上 下
10 / 45
失格聖女編

10裁判官!異議あり!

しおりを挟む

「は? ちょっとごめん、聞こえなかった」
「ひんっごめんなさい、トキ様!」


 あっ違う違う~、別に攻めたいわけじゃないのだよシェリルちゃん。あまりにもそんな事ないだろうがよって内容だったんでつい。

 珍しく焦った様子で訓練場に駆け込んできたメイドのシェリルちゃんは、今日も可愛い。
 震えるシェリルちゃんの頭をなでなでしてあげれば気持ちよさそうに、「はわー」といいながらすり寄ってきた。わしゃわしゃと掻き回してもお咎めはなかった。可愛いぞ、シェリルちゃん!なんかこう、昔小学校で飼ってたウサギを思い出すよ。そう言えば、「へー、食べるために飼ってたんですか?1匹じゃ足りなくないですか?」という質問がアーチから飛んできた。

 何その考えこわ……。
 
 そうね。食べる国もあるもんね。ましてやここは異世界。なんでも食べるもんねこの国の人。日本人なんて目じゃないわ。人型以外は魔物も食べちゃうもんな、わかる。この前Aランクの討伐で大量の大型の魔物のラッド倒して食べたけど美味かったもん。動物の話聞いたら美味しそうってなるよね、わかるわかる。私も水族館行ったら美味しそーって思ってたもん。うんうん……ってやべ。完全に馴染んでるわこれ。こっちの人になってる。なんでも食べる人になってるわ…仕方ないね。美味しいんだもの。
 
「トキ」
「ああ、ランティスお疲れ様~お願いしてたレシピの選考は上手く行って……何?」
「ん」
「ありがと! 何?」
「ん」

 ピロンと渡された用紙には、隊員の選んだ保存食のランキングが書かれており、晴れて一位になったレシピもそこに書かれていた。それを持ってきてくれたランティスは何故か戻らない。そして紙から手を離さない。
 むしろ一歩ずつこちらに近寄ってくるではないか。

「おい、そっちのメイドにはやるのに俺にはしないのか?」
「シェリルちゃん? ランティスちゃんって呼ばれたいわけ?」
「違う……それだ、頭」

「それ?」

 ランティスが顎でクイ、と指したのはシェリルちゃんの頭に乗った私の手。
 なんだと。 
 このムキムキ魔人は撫でられたい、だと?

「俺も主人のために働いたんだ、ご褒美貰っても良いだろ?」
「……なでなでが?」

 こくり、と頷いたランティスが「ん」と頭を下げた。背はそこまで低くないつもりだが、巨人のような大きさのランティスの頭は屈んでもらわないと手が届かない。
 下げられた頭、その髪に指を差し込めばぴくり、とその体がかすかに上下したが、それだけで抵抗する様子はない。おそらく動きやすさだけで切られた髪なんだろう。ちょっぴり枝毛を発見した。触り心地は悪くはない。少しだけゴワゴワした手触りに、髪の毛が太いんだなぁと思った。

「これでいい?」
「……ああ、存外悪くないな」
「私じゃなくて、恋人にやってもらってね。これじゃ飼い主と犬よ」
「ん」

 わかったのかわかってないのか微妙に判断のつかない返事にどっちやねんと思わなくもないが、撫でる方も気持ちがいいのがなでなでである。
 結果私も調子に乗ってなでなでしてしまうのだ。

 随分と気持ちのいい顔してからに。
 これでは本当に犬のようだ。

「トキ様ぁ……」

「あっそうだった、ごめんごめん」
はっとしてシェリルちゃんの方に向き直すと、見事に膨れっ面を披露していた。
 あかーん。美少女のあられもないお顔が隊員全員に晒されてしまう。

「うーん、私にはなんにも覚えがないのよね」
「私もそう思います。なんだか様子がおかしかったんです。聖女ユナ様付きのメイドなんですけど、信じて疑っていないようでした」
「ふーん」

 ふーんとしか言いようがない。
 どうやら、私の部屋を掃除しにきていたシェリルちゃんの元にわざわざもう一人の聖女のユナ付きのメイドが数人でやってきて、『部屋が荒らされている』と訴えてきたらしい。

「私はそんな事をトキ様がするとは思えないんです。トキ様は意味のないことはお好きでは無いと伝えたんです」

「わ、シェリルちゃん……めっちゃ私のこと理解してるじゃん」

「えへへ」

 照れたように頬を赤るしぇりるちゃんかわいいい!

