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クルスク~城塞の戦い

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4月10日

総統大本営に東部戦線の将帥が一堂に会し、現在の戦線の焦点となっているクルスク突出部への攻勢作戦の詳細が検討されることとなった。
「小官は一刻も早い作戦実施を提案いたします!」
会議の劈頭、そう主張したのは中央軍集団司令官ギュンター・フォン・クルーゲ元帥であった。
「私もクルーゲ元帥の意見に賛成いたします。時間が経てば経つほど、彼ら赤軍はクルスク方面の防備を強化していきます。今ならばまだ、それが整わぬうちに敵を粉砕できます。」
マンシュタインもそう言って同調した。
「両名の見解は正しい。確かに時間が経てば経つほどこちらの不利になるというのは理解できる…。」
僕はそう言ったが、こうも付け加えた。
「だが、6月下旬まで待てば、我が装甲戦力が飛躍的に強化されるというのも事実だ。
それは強化された赤軍の防衛体制を突破し得るものだと私は考える…。
どうかな?シュペーア軍需大臣?」
長身の、若々しい印象の軍需相は話を振られ、額の汗を拭いながら答えた。
「た、確かに最新鋭のV号戦車は鋭意開発、生産を進めておりますが…。
今回の作戦に間に合いますかどうか…。
初期欠陥の開発が…解決しない可能性が…」
「ふむ、なるほど…。」
僕は腕を組んだ。

「総統閣下、そもそも、攻勢作戦そのものに小官は反対でございます。」
装甲兵総監 ハインツ・グデーリアン上級大将が発言した。
眼光は鋭い。現在は部隊指揮を離れて装甲部隊の再建に専念しているとはいえ、元々は戦場の猛将である。
「みすみす万全の防備を固めた敵の真っただ中に貴重な戦力を突入させるなど愚の骨頂であります。
今は防備を固め現状の戦線を維持することと、装甲戦力の再建強化に専念するべきです!」
「うむ、うむ…」
僕は重々しく頷いた。彼の立場と見解には深い理解と配慮を示しておく必要がある。マンシュタインに次ぐ名将であるのだ。

「グデーリアン将軍の意見は傾聴に値する。確かにスターリングラードで負った痛手から、我が方は立ち直っていないし、正直現状の戦力では攻勢に出ることそのものに無理があるというのも理解できる。

だが…。
攻勢に出ず再建に専念すれば、その間当然敵の方も強化されるのだ。
まして彼らソ連にはわが方の数倍の生産能力がある…。この格差は時間とともに開くばかりだ。

故に…どこかで集中した敵を叩き、一気に甚大な損害を与えてやる必要があるのだ。この戦線そのものを安定させるためにもな…。」
グデーリアンは納得はしていないようであったが、総統がそこまで仰せなら、と引き下がった。


「しかし総統閣下、北アフリカ戦線の方も予断を許さぬ状況ですぞ。
というよりすでに破綻しております。もし米英軍が北アフリカを落とした余勢をかってヨーロッパに上陸でもしましたら…。」
マンシュタインがもう一つの大きな懸念を表明した。
「そこも無論、考えておる。この作戦に影響を及ぼすことが無いようにな…。」

僕は地図を前に、作戦構想全般を説明した。

マンシュタインは眉間に皺を寄せ、
グデーリアンは目を剥き、
シュペーアや他の将軍たちは流れ出る汗をせわしなく拭うこととなる。

数日後、総統執務室
「済まないな、病み上がりの貴官に、こうした過酷な任務を背負わせてしまって…。」
「いえ、お気になさらず。それより小官にダイヤモンド賞のみならず、雪辱の機会をお与えくださって感謝致します。マイン・フューラ―。」
「貴官にはクルスク北方からの攻勢を引き受けてもらう。
クルスク突出部を南北から噛み千切る、その上顎の役目だ。
私の見たところ北側の方が若干弱いと思ったのでな…。
新鋭のティーガーⅠも無論配備させる。少数ではあるが…。88㎜砲の運用に長けた貴官ならば、この戦車も上手く使いまわせるであろう。」
「男」は新部隊の陣容予定表と、クルスクの地図を交互に眺める。
「なるほど…なかなかに、刺激的な復帰戦となりそうですな。
いずれにせよ、安んじてお任せくださいませ。」
「うむ。期待しておる!」

