鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

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それなりの決意

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電話をかけていた事務所から、階段をゆっくり降りる間。
頭の中がぐるぐる回る。
父親の小さくなった背中。
マックで僕に愚痴をいう弥生。
トレーニングジムの光景。
僕に向かってキレる客。
城田遥の笑顔…。

やってやる。

もらった猶予の三カ月で、鍛えに鍛えまくってやる。
そして球速一三〇キロを出して、ファースト・ドア社からスポンサー支援を引き出して見せる!
なんとしてもだ!

…業務の引継ぎをしようとした西原店長が、どうかしたの?と訝しむくらい、僕の顔は強張っていたようだ。

七月。近所の多目的グラウンドを、僕は駆けずり回っていた。
ひたすら走る、徹底して肉体を苛め抜く!
そうやって自らを追い込むときは、なるべく過去の人生で屈辱的な経験を思い出して、それをバネにする。
このとき選んだ記憶は…。
大学2年に上がる前のことだ…。

僕は卒業式後の謝恩会の会場に来ていた。手には花束を持って。
むろん自分の卒業式ではない。
どうみても場違いな風情。挙動不審者である。
僕は一年先輩の想い人…、短大(僕の大学に併設されている)の卒業生の女性に花束を渡そうとしていたのである。サークルに顔を出していた女の子たちの中の一人だ。
しかし当の本人は見つからない。探せども探せども…。
袴やドレスで着飾った女の子たちが楽し気に語らうのが視界に入る度、惨めな気持ちになる。
もう帰ろうか、やはり飛び込み同然で来てしまったのがそもそもの間違いだったのか…。
そう思った時、後ろから声をかけられた。
「橋本君じゃない?どうかしたの?」
水原由香さん…探していた女性ではないが、同じようにサークルに来ていた仲間の一人である。
「じ、実は…、く、栗田千里さんに、は、花束をお渡ししようと…。」
僕はなんとかそう言葉を絞り出した。
苦笑いに近い笑みを、水原さんは浮かべた。
「千里はね、ちょっと飲み過ぎて気分が悪くなっちゃって早めに帰っちゃったの。よかったら私が後で届けておくけど…。」
「は、はい。お願いします。」
もしかしたら、体よく避けられてしまったのかもしれない。
そんな思いも頭をよぎったが…それ以上深追いする気には、さすがになれなかった。
その後、栗田千里からリアクションがあることは無かった。
僕自身はと言えば、自分がやらかしてしまった社会的自爆テロ行為にも似た無謀なアクションがいまさら猛烈に恥ずかしくなってしまい、こちらから再度アプローチをする気がなくなってしまった。
童貞をこじらせているのは惨め。しかしそのことで焦って空回りするのはもっと惨め。それを痛感した一件だった。
…あの頃と今と、どっちがましなのだろう。
同年代の女性たちを、まるでアイドルタレントのように会話を交わすこともままならない雲の上の存在として仰ぎ見ることしか出来なかったあの頃。
一方現在の僕には、定期的に会って話をする女性がいる。
だがその女性は、精神的にも肉体的にも一線を越えることを頑なに拒否し、その一方で僕を執拗に拘束し続けるのだ。
いったいどちらが。
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