新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

俊也

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赤き帝国

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北極海上空
高度1万メートル強。
銀翼の巨鳥。
超重爆撃機B32、実に334機。
「閣下…これで宜しかったのでしょうか。」
栗色の髪の秘書が、隣の席の「前アメリカ大統領」に話しかける。
「はっは。もう閣下でもありませんよ。
ただのライアンです。」
これまでと現在、自分がしてきた事の意味を全く理解していないかのような、バカンスに行くような無邪気さ。
慣れている筈でもうすら寒さを感じてしまう秘書。
「まぁ先方も、これだけ合衆国の精髄を集約した手土産揃えれば納得するでしょう。」
言うだけ言うと、秘書に半ばもたれかかる形でうたた寝に入ってしまった。

ソビエト連邦。臨時首都クイビシェフ。
「で、モスクワ奪回はいつかね?
スターリングラードは?双方目の前のラインまで押し戻しておるのではないか?」
「ソ連を統べる同志大元帥」にねっとりとした口調で責められているのは、ゲオルギー・ジューコフ参謀総長であった。
「同志スターリン閣下、やはりここはまず戦線の結節点となるスターリングラードに一旦兵力を集中すべきかと。
ご裁可いただければ第38、42、55親衛戦車軍を基軸に来週には大攻勢。
十分な砲兵火力と航空戦力の支援の元で包囲し、徐々に締め上げていくのが…」
「んん?
貴官なら同時にモスクワにも仕掛け一気に奪回出来ると思ったのだが…。もうファシスト…ドイツ軍は崩壊寸前であろう?」
ジューコフほどの名将でも、やはり嫌な汗をかいてしまう。
「同志閣下、現在はかなり敵も戦線を一気に縮小したことが功を奏し、反撃密度も増しております。
先回の大攻勢は、敵の補給線が伸び切り、攻勢終末点に達していたが故にハマった訳でたりまして…。」
「ふーむ」
カツンカツンカツンと、指先でスターリンはデスクを規則的に叩く。

マズイな…。
なんとか再建間もない我が軍に負担をかけず、この方が納得する別の進言を…。
ジューコフが口を開きかけた時。
ノックの音。
「入り給え」
「失礼致します!同志スターリン。」
外務大臣のモロトフであった。
「ライアン氏より入電であります。
ほぼ予定通り、出来うる限りの『積荷』と共に到着致します故。
貴国首都周辺の3基地に着陸許可をと。」
「おお!遂にか!
基地の拡張工事を急がせた甲斐があった。」
喜色満面となるスターリン。
「あージューコフ君、とりあえず君の攻勢案でやり給え。
追って別命は下す。」
ジューコフは内心胸を撫で下ろし、敬礼し引き下がる。

ただ…自分が関知する事ではないにせよ。
あまりにも異常過ぎる事態だ。
そもそもあのような連中を取り込んで、我がソビエトは本当に大丈夫なのか!?
…そう言った思考を廊下を歩く中途で打ち切り、後はスターリングラードの迅速な攻略に脳髄を切り替えるジューコフであった。

そして、1944年6月1日。
ハワイ真珠湾。
そこの戦艦大和艦上にて、日米の講和条約が調印された。
日本からは東郷茂徳外相。
アメリカからはハル国務長官。
日本側はひとまずはハワイとフィリピンからのみ撤兵。
インドシナ等の油田地帯には、周辺各国の独立が確立されるまでは軍を駐留させるが、段階的にインド洋方面共々撤兵。
無論戦略資源他の貿易は段階的に再開する。
それと一時期若干揉めたのは、互いの技術交換。
そう、超巨艦亜威音の機密である。
なにしろニューヨーク来寇時、デトロイトのB32工場に加え、再度ニューメキシコの一角に再建された新型反応爆弾製造工場も
「モンスターX」に超長距離狙撃されたのであるから、そのカラクリをとなるのは当然である。
日本側は、これは天皇のいわば近衞兵的な存在であり、兵器以上に、神器としての側面もあり、国体にも関わることなので。
と辛うじて逃げた。
引き換えに一段階進んだジェット機技術。
大慶油田や満州への資本参加を優先的に認める。
それにてどうにか合意に至る。
後は中国蒋介石の国民党軍との現状ラインでの停戦。
国共合作…毛沢東の共産党との協調には危険性が伴うことを内密に伝え、アメリカ、日本製兵器や兵員の提供を行う。
ルーズベルトより反共意識の遥かに強いトルーマン大統領故、ここらはすんなりとまとまる。

(いずれにせよ、締結に至ってよかった。
まぁ、ドイツと西側連合国も事実上戦闘停止。
ユダヤ人の権利回復等で合意に至れば正式に停戦だ。
あとはソ連一国なんだよな…。)
そんな思いを巡らす参謀本部航空参謀長(海軍連合艦隊のそれも随時兼務)
久保拓也
儀礼が一通り終わり、軽く軽食を交えて大和甲板上での双方の交歓会のようなものが始まった。
やたら胸空き目立つ艶やかなドレスを着た女性の周りにアメリカ軍人達が集まってる…とおもいきや、戦闘機総監殿…カリンであった。
いつの間に礼服から…。
内心苦笑しつつ、上官としては久保は好きにさせておく事にした。

「あら意外と若いわねえ。」
英語だが、そう表記するしかない。
びくりとして久保が振り返ると、この度新設された戦略空軍長官に任ぜられたカーチス・ルメイであった。
「やだ改めて見るとイケメン…////」
「…………!!?」
警戒態勢を解かない久保。
「恐れ入ります。私は参謀本部…。」
「知ってるわよう。久保拓也大将、拓也でしょ?
流石私の爆撃団を散々な目に合わせた…。
日本人もステージが上がったわねぇ。」
!殺気!?
ルメイが超音速で伸ばして来た手を、自分の股間寸前で亜光速で掴む久保。
一瞬顔を歪めたが、すぐポーカーフェイスに戻るルメイ。
「ま、今後はお互い仲良く、末永くヤリましょ♡
これからはアメリカの裏切り者達に色んなノウハウを得たソ連が相手だし。」
「ええ、よしなに。」
久保は視線の鋭さをわずかに緩める。
確かに、アメリカとの和睦は通過点。
互いに疲弊した状態で協調しつつ、共産主義の赤い波濤を阻止せねばならないのだ…。

20m程先では、カリンがかすかに嫉妬交じりの視線を向けていた。







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