新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

ビッグＥ

フレッチャーが旗艦を重巡アストリアに移した頃。
やや遅れてスプルーアンスのもう一つの任務部隊の存在を察知し襲い来る日本第二次攻撃隊の迎撃に、エンタープライズ、ホーネットから直掩機が発進する。
「ああん！？お客さん！？」
エンタープライズ戦闘機隊を率いるヘリントン大尉の号令一下、アメリカ直掩戦闘機隊７９機は高度の優位を活かして襲いかかる。
「さすがに、向こうは編隊空戦が板についてるってことね。」
ホルテンブルグ中尉ーカリンは、あえて動じず、わざと隙を見せる。
バックを取ったと思い込み、射撃体勢に入ったF4F。
「これで通算３機目、もう直ぐエースのスコア。ジャップ狩りで俺は安全に出世させてもらうぜ。」
機銃のトリガーに手をかけた、サイモン・ステイク少尉。
が…。
消えた！？
なっ、何が起きた！？
首を反転させるのと、愛機が被弾に揺れるのが同時だった。
最後の一撃が、サイモンの頭部をサイコロステーキのように撃ち砕く…。

「へえ、やるじゃない、日本の『カルワザ』も。」
そう呟く間にも、周辺警戒怠らず次の獲物に襲いかかるカリン。
台南空で、坂井、西澤から習った「捻り込み」
まぁ余程の相手でないと使わないだろうが。
他のパイロット達も、例え高度の優位を取られても、速度含めあらゆる機動力で優るという余裕があった。
カリン同様、めいめいのやり方で翻弄し、次々と20ミリを撃ち込む。
相も変わらず、個の力で圧倒する零戦隊。
しかし例外もあった。
ヘリントン大尉は、この日３機目のゼロを狩る。
独特のウェーブを描くような機動で、巧みに敵を格闘戦に誘い込み、ゼロにとっては負ける筈のない土俵で的確に葬る。
F4Fをまさに人機一体、癖や挙動を知り尽くしている彼にしか出来ない芸当であった。
幸いにしてと言うべきか、この日はカリン機と遭遇する事はなかった。
個人レベルでは敢闘していたアメリカ側パイロット達。
しかし、その心が折れる瞬間が訪れる。
彼等の帰るべき家、母艦２隻から炎が上がっていた。
ホーネットが左舷に５本の魚雷を受け、３０度以上の傾斜。
あれは…保つまい。
そしてエンタープライズも、爆弾と魚雷３発づつを食らい…。
ダメージコントロール班が奮戦するも、危機的状態…。

主よ…！！

日本第一航空艦隊、空母赤城艦橋内は沸き立つ。
敵空母4隻撃沈破、うち3隻は撃沈はほぼ確定。
複数の偵察による情報。
敵の通信傍受でも裏は取れた。
南雲司令もこの日初めて、肩の荷が降りたと言う表情。
手の平を返したように、いや、流石は山本長官が見込んだ男だ、などと褒めちぎってくる幕僚達。
しかし、久保は心からは喜べない。
ここまでの報告を総合すると、パイロット、搭乗員だけでも６０名以上を失っている。
もちろん、敵でも味方でも、ベテランでも新兵でも、かけがいのない命であることに変わりはないが…。
戦いの度にそうしているが…。
久保は瞑目し、内心で手を合わせた。

そして…
まだこの戦いは終わりではない。