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車は持ってない

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(今日は川上さんが休み、か…。)
自分が責任社員として一日店を見なければならない。
契約社員の時もそういう局面はあったが、丸一日というのは初めてだ。、プレッシャーが、ずしりと心臓にのしかかる。
ランチタイムのバーガーステーションは小笠原君が舌打ちしつつ手伝ってくれ、(まあ川上さんが知ったら怒るだろうが)なんとか回すことが出来た。
そして、ディナータイム。小笠原君が退勤したので自分一人で回す。幸い客数が少なく、「破局」まで行くことは無かった。まあまるで余裕は無かったが。
僕は大きく息をついた。
ひと段落した…早く帰れるよう、今のうちに発注業務をこなすか。そう思った矢先、店舗の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。マイケルバーガー豊橋店…。」
言い終わらないうちに、電話口の向こうから抗議の声が飛んできた。
「おい、セットメニューにポテトが入っていなかったぞ!金払ってんのに詐欺じゃねえか!。」
クレーム…いかん…最悪のシナリオだ。
「今すぐ届けに来い!住所は…。」
「申し訳御座いません。直ちに届けに伺います。」
僕は店内のスタッフに大声で呼びかけた。
「ちょ、ちょっとごめん。テイクアウトの入れ忘れがあったんだ。今から届けに行くからちょっとその間店をお願い。」
バイト達は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
距離的に自転車では無理な場所だ。
タクシーを呼ぶしかない。料金を経費で落とす際川上さんに色々嫌味を言われるだろうな…。でも仕方ない。
僕はこういう時いつも使っているタクシー会社に電話を掛けた。
「すみません、配車をお願いしたいんですが…。」
「申し訳ございません。只今大変混み合っておりまして、三〇分程お時間を頂いておりますが…。」
なんだって⁉お客様がご立腹のこういう時に限って…。
他のタクシー会社にも電話するが結果は似たり寄ったりだった。
やむを得ない。僕は件のお客様に電話を掛けた。
「も、申し訳ございません、タ、タクシーの手配をしておるのですが、どこも混み合っておりまして余分に三〇分程お待たせすることになってしまうんですが…。」
「はあ⁉タクシーとかふざけてるのか。車を持ってる奴はいないのか⁉」
いない。きょうはバイトの中にも…。
「客が商品足りないって言ってんのに寝ぼけたこといってんじゃねえぞ。お前責任者じゃないだろ!責任者を出せ!」
「あ、あいにく店長はお休みを頂いておりまして…。」
「知るかそんなもん!呼び出してこっちに連絡させろ…。」
ああ…。
最悪に最悪が重なってしまった。
川上さんの貴重な休みを…。
数分悩んだ末、僕は川上さんの携帯に電話をかけた。
事情を聞いた川上さんは、ひときわ大きな舌打ちをして電話を切った。
十五分後、自分の車に乗って店の前に現れた川上さんに、僕は必死で謝罪した。彼はそれを冷然と無視すると、僕からポテトの入った袋をひったくった。
訪宅謝罪を済ませ、戻って来た川上さんは、僕を怒鳴りつけた。
「テイクアウトの入れ忘れは社員の責任だ!普段からクルーに注意喚起していないのか!」
「も、申し訳ありません…。」
「あとお前、免許持ってんだろ。なんで自分の車を持たねえんだ⁉」
「そ、それは…。」
弥生に貢いでしまっているという経済的要因も確かにある。だがもっと根底の部分で、僕に運転を躊躇わせているのは、自分が運転不適格者だという思いであった。
なにしろ僕は自動車学校において、(当時の)仮免試験と卒業試験に、生来の不器用さが災いしてか、それぞれ二回づつ落ちているのである。教習中も同じようなミスを繰り返しては、指導員に呆れられていた。
そんなこんなで免許を取った後も、運転に恐怖心が残ってしまい、できれば今後の人生運転はせずに済ませたいという思いが芽生えてしまった。あと当時は剛速球投手への夢を追っていたから、そちらを最優先させたいという考えもあった。もし夢を叶え理想の存在になれたら…ペーパードライバーであることなど瑣末な事として片付けられてしまうだろう。そう思っていた。

しかし今現実に直面している仕事は、状況は…。
「とにかくもっと仕事に本気になれ!」
そう言い残して、川上さんは去っていった。後で小笠原君経由で聞いた話によると、この日川上さんは彼女との久々のデートだったとのことである…。
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