鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

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緊張にかすかに震えながら、僕はパロミスのフロアに入った。無人機コーナーが空いていることを確認して、ドアを開ける。ブースの中にある椅子に、僕は腰かけた。
「はい。ご利用ありがとうございます。」
女性の声がインターホンから響く。
「橋本俊様。一九七七年七月二二日生まれ。職業はフリーター…。」
一通りの個人情報を確認する。
「では源泉徴収票を…。」
僕は眼前の機械のスキャナーに、昨年度分の源泉徴収票を置いた。ちらりと見えた金額は、二三四万円。ずいぶん稼いでたんだな…。僕自身の手元にはいくらも残らなかったけど…。
一〇分ほど待たされる。
「お待たせしました橋本様。審査の結果、三〇万円の融資が可能となりました。」
ホッと胸を撫でおろす…べきなのだろうか。
発行されたカードを使い、ATMから三〇万円を引き出す。
ああ、この金がトレーニングの資金に全部使えたら…。しかし、それは許されないことだ。
現金入りの封筒をリュックに収め、僕は弥生が待つカフェへと向かった…。
弥生は自分の席で、優雅にケーキを頬張っていた。無論、そのケーキもコーヒーも代金は僕が払うのである。
濁った怒りを覚えつつ、僕は弥生の正面に座った。
「か、借りれたよ、三〇…。」
ふうんと、弥生は呟いた。そのニュートラルな表情からは、感情は読み取れない。
「じゃあ早く渡してよ。」
僕は封筒をリュックから出そうとした。
「ちょっと!直接渡さないでよ!何かに包むとか、方法はあるでしょ!」
声を潜めつつも、弥生は強い調子でそう言った。
僕は仕方なく、先ほど街頭でもらった通信資格講座のパンフレットに封筒を挟み、弥生に手渡した。
弥生はパンフレットの隙間から封筒の中身を一瞥すると、無言のままそれを自分の鞄の中にねじ込んだ。
ありがとうの一言くらいは、欲しかったんだがな…。
コーヒーを啜りながら、全く関係のない日常の愚痴を言い始める弥生。
分かっているのか?あんたは一人の男の人生を、また一つ歪めてしまったことを…。
「あ、もう三時だ。ぼ、僕はトレーニングがあるから行かなきゃ…。」
二〇分程喋ったところで、恐る恐る切り出した僕。
「えー、行っちゃうのー。名残惜しいな…。」
僕は少し驚いた。本当に残念そうな顔をしている。切なげですらあった。
時々、なんの脈絡もなく唐突に、弥生はこうして僕との「疑似恋人モード」に入る。それが、彼女の心理の深層を測りかねる一因となっていた。
「今夜電話してね。」
お金を置いて席を立つ時、弥生はそう言って手を振った。
僕も手を振り返した。
まあ、多額の借金をさせた後ろめたさが彼女なりにあるのかも知れないが…。
駅ビルの前を歩きながら、僕はそんなことを考えた。
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