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投手戦?令嬢の細腕とバット。

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2回ウラである。
先頭5番山倉、豪快なスイング3連発。
なお全て空振りであった。
「パワーはチームってか多分高校球界最強なんだけどな…」
成川が呟く。
6番児島もスライダーをひっかけセカンドゴロ。
7番渡部もサードフライであった。
「よし!いいぞ堂林!無難に8分目の力であしらっていけ!そのうちどうにでも打ち崩せる!大差つけて控えに替えるなり、コールドにだって出来る!」
小走りで自軍ベンチに無言で戻りつつ、堂林の目は、そう簡単にいくかという表情。
実際この回の先頭打者として、彩奈に対する堂林。
同じ投手としてのショックを味わうことになる。
まずは鋭い当たりを前に飛ばし連続三振の流れを切る!
そう思い、半握りバットを短く持ってシャープに振る。
151キロだろうが、今のところ真っ直ぐ、ストレートしか投げてないのだあの女は!
が、当たらない。バットは空を切る。
なぜだ!?
最初のインハイも、2球目のアウトローも。
確かにコントロールも凄い。
それでこの速さだから高校生にはハードルはなんだかんだ高い。
それは分かるのだが、俺は2年生の時に1学年上のドラフト候補の152キロをホームランしたことがある。
さらには湾岸高校打線は、みな160キロのピッチングマシンを前に出して動体視力を鍛えている。
人間の投げる球は別物とは言え、そんな俺たちがストレートとわかりきっていて誰1人バットに当てられないということが…。
ストライク!バッターアウト!
アウトローのやや甘めのコースだが、結局文字通りの三振…。
嘘だろ…。
「ホップ成分だ。」
永岡が口を開いた。
「みんな知っているだろうが、ボールに4シームの握りで高速でタテ回転をかけるほど、ボールに上向きのマグヌス力ってのがかかる。」
「確かに…この球場には回転数や軸がわかるトラックマンみたいな計測器はねえが…あいつの球は相当なレベルなのはわかる」
堂林の言葉に永岡が頷く。
「仮に160キロの球でも重力がある以上普通は落ちる。
150キロならなおさら…。
だが、仮にボールに平均の倍近い50回転/秒の高回転がかかっていたら…」
湾岸ベンチは息を飲む。
「実際にもとの軌道から浮き上がることはなくても、こっちが無意識に予測してバット振るポイントより10から20センチ上をボールが通過するって事だな…。」
堂林の言葉に、頷く永岡。
「正直、プロどころかメジャーリーグにも滅多にいない回転数を誇るってことになる!あの女の球は…」
一見ヤジやプレッシャーで萎縮して球速が落ちた、と思いきや、回転数とコントロール重視に切り替えてきたってことか…。
なんてピッチャーだ。
「お前ら!解説ができるんならさっさと打ち崩せ!リラックス!バット短くコンパクトに!上から叩けダウンスイングだ…!」
湾岸高校監督の檄も虚しく、この回最後の9番小松崎も三振。
これで9連続三振…。
いつしかあまりの圧倒的ピッチングに、一般客は静まり返っている…。

とにかく、エースの俺はこれ以上点はやらん。
3回裏…。
堂林が解禁したスプリットに、ファラリス学園の8番打者内田はあっさりと三振。
「まー期待はしてなかったけどな。」
こちらは先刻ホームランの成川の言である。
そして…

『9番、ピッチャー、総見寺さん』
軽くどよめきが上がる。
流石にあの剛腕堂林相手に、「打者彩奈」に何か求めるのは酷だろう。
右打席に入るが、何とか様になっているというレベル。
「そういや洸太郎、あいつのバッティングってどうだっけ?」
「いや…多分バント練習でしか、ボールに当たってないだろ。」
「まーそれもそうだな。ケガさえしなけりゃいいし…自動アウト、ってか三振だろうな。」

次の瞬間、ミット音と共に異質などよめき。

永岡の投げた球が、危うく彩奈の肩か胸を抉りそうになったのである。
恵まれた?反射神経でギリギリかわす。
しかし151キロのスピードの勢いに、おもわず彼女は尻もちをついた、ように見えた。
故意死球狙い!?
だが審判が何か言おうとした矢先、すみませんでした!と全力で頭を下げた永岡の全力謝罪に、注意するにとどめざるを得なかった。
「あいつ、あいつら…露骨にぶつけに行ったぞ!?危険球じゃねえのか!?」
成川の言葉に、かぶりを振る明智。
「いや、頭の高さでもないし、実際マウンドの穴にハマったとか、一回限りならギリギリ言い逃れできる。
見ろ、ボール交換してもらって、わざとらしく下を慣らしたり、ロージン念入りにつけてやがる…」

「え!?ひどくない?彩奈ー大丈夫?」
「卑怯だぞ湾岸高校!」
そんなスタンドからの抗議の声を掻き消すように、その湾岸ベンチから猛烈なヤジ。
「すみませーん笑 大丈夫ですかーお嬢様笑」
「でもこれが男子硬式野球なんすよー」
「一歩間違えたら打球や投球で死ぬ世界。
戦場だからね仕方ないね!」
「おうちにかえりますかー笑」

「クソ、あいつら試合後覚えとけよ…ん?」
成川の目に、バッターボックス手前でまごつく彩奈の姿が映った。

マウンド上で内心ほくそ笑む堂林。
(避けたのはさすがだが、こっちのが効果的だったな。
俺の150キロオーバーが至近距離通過したんだ。
唸り声が聞こえたろ?
身体は無事でもメンタルがやられる。
ピッチャーは投げるだけじゃないんだぜ?
悪く思うなよ。俺らもある意味命張ってるんだからよ。)

「君、プレーにもどれるかね?」

はい…。

か細い声で審判に答えると、彩奈はなんと…
左打席に入ったのである。
どっとスタンドの大半から笑いが湧く。
「なんだそりゃー笑」
「左でもデッドボール喰らう時は喰らうんだぜ?」
「よっぽどショックだったんだなーw
限界なら代えてやれよー。」
「なんか可哀想…」

「おいおい、いくら何でもあれは…どうなんだ?」
「俺にも総見寺…彩奈のバッティングのことはわからん、だが、あいつのメンタルが折れてないって事は確かだ。」
答えながら、明智洸太郎は何かを察知していた。
インプレーとなり、敵エースの堂林はモーションに入る。
(何にしても手は抜かず完全に潰す。
まずはアウトローのストレートを確実にゾーン内にキメる。どうせビビって手がでないだろうが。)
その球速、154キロ!
バットだせりゃ大したもんだ!

その刹那、快音。

ボールがキャッチャーミットに、ではなく、彩奈のバットにジャストミートした音!
!!!!!
打ち返しただと!?
かつてなく歪む堂林の顔。
バカな!!

打球は!?

白球は高々と紺碧の空に舞い上がり、上昇する。
綺麗な放物線。
スタンドが一瞬静まり返る。
湾岸高校ナイン、監督も、味方のファラリス学園ベンチも…。
そしてボールは十分すぎる滞空時間を経て、球場のスコアボードを直撃した。

飛距離140メートル?
とにかくまごう事なき特大ホームランである!
「やったあっ!!」
一度ガッツポーズ&ジャンプをすると、スキップをするようにダイヤモンドを一周する彩奈。
そこらでようやく、球場が揺らがんばかりの大歓声が巻き起こる。
これはこれで、気持ちいいーっ!

「凄い…」

ベンチが湧く中、冷静な明智洸太郎も頬を上気させていた。
(いや美し過ぎる。何一つ無駄のないしなるようなスイング。
まるであのレジェンドの全盛期のような…)



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