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聖女失格編
32仕事終わりのビールは聖水と呼んでしかるべき
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「僕?」
「そう、貴方魔王なんでしょう? この水晶の持ち主なのよね!? ユナの取り出し方教えなさい!」
「うふふ、どうして? ユナが勝手に勘違いして触っちゃったんだよ、なんで助けるの?」
くつくつとおかしそうに笑う魔王は、不思議そうにそう言い、ノロノロとこちらへ近寄った。
「うんうん。魔王をアゴで使うなんて、可愛いね。とっても可愛い、貴女の事好きになってしまうよ……いいよ、うふふ、可愛いから、手伝ってあげる」
き、気味が悪い……。
独り言のように美しい顔をクシャリと歪めて、極めて幸せそうに微笑む魔王に寒気がする。
セリフと表情があまりにも幸せそうで、たった今、目の前で助けを求めていた人一人見捨てておいてすぐに言うようなセリフではない。そのギャップに背中にぞわりとしたものが這う。
「ぎゃ」
「おっと」
実際に這っていた。
すす、と私の背中に添えられた手が背中を滑っていたせいだった。叩き落とそうとした瞬間、背中を這っていた手が何かを見つけたように腰に回る。ゾッとして叩き落とそうとした瞬間、パッと手が離れてすぐ目の前に携帯食が現れた。
どうやらポケットに入っていたものを探り当てたようだ。
「……いいの? 多分たくさん聖女の力が必要だよ。聖女の力無くなっちゃうかもしれないよ? その力をユナのために使うんじゃなくて自分が自分の世界に帰るために使えば、帰れるんじゃないのかい? 貴女の方がユナよりも遥かに力が強そうだし……」
にこりと笑った魔王はペロリと舌を出してぬるりと自身の唇に舌を這わし、私を見た。まるで獲物を狙う蛇のようだ。
「……知らないわよそんなもの。目の前で失敗した直後にそんな事言われてはい喜んでってなるわけ無いでしょ。どうせそんな事を言って、私が助けてと命乞いをするのを楽しむつもりなんでしょう」
「うふふ」
本当に悪趣味だ。
魔王を敬愛している様子だったキリトには悪いが、たった数分で人が苦しむのを手を叩いて喜ぶタイプだと言うのがわかった。悪魔みたいなやつだ。いや、魔王だった。
聖女パワーは正直今でも不思議に思っているけれど、この魔王なんかより使っている本人である私の方がよく知ってるんだから。
「聖女の不思議パワーは人の為に使えば間違いなく上手く作動するのよ」
百発百中でないにしろ、自分で試した結果なのだから間違いない。人のためが大前提の力というのはこの短期間でかなり試した実験の結果なのだ。使いこなすにはまずは使い倒さねば。これはどんなソフトでも機種でも一緒だぞ。もちろんパワーも一緒。社会人舐めんな。
「そう、残念、じゃあその水晶の中でユナが溶ける前に出してあげたら良いよ。それだけ。もしかしたら半分くらい溶けてるかもしれないけど」
「はぁ? 溶け……? はぁ!? はやく言いなさいよ!」
がし、と大きな水晶を掴めば、ザプン、と中に手が沈んだ。まるでサラサラ砂のような層をかき分けながら腕を沈めれば、妙にベタつく水の様な空間に辿り着いた。腕はもう肘まで沈んでいる。
———どうか、ユナを助けて。私の手を見つけて、ユナ!
