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番外編

【番外編】メーデーメーデー、こちら現場。声聞こえます?【アーチ】1

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「あれ?アーチは?」
「ああ、別の仕事だ。すぐ戻ってくるだろ」
「あ、そう」

 私の通常業務である、聖女としての病院などの訪問を終わらせて鍛錬場へ向かう。聖女の業務と言っても最近では病気も減り、大きな怪我に繋がる事故も減ってきている。
 それは何故か。もちろん美食パワーだ。
 美味しく栄養価の高い食べ物を食べる事で、筋力アップ、免疫力アップ、体力アップで言う事なし。何でもかんでも聖女パワー!なんて事は無くなった。
 今やこの国は食に探究を燃やす者たちで溢れている。素晴らしい。大歓迎である。もっとやれ。

 鍛錬場へ向かう時はいつも連行されるかのごとく、両サイドをニコニコ魔人ことアーチと筋肉のランティスに挟まれ宇宙人よろしく連れ立って行くというのに、今日は何故かアーチの姿が見えなかった。

「トキの護衛になってからは減っていたが、また増えてるみたいだな……」

 うーん、と思案するように呟いたランティスからは独り言のような答えが返ってきた。いや、もしかしたら独り言だったのかもしれない。ここは大人として聞き流すべき場所よね。
 ふふふ、お前ら脳筋にはない配慮と大人の余裕を見せたるわ。

「……ああ、ふーん、へー……ん? えっ二人はいつでもセットじゃないの?」
「なんでだよ」

 全然聞き流せなかった。無念。そうだった。私ってばどこにでもいるゴシップそこそこ好きな会社員だった。くっ……美容室の週刊誌はチェックする派なんだわ。

「いやいや、いつも一緒じゃん。仲が良いなーと思ってたんだけど」
「……そりゃ良く話す仲にはなったが、それはトキの護衛になってからだ」
「うそ……やばぁ……それだけであのニコイチ感なの?」
「……にこい……?」

 は?何言ってんだコイツみたいな顔されたが、こちらこそですがどーぞ。よく雑談してるし、談笑してるし、訓練息ぴったりだしどういう事だってばよ。

「……アーチが……、その、気になるのか?」
「え? ごめん、聞こえなかった」
「いや……すぐ戻ってくるだろ」

 なんだかバツの悪そうな顔をしたランティスは、頭をガシガシと掻きむしった。
 なんだって?アーチがなんだって?
 しっかり気にしてるじゃんかよ。ニコイチじゃん。恋人かよ。

 困ったような、失態でもしたような表情を浮かべるランティスに、私もよく分からず首を傾げていると、ため息と共に「気にするな」と声が降りかかる。えっ……気になりますけど……。

 誤魔化すように大きな手が、ガシリと私の頭を掴むと、ワシワシとかき混ぜてきた。存外優しい手つきに驚く。大きな手で隠れた表情は見えないが、クス、と笑い声が聞こえる。
「ええ? なに!?」
「気にするな」

 そればっかだなと思っていると、頭から手が離れた。
 離れゆく掌の隙間からランティスの表情が見える。ほんの少し赤らんだ顔は、いつもの無表情とは打って変わって優しげに緩んでいる。

 え、なんでだ。慰められている感あるぞ。
 や、やめろぉ!急に部下を慰めるできた上司感出すのやめろぉ!
 私が上司だろうが、と手を伸ばしてやり返してやろうと試みると、全然届かなかった。くっ。

 どう奇襲をかけようかと考えていると、背後から、カツンと音が鳴る。
 人通りの少ない鍛錬場へと続く廊下は静かなもので、小さな音でもよく響いた。

 振り向けばそこにはアーチの姿があった。
 
「あー……戻りましたよ~」

 どうしてだろう。
 なんだか、少し寂しそうな表情に思えて「アーチ」と声をかけると「はい~」といつも通りの穏やかな表情と間延びした声が返ってきた。





 ———別に、僕じゃなくても良くない?
 
