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和平へ、鉄火を超えて

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(どうする…いや、迷っている余地はない。)
フレッチャーは腹をくくる。
ハルゼー達が下した決断は、まだ命令となって全艦隊に広まってはいなかったのだが。
「最低限、損傷艦の後送、救助に必要な艦を残し、敵艦隊に向け前進する。」
臨時旗艦となった空母ラングレーⅡにより、その命令は伝達された。
ただ、ハルゼー達の判断と違ったのは、離着艦可能な空母まで後退させたことである。
無論艦載機ごと。
この判断には後世賛否が分かれたが、最近では妥当とする戦史家が大半である。
(折角ここまで育った空母パイロットを、これ以上は失えん。)
フレッチャー自身も戦艦ミズーリに座乗。
そこでニミッツに顛末を報告する。
「武運を祈るのみ」とのみ返答。
そう、前に出て戦うのみ。
ハワイを守るにはそれしかない。
「提督、水上レーダーに感!距離40000を切ります!」

一方、連合艦隊旗艦大和、艦橋。
「宇垣さん、ここは餅は餅屋に任せる。」
「御意、戦艦第一、第二戦隊、合戦準備!」
現地時間は1730。
薄暮の砲撃戦となるな。
水雷戦隊はまだ南雲麾下以外にもいる。
が、ここは敢えて敵方に敬意を表し、戦艦同士のクラシカルな砲撃戦と行くべし。
「距離31000!!」
「よし!戦艦部隊は回頭90°、同航戦を挑む!!
全艦弾種徹甲、各個に狙い定め!
うちーかたーはじめー!」
「うちーかたーはじめー!」
長門以下、連合艦隊10戦艦の全主砲が炎と轟音。
そして超弩級戦艦、大和、武蔵もその世界最大の雷を轟かせる…。

「敵戦艦に発砲炎!」
「この距離でか!?」
「落ち着かれよ。第一斉射はあくまで示威だ。」
砲術のプロフェッショナル、戦艦部隊の指揮官をこれまた臨時代行しているリー少将が諭す。
果たして金属音の後に、アメリカ戦艦部隊の周囲に数十本の水柱。
命中弾はなし…。しかし!
なんだ!?あの水柱は…。
幕僚や水兵達がどよめく。
一部のそれが、明らかに異常な高さ!
明らかに16インチ砲のそれではない、噂はマジだったのか…。

リーもかすかに眉間に皺を寄せる。
我が艦に対し、初弾から夾叉だと!?
(要するに2弾が目標を挟み込むように着弾。
当たらないまでも的確な照準と言うことである。)

「やむを得ん、今少し引きつけるつもりだったが、レーダー連動、こちらも応射せよ!」
「アイ・サー!!」
ファイヤー!!
鉄と炎のランスが、こちらも数十条放たれる。
少し遅れて、日本側からも再度砲炎。
しかし、発射速度、弾丸初速ともこちらが勝る筈…。
「敵1番艦に命中!少なくとも4!」
おおっと歓声。
そのほかにも旧式戦艦2隻(榛名、霧島)にも2発づつが命中。
恐らくは戦闘継続不可なダメージを与える。
が、肝心の1番艦は?
そう思う内に神経を掻きむしる金属音!!
「戦艦アイオワ、第三砲塔直撃!誘爆!」
なんだと…。
本当に奴らは18インチ級の砲を使っているのか…。
しかも2斉射目で命中。
目視…光学照準でなんという腕だ!
しかもわがミズーリにも至近弾、それで転覆するのではという衝撃。
さらに轟音。
アイオワが連鎖的に誘爆を起こし、さらに衝撃でダメコン班が阻止したはずの先刻の被雷による浸水が再び広がり…炎と煙に包まれ、30度近く左に傾斜していた。
「馬鹿な!」
フレッチャーが叫ぶ。
なおも悪い事には、直撃を受けた筈の敵一番艦がこ揺るぎもせず、再度僚艦共々斉射してきたのである。
「間髪入れず、照準出来次第撃ち続けろ!」
リーはあくまで冷静に指示を下し続けるが…手数と正確さに勝る筈のこちらに対し、向こうは全てがKO級の重いパンチ。文字通り一発が命取りとなる。
リー自身見覚えのある長門級を中破させる代わりに、今度はわがミズーリとウィスコンシンが被弾!
双方ともアイオワ程ではないにせよ、主砲塔を潰され防御区画などないかのように誘爆と大火災を起こす。

