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総統戦記外伝 魔弾のレギンレイヴ②
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「閣下!このペースならば本日も20キロ近くを走破できそうです!
ファシストどもはなすすべもなく逃げ出したと見えますな!」
指揮車の中で漂う楽観的な参謀達の空気に、この軍団の最高指揮官は軽く釘を刺す。
「否。逆に逃げ足が早すぎる。
ある程度我が方の動きを先読みし何がしかを企んでいるのだろう。
今更再攻勢はできまいが、一撃離脱を繰り返しこちらに痛撃を加えることはできる。」
壮年の経験豊かな将帥。
イワン・バグラミャン大将。
バルト第一戦線司令官。
そうはいいつつも、この戦いで大なる勲功を挙げればあるいは、ソ連邦英雄の栄典にも…。
そうした野心もなくはなかった。
が、もちろん慢心も油断もせん。
ここまで食い下がってきたナチスドイツ軍だ。
正面の戦闘に加え、ここ最近耳にする不穏な報告…。
尉官、佐官級の、前線の指揮官が次々と狙撃され、既にその数は30名に迫っているとの話である。
もちろん我が方とて狙撃兵を潜伏させる戦術は使うが、こうも執拗にかつ的確にこちらの指揮系統の結節点を狙われると…。
フッ、まさかな…。
頭に浮かんだ、数年前の白い悪魔の話を、強引にバグラミャンはかき消す。
いずれにせよ、一応自分自身に対しても含め、幕僚達に注意喚起する…。
日が、暮れる。
なんとか山中でも気温的には凌げそうだが、腹がな…。
少しづつ齧っていたビスケットの無傷の1枚を、シュバルツは一応差し出した…瞬間に、アンネローゼは腕を音もなくしならせた。
ヒッ。
うっかり声を出しそうになったのを堪える、が、彼女の手にリスともネズミともつかない小動物がにぎられているのを見ると、思わず口を開いてしまった。
「おいっ、食うのいいけど焼いて食ったら…火を起こせばそれこそ敵に…」
「問題ない。…ありません。」
少女は当たり前のように毛皮を剥がし、指先で器用に肉の肥えた部分を抉り出すと口に運び咀嚼する。
「ちょ…お前…生…かよ…肉…」
シュバルツの言葉を無視して、アンネローゼは肉を嚥下してしまう。
獣かよ。
しかし、月光に照らされた彼女の血塗られた口元や頬を、一瞬美しいと…。
ただ、流石に差し出された肉片を口にするのは固辞して、元々あったビスケットでしのぐことにしたが…。
「あと、7キロ、西北に、移動よろしいですか?」
「あ、ああ、わかった。君に任す。」
まあ、味方の防衛ラインに向かうなら悪いことにはならないだろ…。
「ああ、君の任務に関しては何も聞かないが。」
シュバルツは歩きながらささやくように言った。
「任務と同時に、君が本懐のようなものを果たせるとよいな。
それで早く戦争が終わって、中々ピンとこないだろうが普通の生活に戻れるといいな。
…と思ってる。
すまない、何も知らずに変な事を言った。」
アンネローゼは一瞬立ち止まり、こちらを振り返る。
どきりとした。
が、今まで見たポーカーフェイスのままで、すぐに前を向き歩き始める。
…いや、今ほんの少し笑っていた?
どんどんと、森が深くなり、月光はとうに届かない。
「ここで、休みます。」
2本の巨木が上手く影を作り、しかも塹壕めいたものがある。
「わかった。都合よくこんなのが…。」
「私が用意しました。」
「……!」
多分各所に掘ってあるのだろう。
何も見ずに密林内を動く勘といい…。
さきにささっと塹壕に潜り、土の一部と化すように少女は寝てしまう。
無論、ライフルは手放さない。
あ、俺も…。
シュバルツも潜り、反対側にもたれる。
が、向かいから声。
「私の隣、いいですか。」
え?
一瞬年甲斐もなくどきりとしたが、自分のまとう外套が視界の隅に入り納得した。
歩いているうちは全く感じさせなかったが、アンネローゼは足に軽くない負傷をしているのだ。
そしてこの寒さ。
自分の体温と外套を合わせれば無視できない防寒と休養になる。
わかった。失礼する。
シュバルツは少女の肩に寄り添い、外套を2人がかりで被る。
「感謝します。」
「あ、ああ。」
僕も休まなければ。
目を閉じる。
しかし、限りなく零距離に女の身体がある。
医師、軍人としての理性や割り切りはあっても、100%脳内から追い出せる訳ではない。
何も考えるな…寝ろ。
とくん、とくん。
…これは自分の鼓動ではないな。
しかし、見事だな。
どんな状況でも、すぐスイッチを切り替えて、心拍数や呼吸を睡眠に適したラインに持っていける。
随意的に心身を調律できるのか…。
もう少し思考を進めるつもりだったが、無意識に自分の心拍も彼女に同調したのか、眠りの底に誘われる…。
ぴしゃっ。
顔に何か液体。
水…ではなく、血!?
