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消耗戦 ここで終わるの?

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そして、芙蓉高エース北尾である。
ファラリスは4番成川から。
(お嬢ですらわずかに狂わされた
か。)
初球から打ち気オーラを出しつつ、だが見送る。
ど真ん中から左打者から離れるシンカー。
ストライーク!
悪くはない。が、この速度帯と変化量なら曲がりばなを叩くも、逆らわずに流すも自在だ。俺レベルでも…。
東東京のベスト16くらいまでならいける投手の「普通に良い球」だが。それ以上ではない。

しかし、何かがあるんだよな。

成川は構え直した。
2球目、スライダー。
充分に軌道を見極め、今!
快音と共に、一塁線に弾丸ライナー!
どっと湧くスタンド。
が。
「ファウル!」
ラインより2m外れ、フェンス手前で失速。
なにっ。
…いや、少しこっちが気持ち逸ったか。

「先輩惜しい!」
「次で仕留めよう!」
だが3球目は明らかに外す気満々のストレート、途中から捕手が身体ひとつ外角側に動く程の。
セオリー的にはわかるが、何もそこまで。
成川は半ば呆れたが、しかしすぐ次の球に集中する。
4球目、セオリー通りに敢えてのストレート待ち。
そしてそのストレートがキタ!
インハイに制球はされてるが、130キロかつかつの棒球!
「いただき!」
理想に近いスイング。
そして打球。
「うおおいったー!」
「成川さーん!」
「先制ホームラン!」
どう見えてもスタンド中段。
ファラリスナインや応援団はそう思い実際歓声を上げたが。
ハーフスピード強くらいとは言え成川は走る。
!?
まさか…だよな。
次打者明智が呟く。
風もないのに、成川の打球は急激に失速。
フェンス手前でライトに捕球されてしまう。
成川は無言だが、露骨に顔をしかめる。
「なんだよー」
「あんな球を…角度詐欺じゃねーか。」
「イッてくれたと思ったー」
「明智くんお願い!」
その5番明智である。
「仕方ない。今必要なのは点だ。
向こうまでは徹底しないにせよ…」
ポーカーフェイスのまま、北尾がモーションに入る。
とにかくヒット。弾道を下げる。
初球例のシンカー。
今度は低めか、だが好都合!
再び快音!
一、二塁間を抜くライナー!
が、なんと!
横っ飛びでセカンド葉山がダイレクトキャッチ!
「やったあ流石っす!」
「いいぞ葉山ー!」
「ファッ!?インプレーです先輩!」
芙蓉高校サイドは圧倒的に盛り上がる。
「…明智お前もか…」
狼狽かける鈴井監督に、生田遥が唄うように言う。
「監督、まだ一回り目ですよー。」
「お、うむ…しかし勝負の『波』というものが…。
とにかくこちらもコンパクトにいけ!」
監督の指示が聞こえた訳ではない。
が、6番児島も痛烈なゴロを放つが、二塁ベース左側でショートに追いつかれる。

三者凡退…。
大きく息をついて、マウンドに向かう彩奈。
「彩奈さん、独りじゃないからね。」
「うん、ありがとう。」
生田遥とはあまり話しておらず…いい子ではあるのだがどこか近寄りがたい気品が、細々とした雑用の所作にさえあったのだが。
この時は珍しく彩奈は振り返って頷く。
本当に少し、楽になった気がする…?

