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沼にハマるか、駆け抜けるか。昭和VS令和?

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神宮球場は超満員。
テレビ局も朝目系が異例の全国ネット中継。
ファラリス学園側が後攻めのため、試合開始直後にみなのお目当て、総見寺彩奈がマウンドに上がる事になる。
「うおっきたー」
「あやなーっ」
「可愛いーっ!」
「今日もパーフェクト&ホームラン頼むぜ!?」
某アイドルグループ以上の熱狂を1人で、である。
正直戸惑い、照れつつも右手を振って答えながら、である。
もちろんマウンドまでは走った。
一斉に投球練習開始とともに、スマホや撮影機材が向けられる。
(さすがに緊張はあるみたいだが、落ち着いてはいるか…。)
ライトの守備位置から、明智の目にはそう見えた。
「しゃ、しまっていこーう!」
キャプテン内田のその声の方が、ややうわずっていた。。

そしてその第1球。
155キロをからぶ…
ゴキン!

!!?
あっさり初球から…芙蓉高…1番センター彦野が当てた!
あの超速球奪三振クイーン総見寺彩奈の球を!
とは言えボテボテのセカンドゴロ。
思わぬ状況に1秒ちょいまごつくも、流石にアウトにするセカンド内田。
逆に豪速球での三振奪取よりどよめくスタンド。
「こマ?」
「ちょっとかすっただけだって。」
「でも初球からだぜ?前に飛んだ。とにかく。」
「こいつらそんな強力打線だっけ?」

当のマウンド上の彩奈はほぼ無表情である。
2番の宮本は初球インハイを空振り。
だが2球目はファウル。
ギアは落としているとは言え、スピンも制球も効いた150キロオーバーである。

他の強豪校の精鋭がバントにさえ苦しんだ球を…。
「先輩タイミング合ってます。」
「脇閉めて、コンパクトに!」
ベンチの声援に応えるように、3球目もカットする宮本。
(疲れている訳ではない…。
問題は相手打線だ。
ここまでチーム打率.235
なのに3点以内のロースコアゲームをことごとくものにしている。
エース北尾は完封1試合だけだがそれでも要所は抑える…守備の堅実さ…こちらが攻めてみんとわからんが…。)
明智が外野で思考する間、さらに宮本はもう一球カットし、そして…。
「うおっ、また前に飛んだ?」
「どうなってんだ!」
とは言えカス当たりのサードゴロである。
渡部が難なく捌きアウト…。
「OK!ナイス渡部!ツーアウト!」
内田がそう言う。
彩奈も無言ながら周囲に手を上げて二本指。
周りは見えてるようだ。
それでも初回三者三球三振、あるいは2三振。
それでエンジンの回転数を彩奈個人もファラリスナインも上げていた面があるだけに、拭いがたい違和感。

次の3番エース北尾も初球をファウル。
そして2球目が…
「ボール!」
外れた!?アウトロー外に。
ふうと一息つく彩奈。
ほとんど遊び球なし。息をするようにストライクと三球三振をとってきた彩奈が!?
初球からボールは初めてである。
「かすかに…アリのひと穴が開きかけているぞ。リズムを崩した。」
軽く口角を上げる芙蓉高校、馬原光司監督。
部員たちは直接は反応せず、打者北尾への声がけのボリュームを上げる。
「よく見ていこう!」
「気合いで打とう!」
「いけいけ北尾ー!」
2球目もインコースがわずかに外れる!
ふうっと息をつく彩奈。
(おいおい、大丈夫かお嬢)
成川も訝しむ。

3球目、153キロを真ん中寄りに投げる彩奈。
カイン!
お手本のようなコンパクトな振り、その打球が再び前に飛んだ!
なにっ。
しかし差し込まれ平凡なファーストゴロ…。
「アッー!」
ファースト児島の前で大きくイレギュラー!
唐突に高いバウンド。
人工芝のわずかな整備不良か、悪魔の気まぐれか…
打球はライト明智のまえに転がる…。
とにもかくにも、デビュー戦後、40イニング目にして総見寺彩奈が浴びた初ヒット…。
今までが異常過ぎたとは言え…。
いやそれだけに、どよめきも異質であった。
カバーに入ったベース付近で、数秒とは言え立ち尽くす彩奈。
詫びる児島の肩を叩いてフォローする余裕くらいはあるか…。

だが明らかに…
「やばくね?」
「つかれてるよねー彩奈っち」
「相手の攻めもねちこいし。」

次打者は4番野村。
初球こそ空振りだが、またそれ以降はファウルで粘る。
もちろんスイングも、短くバットを持つ点もそれまでの打者と同じである。
2ボール2ストライクから一球ファウルを挟んで6球目。
今までにない快音、芯ではないにせよ確実にミートされた打球。
彩奈が三塁方向に合わせるグラブを間一髪かわして、打球はセンター前へ…。

「合わせろ内田!」
「お、おうっ!」
なんとショート海藤が飛びつき、取るなり着地寸前にグラブトスをしたのだ!
そして内田も2塁ベースを踏みつつ捕球。
はっきりランナー北尾の滑り込みより早く!
「アウト、チェンジ!」

「ナイスプレー!」
いつにもなく野手に感謝する彩奈が逆に心配になる明智達…。
チェンジ、無失点で乗り切ったが、連続イニング奪三振も途切れてしまったのだ。

そして球数もだが、精神的疲労…。

真っ先にベンチに座り込んだ彩奈は、無表情と言うより無気力に見える。
明智がなんと声かけるか迷う間に、投球練習を始める芙蓉高校のエース北尾。
スリークォーターからのストレートは中の上くらい、コントロールは流石に正確だが、スピードは出ても130キロ。
変化球はスライダー、カーブ、シンカーがあると聞いたが…。
やはり軸となるストレートがないと普通はキレキレとはいかない。
一体どうやってここまで…。

先頭打者の海藤。
初球は見る。
「ストライーク!」
膝下へのスライダー。普通にいい曲がりとコントロールだ。
だが、それだけだ。
2球目はアウトローへのストレート、反応しかけたが止める。
ボール判定、134キロ。
最初から外すつもりだったな。
次はインコース?一転して抜いたカーブか。
「…と見せて…」
シンカーだ!落ち側を逆らわずに叩く海藤。
「よし、三塁線をライナーで!」
抜けなかった。
わずかにスピードを殺されたライナー。
サードが正面であっさり取ってしまう。
(手応えありとおもいきや…)
「ドンマイ!惜しかった!」
ベンチ陣はそう言ってフォローする。
そして2番立浪!
キイン!
わずかに真ん中よりのストレートを、三遊間を抜くヒットに…。
!?いや、ショート小林が飛びついて取る。
深い位置からの鋭い送球。
加速する立浪の足と、身体を目一杯伸ばしてミットを差し出すファースト石川。
「セーフ!」
よっしゃあ!
素晴らしい走塁、バッティング!
塁上で一息つく立浪、内心は首を傾げていた。
(変だ、ジャストミートでセンター前の手応えだったのに…)
その思考をよそに、スタンドが湧く。
「彩奈だ!」
「彩奈さーん」
「場外行ったれー!」

軽く、ゴルフスイングのような素振りをして打席に入る総見寺彩奈。
(うん、いつものニュートラルな表情だ。)
ホームランでも、いやツーベースでも立浪の足なら還れる。
とりあえず先制してしまえば立て直せる)

ネクストバッターズサークルの明智の視線の先で…

緊張気味にセットポジションに入る芙蓉高エース北尾。




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