鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

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呻吟

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トイレから戻った僕に、間髪入れず新たな指示が飛ぶ。
「シンク横でサラダを作ってこい!」
まだ二、三回しかやったことのない作業だ。
見た目は綺麗に、手早く。また髪の毛などの異物が混入しないように慎重にやらねばならない。
僕は慎重さにベクトルを向けすぎてしまった。
三〇分が過ぎる頃…。
また川上さんの怒声が飛んだ。
「いつまで待たせるんだ!もうランチタイムのピークの準備をしないといけないんだぞ!さっさと済ませて営業に合流しろ!」
「すみません…。」
僕はシンク周りを派手に散らかしながら、サラダをやっとの思いで全部完成させ、営業ラインに戻った。
「バーガーステーションに入れ!因みにお前一人でだぞ。」
そんな…。
契約社員時代はいつも二人体制でやっていたのである。
無理だ…回していけるわけがない…。
正午が近づくにつれ、お客様が増えてくる。当然バーガーのオーダーも、加速度的に増えてくる。レジラインに注文された商品を素早く供給していかねばならないのだが…。
僕は焦った。焦れば焦るほど、指先は言うことを聞いてくれない。思うように迅速にバーガーを作ってくれない。
「照り焼きトマトバーガーまだっすかー。」
「トロ玉ビーフバーガー来てないですけど…。」
レジラインからは苛立った声が多数飛んでくる。
「す、すみません、しょ少々お待ちください…。」
例によってバーガーステーション全体を派手に散らかしながら。僕は殺到するオーダーにひたすらオタオタしていた。
正午を二〇分程すぎる頃、バーガーステーションのラインは完全に崩壊していた。もはや何から手を付けてよいか、溜まったオーダーの優先順位も分からない。レジラインに入っていた小笠原君からは怒声が飛んでいた。
涙ぐみながら、それでも必死でバーガーを作り続ける僕。
不意に肩をどつかれ、よろける。
「どいてろ。」
それまでフライヤーで揚げ物をしていた川上さんだった。
「悪ィ、俺が代わるわー。小笠原君。もう一度不足のオーダーを言ってくれ。」
安心したような表情を浮かべる小笠原君。
「あーなんだよこれは⁉」
散らかったバーガーステーションに苛立ちながら…川上さんは凄まじいスピードでバーガーを作り始めた。しかも見た目も僕より遥かに綺麗だ。
人間の指先というのはこれ程的確に速く動くのか…。
そう思いつつ、川上さんの横に立ち、作業をフォローしようとする。
「いらねぇ!邪魔だ!そこで立って俺のやり方を見てろ!」
参加することすら許されず…。僕は自分が招いた混乱が川上さんの驚異的な活躍により終息に向かう様を、ただ突っ立って見ていることしか出来なかった。
「いやーマジ半端ないっすよ川上さん。」
「バーガーステーション、ピークタイムに一人で回す人初めて見たー。」
「尊敬しますよーマジで。」
お客様の流れが途絶えてから、バイト達は口々に川上さんを称賛した。
「いやー俺も最初は出来なかったけど…六年間積み重ねてきた成果だよ。」
呆然と立ち尽くす僕には一瞥もくれず、川上さんはそう答えた。
「そこに十年やってても何の進歩もない社員もいますけどねー。」
小笠原君の言葉が胸に刺さる。
「よし、暇になった今がチャンスタイムだ、君たちで店舗全体を綺麗にしてくれ。」
「わかりましたー!」
川上さんは既にバイトを、店全体を掌握しつつある。
僕はやばいな、と感じてしまっていた。
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