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全軍玉砕か、一挙大捷か

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1945年も3月に入る。

山下も触れていた通り、中国共産党軍もここぞとばかりに新たな動員をかけ、3桁万の兵力を押し出していた。
陸軍に加え航空戦力も両軍合わせ延べ二万機が、波状攻撃で朝鮮半島北部にまで執拗に爆撃を繰り返す。
民間人の避難が早く、そちらの犠牲が抑えられているのが不幸中の幸いであった。
市街地空襲に用いられるはずの、あのライアン一党の大規模亡命時のB32群が整備等の事由で200機未満を分散して使うしかなくなっていたのも大きい。

カリン達の報告を信じれば、敵空軍はまだ3桁機数の新鋭MiGを除けばレシプロ機。
一定の数を揃えれば無論災厄となる戦力だが、本土から零戦88型を十分増派し揃えれば抑えられる。
問題は陸上兵力だ…。
宮崎中将率いる満ソ国境の守備隊はようよう新京まで引き揚げてきた。
久保は玉砕を頑なに禁じていたが、それでも以降も機能しそうな兵力は半分…。
というより、この新京も中共軍の圧力も相まり3日と保ちそうにない。
前線司令部共々撤退を命じようとした時。
本土参謀本部より情報の解析結果が久保の許に届けられた。
無論、敵の総兵力に関してである。

結果…
中共軍総兵力280万
戦闘車両4500以上
火砲800以上
作戦機2500機

ソ連赤軍

総兵力150万
戦闘車両6000以上
火砲12000門
作戦機5000機

「……………」
その場にいた者大半を凍り付かせるに十分な数字であった。
「絶望」
という言葉を脳裏に浮かべたものも1人や2人ではあるまい。

だが、確実に久保拓也1人、この男の眼は爛々としていた。
「…一切合切把握した。
これより新京から完全撤収。
いや、所定の手順に従い満州全土を完全放棄する。
山本閣下には私から報告しておく。」
一瞬どよめくが、無言で久保が周囲を一瞥すると、すぐに鎮まり、幕僚達は慌ただしく動き始める。

そんな中、カリンが歩み寄ってきた。
「拓…いえ、副総長閣下。
私はこの後の決戦から外され、帝都に戻るようにとの命令書が先程来ましたが?」
「…その通りの意味だ。
戦闘機総監に万が一があってはならん。
帝都、本土防空体制が不十分とは言わないが、念には念。
アメリカ本国も完全に味方とも言い切れない情勢。
陛下をお護りして欲しい。」
「…いくらアンタでも、私がそう簡単に死ぬとは今更心配しない。

…要は巻き込みたくないのね。」
久保拓也は無言であった。

その後に、副官の1人が京城への移動機にお移りくださいと促しに来る。

…如何に、可及的速やかに開戦前より備え、民間人の避難を急がせたとしても、数百万人全て車両でともいかず、徒歩で膨大な列の行進でとなれば限界が来てしまう。
どうしても日本軍主力は先に決戦地(ほぼ朝鮮半島の中央)に急ぎ移動する形となってしまう。
ゆえに避難民には、「なるべくまずは沿岸部30キロ圏内をまず目指し、海岸線沿いに移動するように。順次脱出用船舶を手配し女子供から乗せていく。」
といくつかのルート案内共々軍より通達があった。
そう、半島を挟む形で、日本海軍連合艦隊の戦艦、巡洋艦基幹の艦隊がそれぞれ、東西の満朝国境寄りを遊弋し睨みを効かせていたのである。
第一艦隊旗艦大和。第二艦隊旗艦武蔵。
中国よりの半島西岸には大和級3番艦紀伊も含まれていた。
一度大きく突出したところで手痛い洗礼を浴びて以降、中共軍は海岸線には全く寄り付かなくなっている。
ソ連赤軍も右へならえであった。
いずれにせよ、さほど避難民の気遣いをせず、決戦に臨める。その事実は久保の胸を軽くした。

「満浦市?」
ソ連ウラル地方某所。
ライアンの問いに、軍事担当のスタッフらはうなづく。
「敵地上兵力は、結局増派しても100万強
我が方が劣るは航空戦力の質のみですが、三軍の絶対数が違います。」
「一箇所に集まってくれれば手間は省ける。
捕虜は取るな。
日本兵と名のつく者は一兵残さず殺せ。
日本のみならずアメリカへの凄絶な見せしめとする。」
「問題は決戦後、各沿岸地域で海軍力背景に脱出しようとしている民間人ですが…スターリン閣下は例によって労働力をと…」
「なるべくご期待に沿いたいが敵の艦砲の援護の中では困難と伝えよ。
40%超えの犠牲が出るまでは沿岸部まで民間人の捕縛に動かせろ。
が、連行が困難ならば成り行きで日本人が大量死しても仕方ない。」
「ぎょ、御意…」
子供、女性、老人が多く犠牲となることに、流石に無感覚ではいられない様子の軍事高官達であったが…
(構うものですか)
キース・ライアン、いや、その自我内奥における蓮根の心中は冷酷を通り越していた。
(あの世界で私を裏切った民族など、最終的には滅べばよい。
労働力は西欧やアジアアフリカから後々どうにでもなる…)
すでに彼、いや彼女の思いは、決戦後に向けられていた。

再び、日本側、京城方面軍司令部。
壁面の地図上スクリーンで、確定した敵味方の空陸の兵力の動きが可視化されていた。
米軍来援はどうやっても間に合わない。
かき集めた105万の兵力で、4から5倍の兵力に抗する。
いや…ここで敵に余力を残す結果となっては皇国には後がない。

必ず、殲滅してみせる!






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