ぐぐ、とさらに腕を沈ませて、ユナを探す。潜れば潜るほど体の力が吸い取られて、力が抜けていく感覚が襲いかかってくる。くらり、と眩暈がして、一瞬チカチカと目の前に星空が広がる。
膝がガクンと崩れる。
ああ、だめだ。くらくらする。手が、押し戻されちゃう。
「うふふ」
「むぐっ」
このニヤけた魔王の美顔に嫌悪感を抱く前に「あ、美味しい」と脳が反応した。元来ポジティブ思考なもので、悪い思考より良い思考の方が伝達は早いタイプなのが幸いし、むくむくと脳や体にエネルギーが回っていくのを感じる。
何故、どんな思惑があるのか気が気ではないが、今はそれよりもユナだ。
見つけたい、助けたいと指先に自身の聖女の力を込めてユナを探す。
ずぷずぷと沈む指先にふと、暖かな物が触れた。柔らかな小さな指が私の手をきゅうと握りしめたのがわかった。
「……!! 見つけた!」
沈み込んだ手を少しづつ掬い上げれば、ザプンと音が鳴り、こんな状況だというのに妙に 懐かしく、心地の良い音が聞こえてきた。コポコポと空気を含んだ水の音とドクドクとくぐもった太鼓の様な音が鳴る。キラキラと光り輝く水晶の中で、黒いモヤは虹色に変わり、次の瞬間には白い輝きに変化し水晶の中を飛び回る。
集中しないと、持っていかれそう。
掬い上げようと、手を持ち上げれば腕に絡みついた何かが逆方向へと引っ張るのだ。
あと少し、あともうちょっと……!
「! へぇ、貴女の聖女の力は本物なんだねぇ、はは、水晶の中の亡者達が全く手を出せないでいるなんて……」
背後から感心したように呟く声が聞こえて集中力を妨げる。それを知ってか知らずか「あ、文字通りだね、手が出てこない、黒い手ね」なんて嬉しそうに楽しそうにくつくつ笑う声は収まりそうにない。全然面白くないし知らんしそれ。くそくそ。
失敗しようが成功しようがどっちでも良い、どっちに転がっても楽しい、という心の声えがダイレクトに聞こえてくるようだ。隠そうともしないその態度は契約する気のない商談を彷彿とさせてさらに腹立たしい。クソ、あと少し!
「くっ……ぅる、さい!!」
後のことなど知ったことか。ありったけの力を注ぎ込めば、ボタボタと玉の様な汗が頬を滑り落ちていく。
汗が止まらない。
拭うことも、その余所見すら煩わしい。
額に張り付く前髪からパタタ、と汗が落ちる。
いける!
そう思った瞬間に、一気に身体中の力を手に注ぎ込んで、邪魔をしてくる物を散らすと、水晶がピシリピシリとヒビ割れ、その隙間から目が開けていられないほどの、線状の光が溢れ出た。視界が光で白くなる。眩しくて何も見えない。目を閉じてもなお、明るい世界に瞼の裏で目がチカチカした。
瞬間、パリン、と弾け砕ける音が白い空間に響いた。同時に巻き起こった風は、その強い勢いで白の世界を吹き飛ばした。
旋風が過ぎ去り、パラパラと床に何かがぶつかる音を聞きながら、ゆっくりと目を開く。
水晶は跡形もなく砕け散り、そこには銀の砂がぱらりぱらりと床に砂山を作っていた。疲労感がどっと肩にのし掛かる。そう、まるで人一人もたれかかったような重さだ。なんだか手もだるい。
そりゃそうか。水晶の中の亡者?とかいう無数の手と綱引きよろしく引っ張り合いしてたんだもんね。
「あ、水晶が……ユナ……、ユナは?」
「それ……じゃないかい?」
「それ?」
ニョキ、と肩口から飛び出した黒い顔がキョトンとした顔で一点を見つめてそう言った。
顔が良い……じゃなくて、肩にのし掛かっていたのは疲労ではなく、物理的な重さだったらしい。魔王が後ろから抱きしめる様な形で、私の肩から顔を出し、指を指す。もう抵抗するのすらしんどくて、大人しく彼の言葉に従ってすすす、と指が向かう先を追っていく。
はく、と息が止まる。
指の先、そこは私の手の中だった。
強い風に飛ばされてしまわぬように、離してしまわぬように、いつのまにか守るように抱きしめていたもの。
そこにはくしゃくしゃの布があった。ユナが水晶に呑み込まれる直前に着ていたワンピースの布。
働かない酸欠の頭で、あれ?ユナはこんなに小さかっただろうかなんて考えがよぎる。
布から何か肌色のものがはみ出している。
暖かくて、柔らかい。小さな力が、私の指をしっかり掴んで、いるのがわかった。
「……ゆ……ユナ?」
そっと布をめくりあげる。
「え!!」
「あれぇ? ユナ、溶けて小さくなった、かな?」
「あ、あ、赤ちゃんじゃん!!」
私の腕の中で布に丸まっていたのは、小さな小さな赤子だった。
