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聖女追放編
20 社訓は出来ていたら掲げてない【フロルド】
しおりを挟む「クソッ」
唇を動かすと、腫れた頬に痛みが走った。
思わず舌打ちをして、そのせいでまた痛みが走るのだから救いがない。
目を開ければ、そこは見覚えのある天井が目に入った。そこは普段自分が使っている自室だ。
何故自分がこの部屋にいて、ベッドで寝ているのかはわからない。
直前の記憶を辿れば、ユナの泣き顔と、もう一人の聖女であるトキの感情が抜け落ちたような顔。そして、頬に響いた衝撃。
何故自分があそこまで激昂して、女性に、しかも聖女に手をあげる事になったのか。今となっては理解ができない。
普段、王子たるもの冷静に、感情は表に出さずに物事を見極める、そう父上や教師から教わってきた。それなのに思い出せば思い出すほど、甦ってくる記憶の中身はどれも感情の制御などまるでできておらずそのときに吹き出した感情に身を任せるような発言をしていた。
わかっている。
ユナが現れた日からまともに頭が動いていた日など数えるほどだったように思う。彼女は私にまるで今までの行動を全て知っているかのように的確に、正確に欲しい言葉を持ってきてきてくれる。それはあまりにも魅力的で、美しく甘い響きだ。
身分なんて関係ない。思ったことを言っていい。甘えていい。自分には到底手に入れることはできないと思っていたものを彼女は全て持っているように感じていた。
夢中だったと言ってもいい。
彼女が望むなら、なんだってやってあげたいと思う。どこからそんな感情が急に現れたのかはわからない。彼女に愛を囁くことが、笑みを向けられる事が全てだった。
憎い。
憎い。
ユナを守る騎士たちも、必要以上に彼女に近づくことも、それを彼女が咎めないことももどかしく、気分が悪い。
ダトーが彼女が故郷を思い出すような花を差し出すのも気に入らない。
ハウが彼女に魔法をかける?そんなもの許容できない。
ウレックスが彼女の手に触れるのも腹が立つ。その手を切り落としてやりたい衝動を抑えて、彼らが決して逆らえない王子という身分を振り翳してユナに近寄る者たちを蹴散らして行く。
波のように押し寄せるコントロールのできない感情。
それはいつもトリガーを引いたように、ユナの目を見つめた瞬間から襲いかかってくる。『彼女に求められたい』『ユナが全て正しい』そんな意識に支配されていた。
ツギハギだらけの記憶の中にあった、聖女トキを断罪するシーンは、あまりにも馬鹿げている。今思えばあんな出鱈目な行為は許されない。
一人の人間を締め出すための茶番劇。そのために何人もの人間を犠牲にするような行動に我ながら頭が悪い。
あんなにもユナの事ばかり考えていたというのに。
今では何一つ心に彼女がいない。
その空虚さに、不可解さに、気味の悪さで体が冷えていく。
「いっ……」
そっと、腫れて痛む頬に手をやれば、ヒリヒリと痛みが走った。
『……殴ろうとした人間が被害者ぶるのやめてくれます?』
脳裏に、彼女の怪訝そうな表情と、嫌悪の混ざった声が蘇る。
肌が、彼女が触れた箇所がジンジンと熱を持って痛くて仕方がない。
それなのにどうしてだろう。
彼女の顔ばかりが、頭に浮かんで仕方がない。どうかしている。どうかしてしまっている。痛む頬に触れれば、熱を持った頬は熱く、指が冷たく感じるほどだ。わざと、怪我を確かめるようにほんの少し力を入れれば、じくりと口の内側が痛んだ。口の中に鉄の味が広がっていく。
まるで悪い夢から覚めたように、霞がかった視界が鮮明になっていく。その先に見えるのは、どうしてだろうか。偽物の聖女だと罵った彼女の姿だった。
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