「ふん、当たり前だな」

 ふんぞりかえる筋肉は可愛くないな。何故便乗したんだろう。

「それで、その後なんですが、入れ替わるように王子殿下が来られまして、また同じようなお話をされていました。それで、妬むのをやめろ、とおっしゃっておりましたが」

「妬む?」

 恨む、ならまぁわかるけど妬むはよくわからない。そりゃあ、あんたさえしっかりしてくれていれば私はこんな場所に来ることも無かった訳だし、ちゃんと聖女やれよと怨念こそあれど羨んだ事は無いぞ。

 首を捻っていたら、アーチがハイハイ!と元気よく手を上げた。

「それって、なんかまだ企んでいるぽく無いですか?」

「どの辺が?」
アーチが顎に手を当ててうーん、と唸ると、例えば、と口を開いた。

「今日は確か、本当ならトキ様が病院の訪問に行く予定だったじゃ無いですか、それを急に自分が行くと言ってウレックスとハウとダトーを連れて訪問に向かわれたじゃないですか。今までサボりまくっておられたのに、それが急に!」

「た、確かに」

「ねぇ、シェリル、メイドは何も持ってなかったですか?」

「えっと……何か、ですか?——あっ! 持ってました。でもよくあるお菓子が入ったバスケットですよ?」

「それ、なんか変なもんが入ったお菓子だったかもしれないよ。誰もいなかったら置いて行こうとしてたんじゃない?自分は訪問に行ってるからアリバイもあるし。それを食べたトキが怒るのを待ってるんですよ! で、言い掛かりつけられたとかなんとか言うんじゃないですか?」
「えっやだ。陰湿!」

 ゾッとした。
 そんな発想なかった。
 そもそもそんなことされるほど接点ないんですけど。あいつ一緒に行くの断固拒否だし全部ドタキャンだし。

「トキ、一人にならないほうが良いだろうな、何されるかわかんないぞ」

「いやいや、お忘れなんですかね?ランティスとアーチがいつでも両サイド挟んでるから絶対大丈夫じゃん。めちゃくちゃ自由ないよ、私」

「いや、これはもう部屋の中でも見張っておいた方がいいんじゃないか?ベッドはキングサイズだろ?俺が一緒に寝てやるよ」

「おい、セクハラをやめろ!」

 貴様、中身が大人だと知ってからそこそこの頻度でセクハラしやがって。
 アーチも笑顔で『僕も僕も』じゃねーのよ!
 なんでお前らが部屋の中に入ってくるんだよ!外を見張れ!中には敵は居ないんだよっ!









「きゃあ!」

「……え?」

 ドン、と床に何かが叩きつけられる音がした。
 今日の晩御飯なんだろうなぁなんて、ぼんやり部屋までの長い階段を歩いていたら、急に目の前で悲鳴が聞こえてきた。なんの衝撃も、なんの接触も無いのにだ。
 え?と思い、顔を挙げると、もうそこには階段の下で倒れているもう一人の聖女の姿。

 途端に慌ただしくバタバタと忙しない音を立てて聖女ユナの元に騎士達が駆けつけてきた。

 瞬間、ぶわり、と思い空気があたりに充満し、息がし辛くなる。
 ぐんと体は重くなる中、床に倒れた聖女は無事かと視線を向けると、突き刺すような視線と、轟々と燃え盛るような強い殺気が一直線に私に襲いかかった。

「貴様ぁ……!」

 重苦しく、ドスの効いた低い声が、地を震わせる。ピリピリと空気が痛い。
 金の髪がゆらりと動いた。

 その隙間から見えた聖女の瞳は、黒く艶のある瞳がぬらぬらと煌めき、溢れる涙はまるで宝石のようだった。儚く散る花のような少女が、そこにいた。パチリと視線が合う。くい、と勝ち誇ったかのように小さな薔薇の蕾のような唇が釣り上がった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。 「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。 聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。 ※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ

もぐすけ
ファンタジー
 シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。  あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。  テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。

処理中です...