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聖女追放編
18 社訓は出来ていたら掲げてない【ウレックス】
しおりを挟む「なんて事だ……!」
聖剣ともあるはずの私が、独房に入れられるとは情けない。
はっきりとは思い出すことはできないが、美しい聖女ユナが、私に確かな愛情を与えてくれていたこと。聖剣という名誉ある称号を承り、決して慢心していたわけではない。
しかし、日々の成果や、他の騎士たちからの期待は想像を超えるほどの重圧を私に与えていた。
プレッシャーだ。
皆よりも圧倒的に強くなければいけない。
頼ってはいけない。
頼られなくては。
助けなくては。
馴れ合わず、身を削って戦い、訓練を重ね、討伐を行う。
この国を守るのは私たち騎士だ。
国民たちはか弱く、強い者が守っていかねば、すぐに国は朽ちてしまう。
そうした脅迫にも似た重圧がいつからか私を襲って仕方がなかった。
そんな時に現れたのが、聖女ユナ。
私にとってはまるで天の使いのように見えた。
不思議な力を使う少女。
私には到底できない癒しの力。
圧倒的に、徹底的に破壊する事で国を守って来た私にはとてつもない光に見えた。
彼女こそが神であり、この国を、そして私を救ってくれる女神に違いない。
彼女がいれば、私は救われる気がした。
全てを背負っていた重圧から解放された気さえした。この少女を守ることがひいては国を守る事になるに違いない。
「貴方は頑張りすぎている。みんな平等なのよ、人間だもの。みんな一緒なだけ休憩も必要よ。私だけは、貴方の味方なんだからね」
聖女ユナが、初めて出会った日に言った言葉。
心の中でぐつぐつと煮立っていた仄暗い感情が、今までは溢れさすまいと抑え込んでいたものが、一気に溢れかえった瞬間だった。
開かれた扉の向こうで、美しい光が差し込んだ気さえした。それが私にとってのユナだった。
そこからはほとんど覚えていない。甘い香り、ユナの瞳。触れられた頬。
ほんの少しの休息のつもりが、一体どれほどの時間が経った?握りしめた手の平は、いつだって自らの爪を押し返しすほどの硬い皮膚に覆われていたというのに、随分と柔くなっている事に心をより一層ざわつかせた。
彼女の声を聞くと、彼女の目を見るとあれほどに心が安らいだというのに、今では胸騒ぎと焦燥感が募るばかりだ。なんだか得体の知れないものに見えて、恐ろしい。
情けない。
彼女に確かに抱いていたはずの恋情は、まるで水が乾いていくように、カラカラに乾いて、そこにはシミ跡だけが残っている。
そこには確かに跡が残っているのだ。
苦しく、悲しい。
確かに、彼女に焦がれていた。
確かに、彼女とずっと過ごしたかった。
彼女以外はどうでも良くて、同じ騎士に刃先を向け、馬鹿な事をして、バカな事を言った。今考えれば、頭がおかしいのは私だ。
何をやっているんだ、と今更に叱咤したところで時間は巻き戻らない。
「私は……、どうかしていたのだな」
途切れ途切れになる記憶を必死に逃すまいと手繰り寄せて継ぎ合わせ、出来上がったつぎはぎだらけの記憶はひどいもので、吐きそうだ。
噛んだ唇の隙間から、乾いた笑いが、口から漏れた。
身がちぎれる程の羞恥に耐えきれず、壁に頭を打ち付けると、衝撃で脳が揺れ、唇が切れた。
口に広がる鉄の香りに、脳みそがどんどん冷静になっていくのがわかる。鼻から、脳から、体から甘い香りが消えていく。頭を打ちつけるたび冷えていく頭と、それに反して随分と弱くなった体に対する怒りでどうにかなってしまいそう。
鈍った体に、鈍った思考。情けなさで吐きそうだ。
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