鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に６００万円を貢ぎ続けたか~

欠陥

遠い日の記憶。
中三の秋の夜。
自分の勉強部屋…。
当然受験勉強に専念しているべきなのだが…。
僕はぼんやりと、県下の高校の学校案内集を眺めていた。
志望校を決めた今、そんなものは見るべきものではないことはわかってる。
わかってるんだけど…。
入学時の優等生ぶりから一転。中二の頃からテレビゲームにはまり、明らかに成績がガタ落ちした僕。
受験における致命的な弱点にも気が付いてしまっていた。
ここ一番での、集中力の無さ…。
とくに理数系の科目においてそれは顕著であった。
いかに気合を入れて勉強に臨んでも、すぐに意識はぼやけ、わき道に逸れて貴重な、貴重すぎる時間を浪費してしまっては自己嫌悪に陥る。

「内申点的に西高はきついぞ」
「数学が悪すぎる。どこが分かってないかが分かってないんじゃないか？」
「精神的に脆いんだよ。要するに。」
「ゲームしている場合？」
「志望校、ランク下げた方がいいんじゃないの？」
親や教師からのネガティブな言葉が、脳内で反響する。
成績を落とし始めた頃だろう。
自分は「持ってない」側の人間だと薄々気づき始めたのは。
そしてその焦りと劣等感を、地に足のつかない超人願望などの誇大妄想で必死にごまかし続けるようになったのは。
（いつか僕は圧倒的、超絶的、絶対的な力を手に入れる。そうなれば、灰色の世界も一気にバラ色になって…。）
その結果…。
交友関係を増やしたり、彼女を作ったり、流行りのおしゃれをしたり、今しかできない色んな遊び等を経験して世界を広げたりするといった事を怠ってしまった。
いわば一個の人間としての、男としての軸を持った人格形成をやり損ねてしまったのだ…。

…結局僕は志望していた公立高校には落ち、滑り止めの私立高に何とか受かることとなる。

いかん、今、ぼんやりしてしまっては…。
僕は店の、レジ内現金チェックをどうにか済ませた。
「なんか今日暇ですねえ」
城田遥がそう話しかけてきた。
確かにお客さんはまばらだ。
「橋本さんって、野球やってるんですか？」
思いもかけず、プライベートなことに踏み込んできてくれた。
僕は内心小躍りしながら、現在挑戦している企画について簡潔に話してあげた。
もちろんファースト・ドアや堀根氏の名前も出しながら。
「へえ、すごおいですね！
私も野球観戦、お姉ちゃんと行ったりしますよ。一五〇キロとか投げるピッチャー、すごいですよね。」
ああ、もし僕自身がその剛速球を投げるピッチャーになったら、君は何て言ってくれるだろう。
舞い上がった気持ちを必死に抑えつつ、僕はうん、うんとうなずいた。

その夜、ネットカフェに寄った僕は、（パソコンは持っていない）セカンドピクチャーに長文メールを書くことにした。
やはりどうしても、この企画挑戦は成功させたい！
それには「今」支援が必要なのだ。

株式会社セカンドピクチャー御中　田辺様

お世話になります。
（中略）
やはり、月百数十時間のバイトをこなしながらでは、できうる進化に限界があります。
ここは是非とも、御社に月４万～５万の支援（融資）を頂きたいと思います。
それだけのご支援さえいただければ、必要な休養と良質なサプリメントによる栄養補給を身体に与えることができ、球速の記録も飛躍的に向上し得ると考えます。
何卒どうか、ご検討の程お願い申し上げます。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　橋本俊


僕は送信ボタンを押した。