鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に６００万円を貢ぎ続けたか~

山を動かせ

メールの送信ボタンを押す。
僕は腕組みした。
やはり、ファースト・ドア社、およびセカンドピクチャーにとっては、僕の球速向上プロジェクトは、半ば忘れられた存在なのだろうか。
否！ここまで死に物狂いでトレーニングしてきたのだ。それが報われない、無視されるなんて、あってはならないことだ。必ずや、無理やりにでも振り向かせて見せる。このメールで回答を引き出す！
しかし…。
三日経っても、セカンドピクチャーからの連絡は来なかった。
丁度その日、弥生と会っていたのだが、笑顔どころでなく上の空な僕は、度々怒られることになる。
その日の深夜、メールの受信が無いことを確認すると、僕はネットカフェを後にした。さすがに余計なネットサーフィンをする気にはなれなかった。
どうする…。翌日の勤務時間中も、僕は悶々としていた。
今日入れて、あと四日で結論を出さねばならない。
帰宅後も食事をかきこみつつ、考え込んでいたのだが…。
テレビに映った人物の姿を見て、僕は決断した。
堀根浩二社長だ！
子会社が相手にしてくれないなら、彼に直接手紙を書こう。山を動かすんだ。
僕は自分の机から便箋を取り出した。



株式会社ファースト・ドア御中　　　　　堀根社長
ご無沙汰しております。
『球速向上プロジェクト』の持ち込みをさせていただいた。橋本俊で御座います。
今回球速向上の結果が出ましたので、それを基にセカンドピクチャーさんにスポンサー支援をお願いしておるのですが、もう二週間程音沙汰がありません。
（中略）
私の企画が実現した暁には、ファースト・ドア社及び堀根社長が、球団単位でなく個人でのプロ野球界新規参入をするというアドバルーンを高々と上げて、御社のより一層のイメージアップに貢献いたします。
必ずや、球速一五〇キロ超の数値を実現し、奇跡のプロ入りを果たし、マスコミの話題をさらって見せます。
何卒どうか、私の企画にご支援を頂けるよう伏してお願い申し上げます。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　橋本俊　　　　




…翌日、宅配便で僕は文書を送った。僕の情熱のすべてをぶち込んだ手紙だ。
何としても目を通して頂かねばならない。封筒には「是非ご覧ください！」とマジックで大書した。


その後の仕事には一応それなりに集中は出来たが、それでも時折気になってしまう。
果たして、今をときめくＩＴ企業の社長が、しがない一介のフリーターのメッセージをどれだけ相手にしてくれるだろうか。いや、そもそも手紙に目を通してくれるだろうか。
帰宅してからも眠れぬ夜を過ごし、朝を迎えた。