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絶対国防圏死守か、それとも…

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帝都、東京。
「サイパンも…中々頑張っているようですが。」
佐藤賢了、軍務局課長、陸軍大佐
その立場で首相官邸の東條英樹総理の前に建てるのは、プライベートで上官部下を超えた親交があったに他ならない。
当人たちは、それでも公私のケジメはつけているつもりなのだな…。

「問題は民間の連中が5000人ばかり残っておることです。
そやつらが命惜しさに戦局によっては米軍に投降し得る、それに関してどう対処するかです。」
佐藤の言葉に、東條は腕組みし唸る。
「あ…無論、小官も露骨に敵の手にかかるくらいなら死ねなどとは申せません。
しかし、戦陣訓には明文化できなかったとは言え、『生きて虜囚の辱めを受けず』の精神は軍民問わず全帝国の軍民が心得、共有している筈のことと考えます。」
だから「そういう空気」を現地でも作らせろという訳か。
それを露骨に否定して叱責する事は、まだ東條としても立場上出来なかった。
「未だサイパンが劣勢になったという報告は受けておらん。
島の3分の2は依然死守しておる。
敢闘精神は将兵にとどまらず、現地の民間のものも十分心得ておるものと私は思う。
いざという時の覚悟も。」
軽々に陛下の赤子たちの生き死にを高みから云々するものではない。
「はっ、出過ぎたことを申しました。」
その場は一礼し立ち去る佐藤。

ため息をつく。
この東條自身が、帝国軍人、臣民かくあるべしの精神から抜けられていない。
父親の想いを背負い、陸軍の頂点に立つべく自身なりに修練を積んでいた青少年期から叩きこまれてきた背骨ともいうべき考え…。
しかし、アメリカ合衆国という合理と先進性の塊の超大国に拮抗するには、それは変えねば、捨てねばならないのだ。
そこへ、穏やかな気配と声。
「閣下、あまり思い煩い過ぎはよくありませんよ。
この後の戦略をまず、確実に進めることを考えましょう。」
「う、うむ、毎度すまぬな。」
「秘書官」有明の出してくれた番茶をすする。
しかし、「それ」を信じていいものか…
如何にこの有明の脳髄の産物といえども…。

その後…サイパン攻防戦は激化する。
上陸後6週間をかけ、どうにか主目標たる飛行場は奪取した。
だが周辺山岳、森林地帯からの砲撃が繰り返され、とても飛行場に味方を呼び寄せ得る状況ではなかった。
その後日本軍による再奪取を防ぐのが精一杯の膠着状態…。
だが、そこはアメリカである。
1943年12月1日、ハルゼー率いる一大任務部隊が到着した。
正規空母15、護衛空母25隻
作戦機1800機。
そして新造2隻を含む戦艦は6隻!

それらが地上部隊への新たな装備補給増援と共に馳せ参じたのだ。
つまりそれは…マリアナ諸島、ことに激戦地サイパンの日本軍に鉄槌が下されることを意味する。
「ヒュー!頼もしいぜ!」
「勝ったなガハハ!」
アメリカ将兵の士気も嫌が上にも高まる。

実際、沖合からの数段威力を増した艦砲射撃と空爆に、さしもの日本軍の砲撃もまばらとなる。
このまま十分すぎる程の火力で追い込めば…。

到着後輸送支援と敵守備陣への砲爆撃を開始し20時間程経過したのち。
「何!?ジャップの機動部隊?」
アメリカ機動部隊、旗艦ミズーリ
前回の深傷から奇跡の復旧を遂げた感に、司令官ウィリアム・ハルゼーは鎮座していた。

「はっ、偵察機と通信解析を総合するに、空母6隻、戦艦は存在しても2隻、大小30隻を超えることはないようで…
12時間以内に敵航空戦力攻撃圏内に入ります。」
ハルゼーは鼻を鳴らした。
「もはや哀れだな猿どもも…合衆国はこれから進化して世界最強最新の海軍を擁する事となるのに…なけなしの戦力をなけなしの燃料で動かして…。
しかしまあ、友軍を見捨てない姿勢は見事か。敬意を込めて藻屑にしてやれ!」
「御意!」
敬礼しつつもカーニー参謀長は思いを巡らす。
(ここサイパン方面での防衛戦を長引かせ我が国に失血を強いる。その一環の支援作戦なのは分かる。
向こうの海軍は戦力回復途上の不完全体で出てきてでもサイパン友軍の健闘を少しでも支えたい。
日本人的な思考ではあるが…。
いや待て?本当にそれだけか?
何か見落としていないか?
前回までの戦いでここまで我々を苦しめた日本陸海軍が、こちらも無傷ですまないとは言え負ける前提の戦いを…。)
とは言え、なんの確証もない。
あらゆるデータは確認できる敵は残存、寄せ集めとのみの証明をしめしている。
そこで彼は思考を打ち切り、機動部隊分派、具体的な攻撃排除作戦の組み立てに回路を切り替える。

そしてこちらは…。
「彩雲より入電、敵機動部隊…」
「よし、確実かつ迅速にいくぞ。」
山口多聞臨時編成機動部隊(第一遊撃部隊)司令官は、居並ぶ艦載機のパイロット達に訓示する。
「今回、いや、今後諸君ら精鋭パイロット達に求められるのは戦史上にも稀な奇跡である。
それは決して神頼みのものではなく、精緻な計算の元、諸君らが1秒1秒に明確な意志と冷静さを込めて成し遂げらるものだ。
必死必殺の覚悟で臨め、しかし必ず生きて帰って来い!」
全員が最敬礼で応える。
空母信濃、大鳳、瑞鶴、飛龍、蒼龍、雲龍。
そこに集いしパイロット達は百戦錬磨、精強無比、飛行時間1000時間越えの者がほとんどであった。
藤浪進次郎もその中にどうにかというべきか、加えられていた。

帝都、首相官邸。
「このまま防衛していても未来は変わらない。
もし一筋の光あらばそれを掴み、無謀でなく勇猛に突破口を開いていくべし、か…。」

東條英機の言葉に、有明は穏やかな笑みを返した。
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