ヤマネ姫の幸福論

ふくろう

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第十二章 3月11日

七五三のお祝いに

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 見慣れていたと思っていた、この白い貝殻を、これだけ近くでじっと見るのは初めてだ。

 確かに、ぽん太に言うように、大変な銘品である。
 インスタントで簡単な美ではなく、深い味わいを持った極美と言っていい。

 とても、高校生の工作とは思えない、名のある芸術家が作ったと言われても、誰もがきっと信じるだろう。

 特筆すべきは、ただ美しいだけでなく、実用性を兼ね備えている点だ。

 佑夏は、もう十年以上も身に付けているのに、まず、表面が全く劣化していない。
 光輝き、瑞々しく、滑らかな手触りで、まるで、ついさっきまで、海の中を歩いていたようだ。

 青、黄色、ピンクの三色のシーグラスは、見事に星型にカットされている。一体、どうやったんだ?
 それに、この三個は、あたかも、貝の中から姿を現し、元々、貝の一部であったかのように見えるくらい、自然にハマっている。
 接着剤でくっつけただけなら、とうに取れてしまっているはずだ。不思議だな~。

 髪に止める金具も、年数を経た金属特有の重厚な趣があって、しかも錆一つ浮いていないのだ。
 作り手の真帆さんが、長い年月の末に美が完成することを考えていたのだとしたら、その長期ビジョンに鳥肌が立つ。

 おそらく、いや、間違いなく、石森家に伝わる、鋏作りの秘術が生かされているに違いない。

「中原くん?」

「え?ああ、あんまり綺麗だから、つい見惚れちゃったよ。」

 佑夏の声で、僕はやっと、我に返る。そして、両手で貝殻を挟み、そっと彼女の手に渡す。

 姫も両手を重ね、利き手の左の掌の上に貝殻を乗せて、目は、この髪飾りから離さない。

「真帆姉ちゃんが高校一年生の11月にね、私の七五三のお祝いに、お父さんとお母さんが潮騒神社に連れて行ってくれることになって、私、”マホねえちゃんも、いっしょじゃないとやだ~!”ってダダこねたの。」

 潮騒神社は、潮騒市にある県内最大の神社で、初詣は賑わう。

「ハハハ、よっぽど、真帆さんのこと、好きだったんだね。それで、来てくれたの?」

「うん。今思うと、勝手だったけど、真帆姉ちゃんのお家に寄って、私、七五三の晴着を着せてもらってウキウキしてたから、真帆姉ちゃんの前でクルクル回って、”みて~!みて~!”って、うふふ。」

 うう!見たい!佑夏の七五三姿!さぞや可愛いんだろうな。
 写真は残ってるんだろうけど、さすがにスマホに入ってるとは思えない。

「そしたら、真帆姉ちゃん、”あら、ユーちゃん、カワイー!今日は、私も連れて行ってくれるのね?ありがとー!”って、笑ってくれたわ。
 
 私、何て答えたと思う?偉そうに”うん、いいよ!”だって!
 学校でも、近所でも”バカ娘”で有名だったから、アハハ!」

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