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合衆国の怒りの先は

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「なにっ」
合衆国大統領、ルーズベルトは、ワシントン時間で正午過ぎの時間帯をエレノア夫人と共に休養に充てていた。
そこへ飛び込んで来た凶報。
「真珠湾が奇襲を受けたと言うのかね!?
フィリピンの基地群ではなく。」
「いえ、両方です、大統領閣下。」
ノックス海軍長官からの電話での報告に、ルーズベルトの側にいた補佐官が信じられないという風に首を何度も振った。
しかしルーズベルトは、日本人ならやりかねない…と呟き、損害の詳細を伝えるようノックスに迫るも、返って来るのは曖昧な返答ばかり。
「今宵20時までに、各省高官を集める。
そこで報告できるよう把握に努めるように。」
安楽椅子に身体をため息まじりに沈めるルーズベルトの肩に、夫人がそっと手を置く。

その後…最悪の想定の斜め上をいく度重なる報告に、ルーズベルトは呻き声を何度か上げていた、と複数の証言が残っている。

そして、大日本帝国、帝都東京。
「おめでとう御座います…と、素直に喜んでよいと思いますよ。」
彼…有明一郎は、各方面への祝電や上奏、戦線の進捗状況の報告確認。
それらがひと段落して官邸で一息つく東條英機総理に、いつものように穏やかに声がけした。
番茶と菓子を出しながら。
「…ああ、すまぬ。
フィリピン方面、あるいはコタバルの陸軍もよくやってくれた…無論海軍航空隊の諸氏の働きあってだが…。
しかしルーズベルトの真珠湾直後の演説を聞くに、アメリカという巨人の目を覚ましてしまったと言う事を改めて痛感する…。」
「頭で理解するのと、実際に相手に殴りかかった上での感覚はまったく違いますからね…。
ですが、最低半年から1年強の余裕が出来た。
これは大きいです。
流れに任せても帝国はこのまま東アジアを総ナメにするでしょう。
しかし。もちろんその後は凄まじい速度で米英が力を蓄え、いずれとてつもない戦力でこちらを蹂躙する。
いまはその為に、閣下が少しずつ『仕込み』を積み重ねればよいのです。
…ただそれも、慌てる必要はありませんよ。
一つ一つ、当事者の方々に根回しを進めて確実にやっていただければ、後々米英、特にアメリカがいずれ押し出して来る巨大戦力に対する時に大きな違いをもたらします。」
うむ。と東條は茶をすする。
新聞の紙面は、ハワイ、フィリピンに次ぐマレー沖海戦の戦果を報じていた。

『英海軍戦艦プリンス・オブ・ウェールズ及びレパルス、我が荒鷲の猛攻に轟沈!』
『我が帝国が見せた一連の航空作戦。世界にさきがけ戦いの様相を一変か』
『ル大統領、所謂汚名演説で復讐に燃える。
一丸となった大国米英侮りがたし』

…そう、国内の報道は我が方の戦果を大々的に報じる一方で、軍民双方の慢心をそれとなく戒めるような方向に誘導していた。
ついでに、特に海軍における航空主兵の考えも、さりげなく誘導するように…。

まずは一大拠点たるフィリピンにての攻防、アメリカ軍精鋭の果敢な反撃に、少なくない損害を被りつつも、本間雅晴中将率いる日本陸軍第14軍は着実に拠点を制圧していき、12月26日には首都マニラを制圧、入城する。
ただ、この過程で問題が発生した。
古今東西、どこの戦場でも民草が巻き込まれる状況では起こりうる事ではあるが…。
正月明けに陸軍省に戦況報告に訪れていた第14軍の某将校が、こともあろうに…
「マニラ大学の女学生たちを強姦してやった」
と自慢げに吹聴したのである。
マニラ入城前に本間司令官が
「焼くな、犯すな、奪うな」と厳命したにもかかわらずだ。
それが憲兵を通じて東條の耳に入り、「激怒」した彼は大本営を通じて該当将校達を軍法会議にかけるように強く要請し、それは実行された。
それぞれ1階級降等、半年の減俸。
それでもかなり手心を加えた方だったのだが、逆ギレ気味に被告側の何名かが「抗議の自決」をしたことにより陸軍内の反発は高まった。
全軍の士気にかかわる。
統帥権に関わる横暴だ。
最前線で戦う将兵をなんだと思っているのか。

だが東條はその手合いの抗議は一切受け付けなかった。
「統帥の根本以前の問題である。
畏くも陛下が発せられた開戦の詔勅の精神をもう忘れたのですか。
不当に現地の民を傷つけ害し、大東亜の共和が成り立つか。
皇軍の恥である。」
毅然として将校達にも新聞記者達にもそう繰り返す東條であった。

このショック療法は全軍に響き、いわゆる一罰百戒となったと言ってよい。
しかし綺麗事では済まされない、戦場の極限状況で不満と欲求を溜めた兵士たちのガス抜きという問題は、様々な指揮官達の努力にかかわらず、事後も各方面でついて周り、暴発を完全に鎮静化させる事は大戦を通じ不可能な話であった。

2月に入り、陸軍山下将軍率いる第25軍が鮮やかな電撃戦でシンガポールのイギリス軍を追い詰めている頃。

いよいよか…。
海軍航空隊、松山基地。
零戦搭乗員として、空母瑞鶴乗組を正式に任じられた。
まさか自分が、戦闘機搭乗員、パイロットになれるとは。
藤浪二飛曹の胸には、嬉しさと不安が交互に去来していた。
成績は射撃をはじめとして劣等生だが、それでも戦線に出れば戦果を挙げる機会は平等だ。
号令がかかる。
心の拠り所、幼馴染の女学生、広田歩美の送ってくれた御守りを胸元にしまい、これから愛機となる零式艦上戦闘機。
整備員達に敬礼しつつ、藤浪は操縦席に乗り込む。






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