ、他に手に入れる手段はないのか?」
「それがあったら苦労してないわ。なぜか霊峰の白百合はヘカトンケイルが棲息している付近にしか咲かないの。まったく、随分ロマンチストな魔物よね……それに、このままだとおばあちゃんの命もあまり長くないの、本当に急がないと…………」
「おばあちゃん、昨日は立ち上がることもできなくなっちゃってたよね…………」
「そうですね……」
三人の顔が更に暗くなる、これ、相当事態は深刻なようだ。
「実は既に一度、私たちだけで槍天山に行っているの。だけどあの山は道が険しい上に、自然災害が多発することで有名で、相当な頻度で落石は起こるし超急斜面で魔物と戦闘になるしで、今の私たちには無理だとはっきり分かって引き返したわ」
できることなら助けてやりたいが、でもそもそも俺には力がないし、それに…………
また勇者パーティの時と同じく騙されて捨てられるんじゃないかという考えが頭を過った時、それを吹き飛ばすような勢いでリンが顔を上げた。
「でもそんな八方塞がりの時に、貴方が勇者パーティから外れたことを知った! これは運命よ!! 私たちには今、貴方の力が必要なの! 勇者パーティにすら認められた程の貴方の豪運なら、私たちを山頂へと導いてくれるはず!!」
「へ?」
今までの話を聞いて俺まで表情が険しくなってしまっていたが、その一言で一気に顔の緊張がほぐれてしまう。
へ……? 勇者パーティに認められた?
「あの……一瞬たりとも認められた覚えがないんですけど」
「ん? なに言ってるの? というか思ってたより貴方って普通ね。素行の悪いことで有名な勇者パーティを追放されたって聞いてたから、相当ヤバいやつなんだと思ってた! 貴方一体なにやらかしたの?」
「えっと……やらかしたというか、なにもやらかせなかったというか…………」
なんだろう、決定的なところで話が噛み合っていない気がする。
これってもしかして……
「あの、俺ただの底辺冒険者だよ? 勇者パーティからは役立たず過ぎて捨てられただけ」
「はい? 貴方、運のパラメータがカンストしてるって聞いたけど……」
「あっ、うん。それは本当。だけどそんなのなんの役にも立たないから……」
あぁ、やっと理解した。この三人は俺が勇者パーティで活躍してたと勘違いしてるんだ。
聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちも、事情が分かってざわつき出す。
「おいおい! あいつ、あのカインらしいぞ!」
「はははっ! 勇者パーティをクビになったって本当だったんだな!!」
「なんだ? それなら新たな寄生先を探してここにこもってたわけかよ! 少しは自分の力で動いたらどうだこの害虫が!!」
周囲が完全に俺をバカにした笑い声で包まれる。
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