「そう、貴方魔王なんでしょう? この水晶の持ち主なのよね!? ユナの取り出し方教えなさい!」
「うふふ、どうして? ユナが勝手に勘違いして触っちゃったんだよ、なんで助けるの?」
くつくつとおかしそうに笑う魔王は、不思議そうにそう言い、ノロノロとこちらへ近寄った。
「うんうん。魔王をアゴで使うなんて、可愛いね。とっても可愛い、貴女の事好きになってしまうよ……いいよ、うふふ、可愛いから、手伝ってあげる」
き、気味が悪い……。
独り言のように美しい顔をクシャリと歪めて、極めて幸せそうに微笑む魔王に寒気がする。
セリフと表情があまりにも幸せそうで、たった今、目の前で助けを求めていた人一人見捨てておいてすぐに言うようなセリフではない。そのギャップに背中にぞわりとしたものが這う。
「ぎゃ」
「おっと」
実際に這っていた。
すす、と私の背中に添えられた手が背中を滑っていたせいだった。叩き落とそうとした瞬間、背中を這っていた手が何かを見つけたように腰に回る。ゾッとして叩き落とそうとした瞬間、パッと手が離れてすぐ目の前に携帯食が現れた。
どうやらポケットに入っていたものを探り当てたようだ。
「……いいの? 多分たくさん聖女の力が必要だよ。聖女の力無くなっちゃうかもしれないよ? その力をユナのために使うんじゃなくて自分が自分の世界に帰るために使えば、帰れるんじゃないのかい? 貴女の方がユナよりも遥かに力が強そうだし……」
にこりと笑った魔王はペロリと舌を出してぬるりと自身の唇に舌を這わし、私を見た。まるで獲物を狙う蛇のようだ。
「……知らないわよそんなもの。目の前で失敗した直後にそんな事言われてはい喜んでってなるわけ無いでしょ。どうせそんな事を言って、私が助けてと命乞いをするのを楽しむつもりなんでしょう」
「うふふ」
本当に悪趣味だ。
魔王を敬愛している様子だったキリトには悪いが、たった数分で人が苦しむのを手を叩いて喜ぶタイプだと言うのがわかった。悪魔みたいなやつだ。いや、魔王だった。
聖女パワーは正直今でも不思議に思っているけれど、この魔王なんかより使っている本人である私の方がよく知ってるんだから。
「聖女の不思議パワーは人の為に使えば間違いなく上手く作動するのよ」
百発百中でないにしろ、自分で試した結果なのだから間違いない。人のためが大前提の力というのはこの短期間でかなり試した実験の結果なのだ。使いこなすにはまずは使い倒さねば。これはどんなソフトでも機種でも一緒だぞ。もちろんパワーも一緒。社会人舐めんな。
「そう、残念、じゃあその水晶の中でユナが溶ける前に出してあげたら良いよ。それだけ。もしかしたら半分くらい溶けてるかもしれないけど」
「はぁ? 溶け……? はぁ!? はやく言いなさいよ!」
がし、と大きな水晶を掴めば、ザプン、と中に手が沈んだ。まるでサラサラ砂のような層をかき分けながら腕を沈めれば、妙にベタつく水の様な空間に辿り着いた。腕はもう肘まで沈んでいる。
———どうか、ユナを助けて。私の手を見つけて、ユナ!
ぐぐ、とさらに腕を沈ませて、ユナを探す。潜れば潜るほど体の力が吸い取られて、力が抜けていく感覚が襲いかかってくる。くらり、と眩暈がして、一瞬チカチカと目の前に星空が広がる。
膝がガクンと崩れる。
ああ、だめだ。くらくらする。手が、押し戻されちゃう。
「うふふ」
「むぐっ」
このニヤけた魔王の美顔に嫌悪感を抱く前に「あ、美味しい」と脳が反応した。元来ポジティブ思考なもので、悪い思考より良い思考の方が伝達は早いタイプなのが幸いし、むくむくと脳や体にエネルギーが回っていくのを感じる。
何故、どんな思惑があるのか気が気ではないが、今はそれよりもユナだ。
見つけたい、助けたいと指先に自身の聖女の力を込めてユナを探す。
ずぷずぷと沈む指先にふと、暖かな物が触れた。柔らかな小さな指が私の手をきゅうと握りしめたのがわかった。
「……!! 見つけた!」
沈み込んだ手を少しづつ掬い上げれば、ザプンと音が鳴り、こんな状況だというのに妙に 懐かしく、心地の良い音が聞こえてきた。コポコポと空気を含んだ水の音とドクドクとくぐもった太鼓の様な音が鳴る。キラキラと光り輝く水晶の中で、黒いモヤは虹色に変わり、次の瞬間には白い輝きに変化し水晶の中を飛び回る。
集中しないと、持っていかれそう。
掬い上げようと、手を持ち上げれば腕に絡みついた何かが逆方向へと引っ張るのだ。
あと少し、あともうちょっと……!
