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熱狂甲子園

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そして一回裏、北神高校左エースの欠端。
140キロ台後半のストレートとスライダー。
それらを切れ味鋭く制球し、海藤を三振。
立浪をライトフライにあっさり討ち取る。
『流石のピッチング欠端!
しかし、3番にはこの少女が控えております!』

3番、ピッチャー…総見寺さん。

ぶわあっと沸騰するスタンド全周。
だがその本人は、散歩にでも出るような表情で、いつも通りのルーティンで打席に入る。

(こいつか、まぁ見かけによらず凄いからここまで来たんだろうが…。
生憎全国、この甲子園は甘くないき。)
振りかぶる欠端。
『その初球は!?146キロ!なんとど真ん中!
しかし見送った総見寺!』
ストライーク!
波長の違うどよめき。
(スピードガン以上の体感速度って感じだな。
スピンがかなりえぐい。さすがは北神投手陣の一角だ。)
明智は次打者として分析しつつ引き締める。
(だがそれも続けると危ないぞ欠端。
コーナーギリギリを突いてもだ。)

果たして欠端はインハイに再度ストレートを投げ込む。
『あー!147キロを空振り総見寺!やはり未知のストレートは厳しいか!』
『キレのあるサウスポーとしては全国屈指ですからねえ欠端くんは。』

が…。
キャッチャー田原の顔色が少し変わっていた。
(お前も気づいたか…。)
欠端も感応し、軽く唇を噛む。
(この女…俺のボールの…普通速球に対応できんときにはバッターはボールの軌道の下を振るのに…!
屈辱じゃあ。この女からしたら俺のボールが『遅すぎて』タイミングがズレたなんて…。)

自分からサインを出す欠端。
(もっと上に行ってから使うつもりだったが仕方ない!)
インコースベルト付近、一見甘い球だが…。
『真横に逃げるスライダーをからぶ…』

だが快音。
今投じたのはいわゆるスイーパー。
インコースから一気に外角ボールゾーンまで逃げる。
しかも140キロ超えの高速!
明らかに急激な変化に腰が引けて片腕、しかもバットの先端よりなのに!

当てただと!?しかも打球が。
『何と外の球を片手で打ち上げたーっ。
高々と上がったボールは…センターフライ…
いやセンターが下がる!下がる!まさかこれが!』
ゴン!
バックスクリーン直撃!
ホームラン!
見事な放物線を描いたそれが…
『打者、総見寺彩奈としての甲子園デビューも鮮烈過ぎる一撃…!』
『これは…パワーやスイングスピードもですが、この明らかに崩された態勢から…。
よほど体幹、足腰が強いのでしょうとしか言えませんね…。』
なんなんだこの女は…対大阪虎狼打線用の為に磨いた秘密兵器を…。
愕然とする欠端。
そして北神ナイン…。
とにかく1点をこうした形で取られたことには間違いないが、平常心は保たねば…。

「ぬわんだこれはあああああ!」
茶碗を液晶テレビに叩きつけ、平常心の逆を行っていた御仁もいる。
そうファラリス学園OBにして、アマチュア球界の大物、八木大輝氏であった。
「なにをあの女子に好き勝手やらしとるんじゃ鈴井はぁ!!
何故ワシがこんなものを見なければならん!」
何事かと夫人がくる。
「またあなた…血圧上がりますよ。」
椀の破片を拾おうとして、危ないですからとメイドさんに止められる。
「うるさい。女にはわからん。
このおなご、最初から横紙破りのかたまりで…!我々が築き上げてきたものを…。」
言ってる間に明智がセンターライナーに惜しくも倒れ、その「本人」がマウンドに上がる。
「女でも、私でも普通にわかりますですよ。
この嵐のような熱狂を、正しくても理屈で止められないことくらいは。」
「ぐぬぬぬぬっ。」

『ああっ!167キロを空振りーッ!
今大会屈指のスラッガー吉村くんもあえなく三振!』
北神高校側のベンチは、油断するとお通夜になってしまう雰囲気をなんとかかき消そうとするが、その声さえうわずってしまう。
監督もバント作戦など指示するべきなのは分かっているが、地区予選のデータでそれもむしろ恥の上塗りになってしまう可能性が高いと考え、バットを一握り短く持てと指示するのが精一杯。
そしてそれも今のところは…。
『6番利根も三振!初回から6連続三振!
あの北神高校打線が、です!』
スキップをするように悠々と引き上げる彩奈。
だが。
『5番成川!スイーパーを狙い撃ち!
が、強烈だがサード正面、ワンアウトです。』
欠端もすくならかぬ彩奈ショックを引きずりつつも意地で踏みとどまる。
そして…6番キャッチャー山倉。
『さて山倉ですが…何と地区予選では.810…失礼、これは三振率ですが。』
『ああ…(苦笑)キャッチャーとしては素晴らしいのですが…あのパワー、体格、スイングスピードが文字通り空回りしてるんですよねえ。』
それでもいつもの調子でバッターボックスに入る山倉。
「しゃあっこい!」

「つっても分の悪過ぎるギャンブルだよな。」
「当たれば超音速なんだけどな。」
「んーでもさあ。」
??
彩奈が成川、明智の会話に割って入る。
「多分そろそろ合ってくる頃だと思うよ、倉っち。」
「…彩奈が何か仕込んだのか?」
「シンクロ打法とか?」
「うーん、それもあるけどもう一つ。」
?!

『あー、インハイストレートを豪快に空振りィ!』
『んーまるでタイミングとか、バットコントロールという考えを感じませんね…本人には申し訳ないですが。』
(クッソ、まだ当たらんのか…。
あいつに言われた事…。もう一度意識しなおせ。
トップハンド。
つまり右打者の俺は右手、右手で…)
山倉は構え直す。

(正に当たらなければどうということはない。
少し抜き気味のスラーブで来い。)
(わかった。)
欠端はキャッチャーのサインに頷き、振りかぶる。
132キロ、鋭く大きくボールが膝下に曲がり落ちてくる。
山倉は…。
(右手でイメージ!)
バットとボール、互いの軌道が重なる!

「バリー・ボーーンズ!!!」
グワラバキイィン!!!

一斉に両軍ベンチが立ちあがる!
『ああ当たったー!!
と言うか完全なるフルスイングスーパージャストミートォォ!!
打球は、打球は…
レフトスタンド最上段!文句なしの特大ホームランだぁー!!』
「うおおおおー!見たか俺の内なる銀河のパワーを!(意味不明)」
吼えながらダイヤモンド一周する山倉。
ファラリス学園ベンチも、スタンドも大騒ぎである。
「山倉ーッ!」
「とんでもねー確率クリアしやがった!」
「信じてたぜー!」
「さっきまで名前知らなかったけどカッコいいー!やばい!」

「やったじゃん倉っちー!」
「ありがとう彩奈ー!」
荒っぽいハイタッチ。
他のチームメイトも続いて祝福の嵐。

一方欠端は…膝から崩れ落ちるのを必死に堪えていた。
(女と、バッティングの基礎も知らない脳筋に俺が、俺たちが…)

集まったナインの励ましも耳に入らない。


一方、八木邸。
「ほらご覧なさい。むしろ男の子たちが、彼女に引っ張られて奮起してるじゃないですか。」
夫人の言葉に、腕組みをして黙り込む八木氏…。

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