だが3回表の芙蓉高校の攻めもより洗練されてきた。
10球粘る先頭打者。8番小坂。
彩奈より少し低い程度の身長でとにかく喰らいつく。
そして11球目、148キロを高いバウンド。
サード渡部、ダッシュして跳ね上がった打球を取る。
小坂の足との勝負だが、渡部のスナップスロー送球が勝った。
ヘッドスライディングで滑り込んだ闘志の小坂、「いけるぞ!」と声を出して、芙蓉高ベンチの士気を高める。
しかし、彩菜も…。
「サンキュー、世界の渡部。」
「なんだよそれ笑 まあ三遊間は任せとけ。」
9番高木も粘るも、8球目でとうとうショートゴロ。
1番彦野は5球目を打たされてしまい、ファーストゴロ。
とは言え…。
(これほど当たり前のようにミートされ、奪三振ができない、なにより球数を投げさせられる彩奈…。
どうする…ギアを160キロ付近に入れてねじ伏せにいくか?)
攻守交代後明智がそう悩むうちに、先頭渡部がカス当たりのサードゴロに…。
例によって首を傾げながらベンチに…。
ここまでポイントの感覚ズレてたか?
渡部と入れ違いに、キャプテン内田が打席に入る。
なんと…硬直し一度もバットも振らないまま、1ー2のカウントから見逃しの三振。
眉間にシワを寄せ、走って戻ってくる。
「なんだそれは!見極めろと言ったが振るなとは言ってないぞ!バトルフェイスだ!」
監督の言葉にそつなく詫びる内田。
「なんか見えたのか?」
成川の言葉に、被りを振る内田。
「すまん、僕…俺の動体視力では。
だけどあの北尾の球の回転、なんか違うことはわかった。」
「それぐらいはみんな気づいてンだわ。」
「ごめん、でもキーワードは回転。それだけは…。」
ぼんやりとした彩奈の視線が上がる。

(などと謎解きを始めている頃だろうがな。)
芙蓉高馬原監督はかすかに笑み。
(逆にそれが沼になり、気がついたらリードを奪われイニングも終盤になっているのよ)
結局三者凡退…。

もっと考えろ、悩め。

マウンドに戻った彩奈は再び2番に粘られるが、5球目で三振を奪う。
3番北尾…。
なんと、2球目を捉え、ゴロでとは言えセンター前ヒット。
どよめきと歓声。
球速が144キロ、彩奈基準ではガタ落ちである。
「よし、お前ら、蟻のひと穴、それが亀裂になったぞ!
割れ目を広げて突き入れろ!」
「はい!」
4番野村、サインは受けている。
粘り消耗しながらも最後は…。
6球目をライト前ヒット。
ランナー2人。
北尾の三塁到達は明智の返球で断念させたが。
動こうとする監督を目で制す明智。
心得た生田遥の方が例によってそれとなく抑えてくれるだろう。
もちろん明智自身は先程からイニング間キャッチボールで体制は整えているが。
5番藤王、なんと、というかやっぱりというか、バンドの構え。
しかし、別の心配もせねばならない。
北尾、野村とも50m6秒を切る俊足。
あの彩奈が一回、二塁に牽制球を投げる。
そしてバントの構えをした藤王。
例によってランナー、バッター両方からのバントするぞ、走るぞのプレッシャーからの見逃しで2球。0ー2のカウント。
スリーバントエンドラン。わかっていてなお脅威である。
芙蓉高校サイドの声援が凄まじい。
3球目、150キロ真ん中高め。
コツン!
当たり前のように決まった!北尾の脚なら…。
しかし!
ボールはハーフフライ。
バカな!?
突っ込んで来た彩奈がキャッチし、一塁に送球。
当然野村は戻れずゲッツー!
なんだと!?
芙蓉ナインも監督も、誰よりもバントを決めたはずの藤王が愕然としていた。
向こうが初速を上げても軌道を把握しきちんと合わせていたはずだ。
間違いなく一塁側に転がるように。
俺も皆も、徹底反復してきた事が…。
「ドンマイ!これで削れた!」
「裏も抑えていきましょう!」
「その通りだ、確実に向こうの決壊は近づいている。切り替えろ。」

そうだよな、監督の言う通りだ。
たまたま、不幸な事故だ。
総見寺彩奈を消耗させてる事に間違いはない。
今は守る事に専念…
藤王は思考を切り替えた。

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