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第一章 秋空に特急に怪猫
幸福論って何?
しおりを挟むこの世に「幸福論」と呼ばれる本は、三冊ある。
アラン、ヒルティ、ラッセル。
三人の哲学者による、三者三様の幸福論。
「幸福とは何か?」ではなく、「どうすれば、幸福になれるのか?」を解説している点が、三人とも共通している。
この内、最も有名であり、日本では一番愛されているのが、アランの幸福論。
ペンネーム・アラン
本名 エミール・オーギュスト・シャルティエ(1868ー1951)
フランス・ノルマンディー生まれ
大学教授の有資格者でもあったアランは、誰もが羡む、国立パリ大学からの再三のオファーを断り続け、65歳で退任するまで、生涯を一高校教師として勤めあげた。
青春ドラマの題材にもなりそうな、アランのこの生き方は、教師を目指している佑夏にとっての理想像でもあるらしい。
アランは微笑むことの大切さを述べている。
事実、微笑は心労を癒し、体にいいのだという。
すっかり笑顔をなった乗客達を見ながら、佑夏が続ける。
「でもね~、ヒルティはあんまり笑うなって言うの。」
「ヒルティが?」
カール・ヒルティ(1833ー1909)
スイス・ヴェルデンベルグ生まれ
ヒルティは宗教学者であり、三冊の幸福論の中では、特に宗教色が強い。
だが、その内容は「信じる者は救われる」といった宗教宗教した単純なものではなく、アランより、むしろ辛口だ。
「この職業に就けば不幸になる。」、「新聞を読んでいる人間は幸せになれない」など、スポンサーでもいれば言いにくそうなことをズバズバ言っているのがヒルティである。
その職業に就いている人や、新聞を楽しみにしている人には聞きたくない内容を含むかもしれない。
そのヒルティが、
「”めったに笑うな、笑いすぎるのも不可”、だって言ってるわ。」
アランと逆じゃないか。それとも、微笑と笑いは違うのか?
「ふ~ん。なんでだろうね?」
「人を笑わせるのも、友達から尊敬されなくなるから、やめた方がいいって言うのよ。」
バカにされるってことか?
いつしか、特急あずさは山梨県の山間部を抜け、甲府盆地を見下ろすところまで来ている。
「でも私、人の笑顔が好き。人を笑わせるのも、だ~い好き♪どーしよ?アハハ!」
「おかしくもないのに、ヘラヘラ卑屈に媚びを売るんじゃなければ、いいんじゃないかな?」
「そーね。そういうのは、反対に感じ悪いよね。」
そして幸福論、最後の一人。
バートランド・ラッセル(1872ー1970)
イギリス・ヴェールズ生まれ
祖父は、イギリス首相を二度も勤めた名家に生まれたラッセル。
しかし、幼い頃に両親をどちらも亡くしたラッセルは、思春期に自殺願望を抱いたという。
この気持ちは、かろうじて母親だけはいる僕には、本当によく分かる。
数学者であるラッセルは、何でも行動の重要性を主張している。
佑夏から聞いたラッセルの話によれば、物事は一つだけでなく、複数同時にやるべきらしい。
一つがダメでも、他がうまくいくことがある、という訳である。
だから、馬を愛する僕だが、木工教室に行ったりもしている。
実は、佑夏の言う通り、心の奥底では、僕はサラリーマンには希望を見出だせていない。
そんな僕の心を知ってか知らずか、彼女を見てるこっちまで楽しくなるくらい、佑夏は初めて見る山梨の風景を、心から楽しんでいるようだ。
「あ、ブドウ畑だ!絵本の国みたい!素敵ね~!あのね中原くん。だから、アランがね、汽車の旅をとってもオススメしてるのよ。」
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