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番外編

【番外編】少々お時間……ございませんね。【完結後小話】

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 あっれ。
 私ってば少女満喫するあまり、時をかけてるんだっけか。

 驚くなかれ。
 聖女追放、そして私誘拐事件より半年しか経っていない。

 私がこの国に強制こんにちはしてからもまぁ、そんなもんだ。

 その短期間で驚くほどにこの国は大きな力をつけて、強力な後ろ盾まで手に入れてしまったのだ。
 後ろ盾についてはおまけのようなものだから置いておいて、今までの虚弱さが嘘のように経済の回転がうまく転がり、今や国民一人ひとりが強く逞しい。
 思惑通りに食事改善に全力を注ぐことで聖女パワーをあてにしていた民たちは自分の力で豊かな暮らしと健康を手に入れたのである。
 彼らは逞しく、しっかり稼ぐ方法を考え、思案し、研究し、私が実費で美食コンテストなるものを仕掛けなくとも自分たちで主催して切磋琢磨しているようだ。
 おっとここで置いておいたおまけの後ろ盾の話だが、それは魔の国である。
 この国の国王様と魔の国の魔王により協定が結ばれ、人の行き来は自由になっている。これもまた食文化の発展を促す材料になったようだ。
 もちろんいざこざもあるが、お互いの騎士団や自治団体が黙っていないので速やかな解決となっている。国同士が協定を結んだばかりはなんとなくトラブルが増えるものかと思っていたが、上手いこといっている。まぁ平和なのだ。
 
 これで私は悠々自適。
 待ってろダラダラ気ままな不労所得でノンストレス生活。

 なのにだ、私はものすごく疲れている。

 何故かって?
 
 魔王が勝手に部屋に入ってくるからだよ!

「ふふ、かわいい下着だね。素肌がたくさん見られる服も魅力的だが、僕は丈の長い服が好きだなぁ、脱がすのが楽しみになるだろう?」
「ぎゃー!」

「おや、湯浴みか?僕も入ろうかな」
「ぎゃー!」

「おやすみを言いに来たんだが……トキの寝顔が可愛くておはようが言いたくなってつい一晩居てしまったようだね、おはよう愛しのトキ」
「ぎゃー!!」


 何回起こるんやこのラッキースケベを装ったセクハラは。わざとじゃない?シンプルに常識がない!

 その度に流れ込んでくるアーチとランティス、通りかかった騎士たちに、騎士隊長達。
 ここで一悶着起こると私が止めなくてはいけないのである。私のために争わないでーってか。うるせえ。


 二人向かい合う形で椅子に座り、テーブルに肘を落とした。魔王デリウスは長い足を組むと、リラックスしたように椅子に体を預けた。目が合うと嬉しそうににっこりと微笑む。顔がいい。

「あのね、普通に時間を決めて来てよ……ちゃんと出迎えるじゃない」

「それだと面白みがないだろう、僕は人間の可愛くも無防備な姿を愛しているんだ。そんな可愛らしい姿を見たいのに準備して構えられては意味がないだろう?慌てふためく人間は可愛い。トキがか細い声で喚くのも可愛らしいものなんだよ」

「うそ……驚くほど……性格が……悪い……」

「うふふ、その歪んだ顔も可愛いよ」

 うっとりしたような表情で項垂れる私を見つめる瞳は恐ろしく純粋に見えるのがまた恐ろしいもので、ついうっかり許してしまいそうになる。これが魔王……。なんて恐ろしい魔性の男なんだ。

「トキと婚姻を結べたら一緒にユナを育てることも可能だろう? 一応アプローチしているんだよ、これでもね……今はユナをどちらに預けおくか、その判断は据え置かれている」

「魔の国か、この国で育てるかってことね。それはユナが記憶を持っているかどうかにもよる」
 この男はキリッとした顔で真面目にふざけた事を言うので、ここは聞き流していいだろう。

「ああ……魅了か」

 たいした問題でもないだろうに、と呟くも、すぐに失礼、と訂正した。
 彼は彼で人間に寄り添う意思が少しばかりはあるらしい。
 そう、ユナの使っていた『魅了』は時間が経ったとはいえ微かにハウや王子殿下達の心に小さな傷を残している。

 彼女には謝罪のチャンスすらなかったのだから、蟠りが残っても仕方がない。人間である以上やはり言葉を交わさないと分かり合えないことは多い。それが聖女であるからという理由では解決できないものだ。
 聖女ならなんでもできるわけではない。
 聖女ならなんでも許されるわけではない。
 ユナが、周囲が聖女というものを盲信した結果だ。リカバリーは難しい。

「まぁ、僕は今の状態も十分気に入っているから、もうしばらくこれでも構わないけどね」
「えぇ?」

 もうしばらく?
 随分と曖昧で変化が待っているような言い方に思わず首を傾げると、デリウスはうふふ、と微笑んだ。

「僕は君のことを愛おしく思っているよ。それが伝わるといいなぁ」

 パチリ、と瞬きをした瞬間、目の前には黒く長い艶やかな髪と、形のいい唇、きめの細やかな白い肌があった。クニュリとした感触がおでこに落とされた。
 何、これは。
 暖かくて、柔らかい。
 そこまで考えたところで、デリウスが立ち上がりカタン、と椅子が鳴った。

「うんうん、トキは本当に愛らしい」
 じゃあ、僕は国王陛下にご挨拶に行くから、と、謎の黒い空間は使わずに部屋の扉から出ていった。
 パタンと静かに扉が閉まる音がする。
 
「な、なっ」

 しかし、そんな音も耳に入らないくらいに、胸の音がうるさかった。
 
 年甲斐もなく、おでこに贈られたお遊びのような戯れに、かぁと頬に熱が集まった。
 
 柔らかな感触はなかなか消えてくれそうにもない。
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