僕と男は握手を交わした。

4月25日

北アフリカ、チュニジア ガベス港

「撤退かァ…」
「ってもドイツに還れるわけじゃないんだよなあ…」
「シチリアに転進しろだってよ」
「マジかよ…」
「まあ捕虜になるよりはマシってことで。」


「兵卒ども!無駄口を叩かずさっさと乗船しろ!すでに英軍はメドニン辺りまで追ってきているのだ!」

エル・アラメインでの決定的な敗北以降、後退を重ね遂にはここチュニジアに押し込まれていたドイツ・アフリカ軍団は、突如として下された命令によりチュニジアを引き払い、かき集められた輸送船で海路シチリアを目指すこととなる。
あまりに突然の撤退で米英側の対応は遅れた…。
といってもやはり撤退途上、海上では空襲、潜水艦による追撃は苛烈で、軍団は3分の1の兵力を失うこととなる。
だが、それでも、シチリアの防衛体制は相応に強化されることとなる。

6月に入り、ソ連軍は、ドイツ軍の作戦を早期に察知して、クルスク周辺一帯に大規模な塹壕、パックフロント(対戦車陣地)等を組合わせた防衛陣地帯を8つ構築して、ここに兵員133万人、戦車及び自走砲3,300両、火砲2万門、航空機2,650機に及ぶ大兵力を配置してクルスク一帯を鉄壁の要塞と化した。さらに兵員130万、戦車及び自走砲6,000両、火砲2万5,000門、航空機4,000機を超える予備兵力をその後方に待機させる…。
それらの情報を、僕も航空偵察、捕虜からの尋問等のルートで大本営にて受け取っていた。
無論、予め持っていた歴史的知識としても…。

敵の兵力は膨大だ。だが、もしそれを一気に殲滅できれば…。
突出部の前衛兵力のみならず、その後方の予備兵力もだっ。

僕は紙にペンを走らせ、イラストを描き始めた。

独ソ双方の様々な思惑が渦巻く中、遂に7月の作戦発起の日を迎えることとなる。

そして7月5日未明。プロホロフカより南に15キロ。
ソ連赤軍、第6親衛軍司令ユーリコフは、時計を睨みつつ、配下の砲兵部隊に命令を送る。
「0400に準備破砕射撃を行う!!ファシストどもの出鼻を挫いてやるのだ!」
そう、奴等の攻勢開始予定時刻は0430。それに先回りしてやる形だ。すでに連中の情報はダダ漏れしているのだ。
この上は敵の先頭集団を猛砲撃で叩き潰し、この戦いそのものを「勝ち確」にもっていくのみだ。

この私の手で…!
刻一刻と、砲撃開始時刻が迫る度、胸が高鳴る。
あと5分…。
爆音が響く。
「何だ⁉先走って砲撃を始めたやつがいるのか!?」
「わかりません⁉砲兵部隊には時刻を厳守するよう伝えておいた筈ですが…。」
参謀たちは双眼鏡を覗く。
砲兵を配置していた広大な陣地が、いくつもの爆炎に包まれていた。
「て、敵機です!!敵の爆撃機隊が…!」
「何ィ!?」
馬鹿な…夜間空爆だと!?そもそもなんでこちらの砲兵の位置が正確に判るのだ!?
空爆だけでなく砲撃も加わり、10分足らずで第6親衛軍の砲兵部隊は7割がた無力化された。
「そんな…意味がわからん…なぜ奴らは正確にこちらの意図を…」
呆然自失となったユーリコフは、しばし当面の指令を出すこともままならず椅子に座り込んでしまった。

「よし、あらかた片付いた。長居は無用だ。離脱するぞ!」
ドイツ空軍急降下爆撃機Ju87シュトゥーカ。
それを駆るハンス・ウルリッヒ・ルーデル大尉は、機首を基地のほうへと巡らす。
「なんか大尉、おもしろくなさそうっすね。」
後席の相棒、ヘンシェル兵長が話しかける。
「別に…ただ、動かない目標をやってもつまらんってだけだ。」
「今日、この後の出撃では存分に狩れますよ!イワンどもの戦車を。」
「ま、それもそうだな!」

クルスク南部戦線。
「前進!!各部隊ティーガーⅠを中心にパンツァーカイルの陣形を取れ!」
ヘルマン・ホト上級大将の叱咤のもと、鋼鉄の猛獣たちが次々とソ連軍陣地へと雪崩れ込む。
互いの砲弾が激しく飛び交う。
だがティーガーの装甲は殆どの対戦車砲弾を弾き返し、逆に対戦車陣地の方が次々とケシ飛ばされる。

「我が方の進撃は、正午時点ではほぼ予定通り!」
「こちらの損害は軽微な模様。」
「間もなく敵戦車軍の前衛と接敵の見込み!」
戦闘指揮所には、順調な進捗を伝える報告が上がっていた。
「各前線指揮官に改めて伝達!敵の偽装陣地に留意せよと!戦車砲の十字砲火のキルゾーンにも入らぬように…事前に周知してある敵対戦車陣地の概略図を参考にせよとも…。」
言いながら、マンシュタインは内心で舌を巻いていた。
どうやら総統から渡された対戦車陣地のイラストは正確だったようだ。
一体、どこから情報を手に入れたのだ…
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