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大命降下

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2月3日
日本国民、そして各戦線の陸海軍部隊に通知が行き渡る。
「本日正午に東條英機首相より重大なる布告あり。心して傾注すべし。」

いまさら何?
勝ち戦で、もっと気合いを入れてやれとかってこと?
国民らはいぶかしむ。
それは内地や前線の比較的高位の軍人達も同じであった。
「何も聞かされておらんぞ。」
ビルマで第15軍参謀長となっていた「作戦の神様」辻政信は半ば憤慨していた。

「これが長官の差金なのか…。」
ウルシーで大和艦橋から、ぼんやりと僚艦武蔵の勇姿を見やりながら、宇垣纏は呟く。

そして…日本時間の正午を迎える。

聴き慣れた東條の甲高い声が、ラジオから響く。
「これより申し上げる事は、帝国全臣民、及び前線の将軍から一兵卒に至るまでの陸海軍全軍に向けられた、畏くも天皇陛下の大命であると、しかと各位肝に銘じた上、謹聴頂きたく。

そして、東條は詔勅を読み上げる。
『朕、今次大戦の、人類史上稀に見る惨禍を大いに憂い、また我が日本民族を空前の危地から救うべく、さらにはここに明治大帝の世界泰平への想いを受け継ぐべく、殊この国の統帥権において、大幅な変革を行うこととする。
すなわち、陸海軍が実質分離していた統帥権を、内閣総理大臣である東條英機に朕自ら一任し、その代わりとして陸軍大臣の地位を外し、実質東條を文民の地位とする。
そして陸海軍大臣の地位を廃止、代わりとして双方を統合し軍政に於いては国防大臣、これには阿南惟幾将軍を任ず。
実戦部隊の統合指揮としては山本五十六海軍大将。
全軍、この指揮系統に以降は陸海空の別なく従うべし。
不服あるものは逆賊と見做し、朕自ら近衛師団を率い、これを鎮圧する!』」

国民以前に、特に佐官級以上の陸海軍人全てに、この陛下の勅命は衝撃を与えた。
「陛下のお言葉とは言え…正直無茶苦茶だ!」
「山本はともかく、阿南は陛下の信任篤かった元侍従とは言え現在は一介の将軍…。」
「吹き込んだのは誰だ!?山本か?重臣の誰かか!?」
「東條に決まってる!要は陛下を蔑ろにして、自分の『幕府』を作りたいのだ!」

しかし、そもそも、大日本帝国憲法にはシンプルに「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」
とあるのみで、例えばこの急拵えの文民統制、陸海空指揮系統一本化を明確に禁じてはいない。

それに…。
怒り狂った強硬派達が、徒党を組んで仮に帝都中枢に雪崩れ込むにしても…。
陛下がその手の暴挙をもっとも許さぬお方であると言うのは、先の2.26で強硬派達も痛感している。
それ以前に、現状日本軍全体での最大戦力である海軍連合艦隊は、山本が手塩にかけ育てたものである。
どの道、司令長官もその息のかかった…

「しばらく…」
宇垣の言葉に、第三艦隊司令(実質的にはニューギニア方面の基地航空隊の指揮)から2足、3足飛びで連合艦隊司令長官に昇進した、小沢治三郎は敬礼で返した。
「私自身も正直訳がわからん。
だが他ならぬ勅をもって拝命したとあらば、忠勤に励むほかあるまい。」
やや苦笑混じりに、小沢はそう言った。
(本人は固辞しようとしたが、翌日付けで大将に昇進することとなる。)

そして…ウルシーから80キロ離れた洋上。
「まあ…総合的には悪くないか。」
そう一連の離着陸艦訓練を総括する、山口多聞中将。
ここは先月就役したばかりの、改翔鶴型装甲空母 「葛城」艦橋であった。
この葛城を旗艦とし、新たに再編される第一機動艦隊を率いる事になったのが、彼、山口多聞であった。
「遅くなりましたが、おめでとうございます。」
新造艦の艦長を務める加来止男大佐が、ややおどけ気味にそう言う。
「はっは、しかし、内実が伴わんとのう。
早いところ若手が育ってくれれば。
それにしても、お前さんとは引き続き腐れ縁というか何というか…。」
結局の所、目前のやる事は変わらない。
国の仕組みも大きく変わるのであろうが、その事は戦を終えてからだ…。

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