「! へぇ、貴女の聖女の力は本物なんだねぇ、はは、水晶の中の亡者達が全く手を出せないでいるなんて……」
背後から感心したように呟く声が聞こえて集中力を妨げる。それを知ってか知らずか「あ、文字通りだね、手が出てこない、黒い手ね」なんて嬉しそうに楽しそうにくつくつ笑う声は収まりそうにない。全然面白くないし知らんしそれ。くそくそ。
失敗しようが成功しようがどっちでも良い、どっちに転がっても楽しい、という心の声えがダイレクトに聞こえてくるようだ。隠そうともしないその態度は契約する気のない商談を彷彿とさせてさらに腹立たしい。クソ、あと少し!
「くっ……ぅる、さい!!」
後のことなど知ったことか。ありったけの力を注ぎ込めば、ボタボタと玉の様な汗が頬を滑り落ちていく。
汗が止まらない。
拭うことも、その余所見すら煩わしい。
額に張り付く前髪からパタタ、と汗が落ちる。
いける!
そう思った瞬間に、一気に身体中の力を手に注ぎ込んで、邪魔をしてくる物を散らすと、水晶がピシリピシリとヒビ割れ、その隙間から目が開けていられないほどの、線状の光が溢れ出た。視界が光で白くなる。眩しくて何も見えない。目を閉じてもなお、明るい世界に瞼の裏で目がチカチカした。
瞬間、パリン、と弾け砕ける音が白い空間に響いた。同時に巻き起こった風は、その強い勢いで白の世界を吹き飛ばした。
旋風が過ぎ去り、パラパラと床に何かがぶつかる音を聞きながら、ゆっくりと目を開く。
水晶は跡形もなく砕け散り、そこには銀の砂がぱらりぱらりと床に砂山を作っていた。疲労感がどっと肩にのし掛かる。そう、まるで人一人もたれかかったような重さだ。なんだか手もだるい。
そりゃそうか。水晶の中の亡者?とかいう無数の手と綱引きよろしく引っ張り合いしてたんだもんね。
「あ、水晶が……ユナ……、ユナは?」
「それ……じゃないかい?」
「それ?」
ニョキ、と肩口から飛び出した黒い顔がキョトンとした顔で一点を見つめてそう言った。
顔が良い……じゃなくて、肩にのし掛かっていたのは疲労ではなく、物理的な重さだったらしい。魔王が後ろから抱きしめる様な形で、私の肩から顔を出し、指を指す。もう抵抗するのすらしんどくて、大人しく彼の言葉に従ってすすす、と指が向かう先を追っていく。
はく、と息が止まる。
指の先、そこは私の手の中だった。
強い風に飛ばされてしまわぬように、離してしまわぬように、いつのまにか守るように抱きしめていたもの。
そこにはくしゃくしゃの布があった。ユナが水晶に呑み込まれる直前に着ていたワンピースの布。
働かない酸欠の頭で、あれ?ユナはこんなに小さかっただろうかなんて考えがよぎる。
布から何か肌色のものがはみ出している。
暖かくて、柔らかい。小さな力が、私の指をしっかり掴んで、いるのがわかった。
「……ゆ……ユナ?」
そっと布をめくりあげる。
「え!!」
「あれぇ? ユナ、溶けて小さくなった、かな?」
「あ、あ、赤ちゃんじゃん!!」
私の腕の中で布に丸まっていたのは、小さな小さな赤子だった。
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