新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

俊也

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痛みなくして…

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「待て、統帥権一元化に関しては、お上のご聖断もあり、私も賛成したが…。
わが皇軍のこれまで流した血の、英霊の精華として得た領土の事実上の放棄。
これをいささか安易に考えておるようなら、この私としても承伏しかねる。
畏れ多くも明治大帝の時代から受け継がれし軍人精神に反することは出来ぬ。
英霊達は如何に思うことか…。
貴官の言が例え理にかなっていても、それらに反することはできぬ。」

久保は深々と頷く
「確かに、私達帝国軍人にはそう言った思考が骨の髄まで染み込んでおります。
故にその外に踏み出した思考と行動に出る事が極めて困難であります。
我が帝国が抱える『宿痾』といってもよいでしょう。
本来陛下と民草を守る為の陸海軍が、縄張り意識と同調圧力、権勢欲に囚われ、それぞれが『軍隊の為の軍隊。』と化して、あげく
本道を忘れ、博打同然の『戦争の為の戦争』を始めてしまったのが現状であります。
明治大帝の御世の、日清日露の大戦に勝ち得たのは、軍事精神もあるにせよ、当時の帝国首脳が危機感と現実認識を持ち続け、それなりに合理に徹するべきところは徹したが故です。
だが、根本的な組織上の欠陥。もっと言えば、誰も責任を取らず、ただその場の空気に抑えられて停滞し、あるいは流されて暴走迷走を繰り返す。
これは現在に至るも改善されず仕舞いです。
極論、この政府や軍以前に日本人自体の意識を、この危地を逆用して変えていく!
その覚悟が必要であります。
もっとも肝要なのは、畏くも天皇陛下の君臨なされる帝国と、その臣民の安寧を守ること。その為に、変えるべきは変えねばなりません。
無論小官も、その一点の為、帝国軍人として命を賭す考えであります。」

穏やかに、しかし毅然と久保はそう言い放った。
東條は静かな気魄に押されつつも、強く頷く。
「貴官がそこまでの覚悟でおるならば。
私も腹を括ろう。」
そう言って、久保が持参した政戦両略にわたる具体的具申書を受け取る。
そして、5分程話し込むと、久保は再度敬礼し、退出する。
現在も(まぁ本日は流石に大人しくしていたが)東條に侍っている四方憲兵大佐。
流石に階級のこともあり敬礼をしてきたが、小声でぼそり。
「俺はまだ貴様を認めてねえ。」

…あっそ。

3日後の休暇、首相秘書官の一人が久保の下宿を訪ねてきた。
他の提案は、例えば占領済みの各国への駐兵を増やす等の妥協案付きで陸軍の同意を得たが…。肝心の…。

ナチスドイツとは同盟継続か…。
総理も山本閣下も相当に頑張って下さったようだが…。
特に南方総軍司令官となった牟田口大将や、佐官級の参謀クラスの抵抗が頑強だったようだ。
敢えて反乱も辞さぬと放言する者も居たとのこと…。
陛下に再度大命を、とも考えたが、逆に226事件の悪夢の再現に繋がりかねない。
そう考え、東條、山本両閣下はその件に関しては断念したとの由…。
陸軍に根付いたナチスドイツ信仰は想像以上に根強いか…。
天井を仰ぎ、息をつく久保。

まだ擬似的に統帥権一元化したとは言え、陸海軍双方に「病巣」は確実に残っている。
痛感した所で、1通目を通していなかった郵便物の存在を思い出す。

中村からだ。
それも、開戦前に頼んだ「探し物」の件。

『約束の陶器は、満州大慶に有り。』
思わず拳を握り、よし!と口に出してしまう。
モノになれば、この戦争が大きく変わる!











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