周囲に侍り、水雷戦を仕掛けようとしていた麾下の巡洋艦、駆逐艦群も先刻の南雲水雷戦隊にかき回され、少なくとも過半数は撃沈破されている。
もはや我が艦隊に組織的反撃は…。リーとフレッチャーが同時に敗北を悟った時、再度、あの怪物戦艦と僚艦の斉射…。


空前の決戦の翌日…ワシントンD.C. ホワイトハウス。
「つまり、ハワイは地上軍が上陸していないというだけで、制空権制海権は完全に掌握されているわけであるな。」
「御意…。不幸中の幸いはハルゼー、スプルーアンスの両提督が、重傷ながらも一命を取り留めたことですが…(リー、フレッチャーも脱出)

日本軍は強力な戦艦群の艦砲を以って、事実上ハワイ民間人を人質に取っている状態です。
現にニミッツ提督は、備蓄燃料の一部を要求に応じて供出しておる有様。
で、最終的な要求は、我が国との講和。であります。」
ハル国務長官の言葉に、大統領ルーズベルトは大きく息をつく。
「そして講和条件が、現状の勢力圏維持の代わりに、枢軸三国同盟からの離脱。
ナチスドイツに宣戦布告し、我が米英と共闘すると…?」
ハルは頷く。
「現状の陸海軍の情況からしてどうかね?」
キング海軍作戦部長、スティムソン陸軍長官が応える。
「海軍は、表面上の艦船の損傷、喪失では見えない所でのダメージがあまりにも…。
ようやく育てたパイロット、艦船クルーの犠牲が…。
次回確実に日本を圧倒出来るレベルの艦隊、機動部隊再編には1年以上を要します。
潜水艦による通商破壊も、奴らが再びハワイの基地設備の破壊を要求か、砲爆撃ですると考えられますし、向こうの対潜能力も少しずつ向上しておりますゆえ…。
結局、我々が再生強化された頃には奴らは本土西海岸、と言う事になりかねません。」
「陸軍としても航空戦力のダメージが実質8割というのが…質的な事情も海軍と変わりません。正直特にBー29に関しては、事後欧州戦線に回す予定だったものでして…。」
「大統領、これらの痛手を回復し、さらに日本を圧倒する戦力を作り上げる事は、無論我が国の国力ならば十二分に可能です。
ですが、国民が国家総動員体制の継続、強化に、こと対日戦に関し納得するかどうかです。
悪魔のナチスドイツ打倒ならば、ユダヤ人を救う人道的見地からして仕方ないが、開戦時から強力な海軍力を振るう日本と無理にやり合い若者の血を流す意味があるのか?
…そう言う論調が、主要新聞にも見られつつあります。
プラス来年の選挙も…。」
もう良いとルーズベルトは片手を挙げる。
「確かに、日本の提案も悪くはない。
予想以上に強大化したドイツ打倒の為にも、精々我々が体勢を整えるまでの間、ご自慢の海空の戦力を注ぎ込んでもらう、と言うのも…うむ。良い考えだ。

…一度対話をする価値はありそうだな、日本政府、及びハワイ沖の日本艦隊に伝わるよう、緊急電を発して欲しい。」
「かしこまりました!」

ハワイ時間の夕刻、1800過ぎ。
空母葛城甲板上に、佇む久保拓也少将。
ふっとそよ風と共に、佳き匂い。
ホルテンブルグ少佐…カリンが隣に身を寄せて来た。
ドイツ空軍の制服である。
「アメリカとの講和は叶いそう?」
「うーん、まだわからんが、合理的に向こうが判断してくれれば7割方、大丈夫だと思う。」
ただ、日本国内も無論一枚岩ではない。
陸海軍どちらにも強硬派はいる。
お上の御聖断で、統帥権の一元化は出来たとは言え。
どこの誰が何をしでかすかわからない。
なるべく打てる限りの手は打ってあるが。
内地に帰ったら、山本閣下、そして東條首相と今一度話す必要があるな。
「私は…フューラーの為にもドイツを取り戻したい。」
「それも、よく分かる。」

どう転んでも、まだ戦争は続く。
しかし、米英と協調し、自由と民主の流れに乗りつつも、日本独自の正義を世界に示しうる戦いならば、現在のそれよりは遥かに有意義で、犠牲も増えずに済む。
少し強めに身体を寄せてきたカリンの肩を、こちらからも抱く。
世界に真の平和がもたらされるまで…。
大日本帝国と俺の戦いは続く。


新訳 零戦戦記 第一部 結











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