瞬時に眠気が吹き飛ぶ。
「おおっ!」
耳障りな男の悲鳴や怒声。
ソ連兵?の1人がナイフで喉を裂かれ、直後に別のひとりがアンネローゼがぶっぱしたライフル弾で胸板を撃ち抜かれる。
最低限壕から乗り出した彼女は、いつの間に持ち替えたのかMP40らしき軽機関銃で周囲を薙ぎ払う。
連鎖する悲鳴。
自分も撃たなきゃとライフルを握るが、「相棒」に頭を片手で抑えられるシュバルツ。
よくわからんが下手したら小隊単位の敵じゃないか…?考えを巡らす間、ライフルに持ち替え掃射を続ける少女。
10分くらい過ぎたであろうか。
朝日が少しずつ顔を覗かせる中、30名以上の男が斃れていた。
なんて子だ…。
野戦病院の阿鼻叫喚にはそれなりに何割かは慣れた気になっている身でも、呻かざるを得ない光景だ。
それにしても誰に…なにをどうすればこんな戦闘能力が…。
当のアンネローゼは淡々と装備を整え直しつつ、敵兵に生存者がいないことを確かめるや、無線機のスイッチを入れ、何かを聞き取ろうとする。
そして…
「お待たせしました。」
狙撃用ライフルを担ぎ直すと、手短に敬礼をする少女。
敬礼を返す。
「わからない。わからないけど、やるんだな?」
「ヤー。」
「わかった。足手纏いになるかもしれないが、僕も付き合う。」
「あなたは上官です。護ります。」
「ありがとう。では一つ貢献させてくれ。」
シュバルツは屈むと、アンネローゼのふくらはぎの傷。その包帯を替え、再度の消毒をする。
「感謝します」
彼女は何を言っても止まるまい。
今進軍しているソ連軍の恐らくは将官の誰かを撃ち取らなければ、任務はもちろん、彼女の時間が先に進まないのだ。
恐らくは連中に全てを奪われ踏み躙られた落とし前は…それが戦争なのだと信じ切っているのなら止められない。
ならば、自分は2人とも生還できるよう、この頭と身体を使い切るしかない。
密林なりに明るさが戻る中、2人の軍隊の進軍が再開された。
ファシストどもはなすすべもなく逃げ出したと見えますな!」
指揮車の中で漂う楽観的な参謀達の空気に、この軍団の最高指揮官は軽く釘を刺す。
「否。逆に逃げ足が早すぎる。
ある程度我が方の動きを先読みし何がしかを企んでいるのだろう。
今更再攻勢はできまいが、一撃離脱を繰り返しこちらに痛撃を加えることはできる。」
壮年の経験豊かな将帥。
イワン・バグラミャン大将。
バルト第一戦線司令官。
そうはいいつつも、この戦いで大なる勲功を挙げればあるいは、ソ連邦英雄の栄典にも…。
そうした野心もなくはなかった。
が、もちろん慢心も油断もせん。
ここまで食い下がってきたナチスドイツ軍だ。
正面の戦闘に加え、ここ最近耳にする不穏な報告…。
尉官、佐官級の、前線の指揮官が次々と狙撃され、既にその数は30名に迫っているとの話である。
もちろん我が方とて狙撃兵を潜伏させる戦術は使うが、こうも執拗にかつ的確にこちらの指揮系統の結節点を狙われると…。
フッ、まさかな…。
頭に浮かんだ、数年前の白い悪魔の話を、強引にバグラミャンはかき消す。
いずれにせよ、一応自分自身に対しても含め、幕僚達に注意喚起する…。
日が、暮れる。
なんとか山中でも気温的には凌げそうだが、腹がな…。
少しづつ齧っていたビスケットの無傷の1枚を、シュバルツは一応差し出した…瞬間に、アンネローゼは腕を音もなくしならせた。
ヒッ。
うっかり声を出しそうになったのを堪える、が、彼女の手にリスともネズミともつかない小動物がにぎられているのを見ると、思わず口を開いてしまった。
「おいっ、食うのいいけど焼いて食ったら…火を起こせばそれこそ敵に…」
「問題ない。…ありません。」
少女は当たり前のように毛皮を剥がし、指先で器用に肉の肥えた部分を抉り出すと口に運び咀嚼する。
「ちょ…お前…生…かよ…肉…」
シュバルツの言葉を無視して、アンネローゼは肉を嚥下してしまう。
獣かよ。
しかし、月光に照らされた彼女の血塗られた口元や頬を、一瞬美しいと…。
ただ、流石に差し出された肉片を口にするのは固辞して、元々あったビスケットでしのぐことにしたが…。
「あと、7キロ、西北に、移動よろしいですか?」
「あ、ああ、わかった。君に任す。」
まあ、味方の防衛ラインに向かうなら悪いことにはならないだろ…。
「ああ、君の任務に関しては何も聞かないが。」
シュバルツは歩きながらささやくように言った。
「任務と同時に、君が本懐のようなものを果たせるとよいな。
それで早く戦争が終わって、中々ピンとこないだろうが普通の生活に戻れるといいな。
…と思ってる。
すまない、何も知らずに変な事を言った。」
アンネローゼは一瞬立ち止まり、こちらを振り返る。
どきりとした。
が、今まで見たポーカーフェイスのままで、すぐに前を向き歩き始める。
…いや、今ほんの少し笑っていた?