 そんな事が頭をよぎるが、それは今までの僕の行いのせいもあるから、仕方がない。今更すぎる。僕ほどそれに適した人間はいないと僕だって思うのだ。

 でも、最近の僕はどうやら少し、変……みたいだ。



 昔から、人に上に立つ者になれと教えられてきた。少し良い家柄、上等な教育。望んでもいない女達。表情ひとつで言う事を変えてくる周囲の奴らに嫌気がさして、表情を顔に出すのをやめた。
 姉が二人いるが、彼女達は特定の年齢を迎えればそれなりの家柄の男と結婚して家を出ていくだろう。3人の姉弟の中であれもこれもと詰め込まれた知識たち。「家を継ぐのが僕だから」なんて良くある話だ。考えるのも馬鹿馬鹿しい。
 外を走り回る同年代の街の連中を見ても、もう羨ましさはなかった。

 弟が生まれた。
 双子だ。

 両親はとびきりこの二人を甘やかすことに決めたらしい。同じ男児だと言うのに、まるきり違う扱いに僕の体温は下がっていくばかりだ。
 僕はある程度この双子の成長を見届けてから家を出る事に決めた。
 双子は頭の出来が良い。話し出すのも早く、僕の言う事も理解していた。常人離れした脳を持っているように思える。僕なんかよりずっと上手に周囲の期待に応えている。その状況にザワザワとする言いようのない焦燥感に、心の臓が忙しなく動いたが、どこか安心している自分にも気がついた。
 きっと、二人が大きくなったら両親の期待通りの後継者になるだろう。小さな弟達に嫉妬するような僕なんかとは違って———



 しっかりと封をした手紙は、自室に残した。
 まだ薄暗い窓の外は少し霧がかかって霞んでいる。こっそり家を出ようと扉に手をかけると、背後から小さな足音が聞こえた。一つ、二つ、二人分の軽い足音。

 そっと、音を立てないように振り向けばそこにはこんな時間に起きているはずのない、幼い双子達だった。
 4つの大きな目が僕を見る。

「いいよ」
「大丈夫」

「……」

 双子は僕が何か言い出す前にわかっているとでも言うようにそう、言った。

「あ、ぃゃ……」

 言わなければいけない事はあるはずだったが、真っ直ぐに僕を見る目に、言う必要のない良い恨み言ばかり飛び出しそうで、そのまま何も言わずに家を出た。何もかも見透かしたような彼らの瞳が怖くなった。小さく「行ってらっしゃい」と聞こえたが、振り向かなかった。振り向きたくなかった。逃げ出した兄をどういう風に見てるかなんて、何も知りたくなかった。

 騎士団に入って、覚えた事はニコニコしていれば多少の事は許してもらえるし、上手く行くという事だ。

 ヘラヘラ笑ってやり過ごせば『コネで入った』だとか『色を使った』だとかそんなものも聞き流せる。馬鹿になってやれば、存外過ごしやすいものだった。

 嫌な役だが金になると言われて、汚れ役を快諾した。同僚と過ごすよりもマシだと思ったからだ。そこは、懲罰確定の重罪人、口を割らせるためだけに生かされている肉の収容所。最下層の罪人の担当だ。

 別に何も感じない。
 口を割らせる方法はある程度家の教育で学んでいるし、女だろうが男だろうが、どうって事ない。
 騎士で、隊長まで上り詰めたが、最下層の仕事はまだ僕の担当だ。

 特段嫌ではない。
 他所の連中は不名誉で底辺の職と思っているのか、やりたがらないようだ。
 気分がいいか?と聞かれたら、それは否だ。
 女に乱暴はしたくない。体を暴かれて喜ぶ人間なんていない。悲鳴や命乞いは耳が痛いし、血の匂いや油の匂いは鼻が曲がりそうになる。

 罪人から情報を聞き出し、喋る肉に意味を持たせてやる事で、彼らは国の養分になる。

 国の苗床を丹念に手入れしていると思えば。
 この国に貢献していると思えば。
 家を捨て、役目を押し付け、小さな弟に重石を括り付けた罰が少し……軽くなったような気がした。



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