鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

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カメラとスピードガンを返送した翌日、マジィ本部より店舗にかかって来た電話に対し、僕は御社でお世話になりますと力なく答えた。
「なんで、勝手にマジィに就職を決めてるの⁉給料低いからダメだって言ったじゃん!」
次の休日、マックで僕は弥生に絞られていた。
「で、でも就職はして、正社員になったわけだし…。」
「どこでも良いってわけじゃないでしょ!私が勧めていた企業全然受けようともしなかったじゃん!」
「で、でも長年お世話になったところだし、何回も話をもちかけてくれていたから…断れないよ。」
「今からでも断りなよ!」
「そ、そんなできないよ…。」
マジィ社からの再三の誘いに乗って、就職を決めれば、こうして弥生に糾弾される。全方位にいい顔をすることなんて不可能だという事を、僕は痛感させられていた。
「じゃあせめてマジィ社を早い段階で辞めちまいなよ。それで私が勧めたところに転職すればいいじゃん。」
辞める…。
その手があったか!
弥生が言う転職のためでなく、引き続き剛速球投手の夢を追うためにである。まあスポンサー探しから始めることになるが…。相手にしてくれる企業は何もセカンドピクチャーだけではあるまい。
その場合弥生を説得することに一苦労…いや、納得させる必要はない。のらりくらりと躱していけばいいのだ。就職しろと連呼されても、なんなら勧められた企業を受けるふりして実際には面接にも行かない。という手だって使えるのだ。
…この頃からであろうか。弥生に対して少しづつ狡猾に立ち回ろうという考えが芽生えてきたのは。
とにかく新たな希望の光を見出し、僕の表情は、少しだけ明るくなった。作り笑いではなく。
「うん、なるべく早く、マジィを辞められるように努力するよ。」
僕はそう言ってコーヒーを啜った。
翌日、マイケルバーガーに出勤すると…。
西原店長から、以前社員の勧誘を受けたファミレスに向かうよう告げられた。
そこでは副社長と営業部長が待っていた。
「やあ橋本、やっと決断してくれたようだな。」
副社長の言葉に、僕は身構えた。というか、正社員になると決まった瞬間いきなり呼び捨てかよ…。
「まあ座りなさい」
営業部長の言葉に、失礼しますと言って僕は腰かけた。今度は何かメニューを頼むよう勧められることは無かった。
「お前の最近の仕事ぶりは西原達から聞いている。」
お前呼ばわりかよ。副社長のドスの利いた声に、僕は若干萎縮した。
「何か、いい気になっているようだな。」
は⁉何を言っているんだ⁉どっからそういう話が出てきたんだ。
「い、いえ、そのようなことは決して…。」
愕然とした僕は、そう返すのが精いっぱいだ。
「仕事ぶりも雑で舐めていると聞いている。」
うーむ、まあ確かに直前までマジィ社の仕事とは全く異次元の夢の世界に羽ばたくつもりだったから、そう言われても仕方のない面はあったのかもしれない。
「正社員になったら、まずはそういう根性を改めてもらう。」
この段階で、マジィ社に入った自分の決断を、僕は後悔していた。
「まだ内示の段階だが、西原店長が名古屋に異動になるんだ。」
営業部長の言葉に、さすがに僕は少し驚いた。そして次の爆弾…。
「豊橋店の店長には、川上君がなる。つまり君には、川上君の下でやってもらうことになる。」
なんだって⁉よりによってあの川上さんと…。
「川上はマジィでもう六年もやってる。知ってるだろ?川上はお前が年上の部下であっても気にせずやると言っている。まずはフリーター気分が抜けないその根性を叩きなおしてもらえ。」
副社長の言葉に、僕はかすかに震えながら、わかりましたと返した。
「俺は、お前が一旦挫折を味わった方がいいと思っている。そこからいかに立ち直るかだな。」
懲役刑を宣告されたかのような気分に、僕はなっていた。
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