どんどんと、森が深くなり、月光はとうに届かない。
「ここで、休みます。」
2本の巨木が上手く影を作り、しかも塹壕めいたものがある。
「わかった。都合よくこんなのが…。」
「私が用意しました。」
「……!」
多分各所に掘ってあるのだろう。
何も見ずに密林内を動く勘といい…。
さきにささっと塹壕に潜り、土の一部と化すように少女は寝てしまう。
無論、ライフルは手放さない。
あ、俺も…。
シュバルツも潜り、反対側にもたれる。
が、向かいから声。
「私の隣、いいですか。」
え?
一瞬年甲斐もなくどきりとしたが、自分のまとう外套が視界の隅に入り納得した。
歩いているうちは全く感じさせなかったが、アンネローゼは足に軽くない負傷をしているのだ。
そしてこの寒さ。
自分の体温と外套を合わせれば無視できない防寒と休養になる。
わかった。失礼する。
シュバルツは少女の肩に寄り添い、外套を2人がかりで被る。
「感謝します。」
「あ、ああ。」
僕も休まなければ。
目を閉じる。
しかし、限りなく零距離に女の身体がある。
医師、軍人としての理性や割り切りはあっても、100%脳内から追い出せる訳ではない。
何も考えるな…寝ろ。
とくん、とくん。
…これは自分の鼓動ではないな。
しかし、見事だな。
どんな状況でも、すぐスイッチを切り替えて、心拍数や呼吸を睡眠に適したラインに持っていける。
随意的に心身を調律できるのか…。
もう少し思考を進めるつもりだったが、無意識に自分の心拍も彼女に同調したのか、眠りの底に誘われる…。
ぴしゃっ。
顔に何か液体。
水…ではなく、血!?
瞬時に眠気が吹き飛ぶ。
「おおっ!」
耳障りな男の悲鳴や怒声。
ソ連兵?の1人がナイフで喉を裂かれ、直後に別のひとりがアンネローゼがぶっぱしたライフル弾で胸板を撃ち抜かれる。
最低限壕から乗り出した彼女は、いつの間に持ち替えたのかMP40らしき軽機関銃で周囲を薙ぎ払う。
連鎖する悲鳴。
自分も撃たなきゃとライフルを握るが、「相棒」に頭を片手で抑えられるシュバルツ。
よくわからんが下手したら小隊単位の敵じゃないか…?考えを巡らす間、ライフルに持ち替え掃射を続ける少女。
10分くらい過ぎたであろうか。
朝日が少しずつ顔を覗かせる中、30名以上の男が斃れていた。
なんて子だ…。
野戦病院の阿鼻叫喚にはそれなりに何割かは慣れた気になっている身でも、呻かざるを得ない光景だ。
それにしても誰に…なにをどうすればこんな戦闘能力が…。
当のアンネローゼは淡々と装備を整え直しつつ、敵兵に生存者がいないことを確かめるや、無線機のスイッチを入れ、何かを聞き取ろうとする。
そして…
「お待たせしました。」
狙撃用ライフルを担ぎ直すと、手短に敬礼をする少女。
敬礼を返す。
「わからない。わからないけど、やるんだな?」
「ヤー。」
「わかった。足手纏いになるかもしれないが、僕も付き合う。」
「あなたは上官です。護ります。」
「ありがとう。では一つ貢献させてくれ。」
シュバルツは屈むと、アンネローゼのふくらはぎの傷。その包帯を替え、再度の消毒をする。
「感謝します」
彼女は何を言っても止まるまい。
今進軍しているソ連軍の恐らくは将官の誰かを撃ち取らなければ、任務はもちろん、彼女の時間が先に進まないのだ。
恐らくは連中に全てを奪われ踏み躙られた落とし前は…それが戦争なのだと信じ切っているのなら止められない。
ならば、自分は2人とも生還できるよう、この頭と身体を使い切るしかない。
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