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後日譚

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その後…僕が吐いた即席の嘘は弥生に直ぐ見破られてしまい、引き続き僕は彼女に貢ぎ続けることになる。
借金も新たにさせられた。審査基準ギリギリの三百万まで。
さすがに限界を感じた僕は、弥生との縁切りを真剣に考えるようになる。
丁度二〇〇八年秋、人生初の彼女が出来た(名前は明日香。十六歳年下だ…。ネットで知り合った大阪との遠距離恋愛である)ことも大きな転機となった。
しかし相変わらず生来の気弱さが直ったわけではない僕は、弥生に対して毅然たる態度で縁切りを通告することは出来ない。
そこで一計を案じた。
二〇〇九年春、こんなメールを送った。
『親の目が気になるから、現金書留でお金を送りたいんだけど、住所を教えてよ』
『は?なに言ってるの』
この段階で弥生は疑心暗鬼に陥った筈だ。僕の親に今までの経緯がバレることは弥生が最も恐れるところだ。
『あとプレゼントも送りたいから、兎に角住所を教えてよー。』
『お金とかプレゼントとか、何訳の分からないこと言ってるの?』
…どうやら弥生は狙い通り、僕の親にすべてがバレてしまったと思い込んでくれたらしい。メール自体僕の親が探りを入れるために送っているのだと思ったようだ。
それ以来、弥生からの連絡はぱったり来なくなってしまった。
人生最大の安堵に包まれると同時に、強烈な後悔に、僕は苛まれていた。
もしこの作戦を数年早く思いついていたら…。失った物があまりに大きすぎた。そして背負った借金…。
一方、一カ月に一、二回しか逢えない関係であったが、明日香との日々は素晴らしいものであった。対等に、きちんと男と女として付き合うことがこんなにいいものだとは…。彼女にも我儘で感情の起伏が激しい所はあったが、少なくとも僕を男として、彼氏としてきちんと扱ってくれた。

ただ弥生への貢ぎや借金の件は言わずにいた。
無論、言えば明日香に激怒されるという怖れもあった、が、それ以上にこの時点では、弥生の事を口にすれば,それが一種の言霊となり何らかの形で弥生が再び僕の所に戻ってきて、明日香との幸せを壊されあの支配の日々に逆戻りしてしまうのでは、という迷信的な怖れが圧倒的に大きかった。
言い訳のように聞こえるかもしれないが(自己責任であるとは言え)それだけ弥生に負わされた傷と、それに伴ういわば毒と鎖を合わせたような呪いは絶大だったのである。
事実、こうしてあの10年余りの期間の事を整理して、親や一部の信頼する第三者に話せるようになったのはごく最近の事である…
(いずれにせよ、明日香には申し訳のしようもないということには変わりない。)



一方、仕事の方であるが、相変わらずだった。同じようなミスを繰り返し、バーガーステーションではオーダーを溜め、川上さんに怒鳴られる日々…。そしてずっと、「辞めます」とは切り出せないままだった
そんな中、二〇一二年、川上さんが地区全体を統括する、エリアマネージャーに昇格し、僕は異動してきた若手社員と副店長として店を切り盛りすることとなる。徐々に仕事に対する意識が変わってきたのはこの頃だ「この店は僕が回すんだ」という…。スキルの方はなかなかついて来なかったが…。
一方忙しい中でも、バットの素振りや、自宅で出来る筋トレ等、トレーニングは続けていた。鎖に繋がれた中でも、夢は捨てていなかったのである。
そして二〇一三年夏、とうとう僕はマイケルバーガー豊橋店店長に指名されてしまう。
重圧と多忙さに押しつぶされそうにもなったが、一方でそれなりにやりがいも感じていた。
二〇一三年秋、大学生になっていた明日香との関係も転機を迎える。
なんと親と喧嘩した明日香は、大学を休学し家を飛び出し、唐突に豊橋にやって来たのである。そして僕に、実家から出て自分と同棲するよう迫ったのである。
ドタバタで始まった、ままごとのような同棲生活、しかしそれは、案の定と言うか数カ月で破綻した。
僕の絶対的なスペックの低さ…大した給料を稼いで来れるわけでもない。ずっと実家暮らしをしていて家事が全く出来ない。(弥生に貢ぐこととトレーニングに二〇代の貴重な時間を浪費してしまったのが痛かった)休みの日にも上司や本部から電話が来ないか絶えずビクビクしている。…が露呈してしまったのである。
決定的だったのは、これまでの人生でまともに貯金をして来なかったことがバレてしまったことである。(借金の件は言わなかったが…ちなみに明日香との交際費や、頻繁にバイトに飲み代を奢ったり、マジィ社入社後覚えたパチンコなどの影響で、借金は現在に至るも一〇〇万以上ある)
「そんな人とは結婚できない」と宣告され、明日香はバイト先で知り合った別の男の元へと去っていった。
失恋…。破局である。
時を同じくして、本部の副社長からのパワハラがきつくなってきた。
具体的には多忙と人件費削減により、どうしても起こってしまう業務上のミスを重箱の隅をつつく様に指弾され続け、何度も東京本部に呼び出されては報告書を再三書かされた。
僕は急激に消耗していった。
二〇一四年夏頃には、手足の震えやふらつきが止まらなくなってしまった。
「もう無理だ」と判断した僕は、近所の心療内科へと行くことになる。
そこで鬱病と診断され、休養するよう勧告された。それをそのまま僕は本部と川上さんに報告し、僕は完全休養に入った。
実家の布団で、ひたすら泥のように眠る日々。時折耳に入ってくるのは、プロ野球界で二刀流の旋風を巻き起こしている若者の存在であった。
二〇一五年に入り、マジィ社を正式に退職し、ようやく起きられるようになった僕は、かつて無念のうちに去っていったジムと再契約し、トレーニングを始めた。
そう、ようやく夢を追えるようになったのである。誰にも邪魔されずに。(金銭的には傷病手当金があったので当面は困らなかった)
だが、現実は厳しい、すでに四〇歳手前になっていた僕の肉体は、そう簡単に…以前のようには進化してくれなくなっていたのである。一〇〇キロ以上の球速が戻ることは無かった…。
夢の終焉を、僕は悟らざるを得なかった。
その喪失感は想像以上であった、鬱もじわじわと再度悪化した。
社会復帰を目指し、二〇一六年一旦はマイケルバーガーにバイトとして復帰するが、翌二〇一七年には退職。悪化する鬱に一時は自殺も考えた。
だが…。
毛布からも出られずにいたある日。僕はスマホ上でかつて自分がブックマークしたいくつかの野球理論サイトを見つける。
そうか、馬鹿な夢を追っていたもんだ!
でも神様か誰かに、お前には絶対無理と宣告されたわけではない。
肩や肘をを不可逆的に壊したわけでは無い。
やろう、挑もうもう一度…。
自分の体重だけでのスクワットや、心身の状態の良い時買い物ついでに外を歩く。
そこから僕は、少しづつ再起動した。
もうあの杉野弥生はどこに居るかも分からない。法的にも人生の基盤そのものであった膨大な金銭の返済要求はしようがない。最終的には自己責任であるし。
だが、ここまでの呪われた鎖を引き千切って飛翔することはできる。可能性はある。
二〇二一年春、ようやく僕は球速100キロの壁を超えた。
20代とは違うアプローチにのトレーニング、ネットとリアル双方の様々な人々の助けを得て四〇代半ばになって尚、僕は此処にいて、戦い続けている。



鎖の夢 完
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