新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

歯車

そして、日本時間１２月８日
大々的に対米英開戦と、そして緒戦の空前の大戦果の報に、浮かれに浮かれる帝都、いや日本全土…。
純喫茶で1人、新聞を読み込む久保拓也海軍技術少佐。
圧倒的大勝利をこれでもかと書き立てている大半の記事は無視。
三面の左下に…。あった。
海軍航空機隊の、真珠湾とフィリピンにおける、「それぞれの味方の損害」の内訳であった。
いかな間接的に山本長官にお願いしたとはいえ、そんな無理が大本営報道部に通るわけないか…。
とも思ったが、もはや英雄軍神と化した長官が通して下さったようだ。
いち早く通常の報道で知りたかったのだ。
米国相手の戦闘で生じた、我が零戦の損害を。
結果は…
真珠湾、フィリピン方面でそれぞれ3機づつ…。
無論、戦死したパイロット達には弔意と敬礼を内心で…ではあるが。
俺が設計した機体でなければ(と考えてしまうのも傲慢ではあるのだが。)損害は３から５倍になっていてもおかしくはない。

機体以上に貴重なパイロットの生命を、今後一層激化する戦闘において少しでも守ることが出来れば…。
最終的にはこの戦争の趨勢も大きく変わるであろう。

その２日後、大英帝国海軍の誇る戦艦、プリンス・オブ・ウェールズとレパルスが、これまた日本海軍航空隊にマレー沖で撃沈されることとなる。
湾内で身動きが取れなかった真珠湾の例と違い、洋上で戦闘行動中の戦艦が航空機に沈められる…。
世界の列強に与えた衝撃は少なくなかった。
当然、当の英国首相チャーチルのそれたるや…。
「ホワイトハウスに緊急電を打て！
この際暗号が読まれても構わん！」

『貴国の早急なるヨーロッパ戦線参戦を再度、強く要請するものである…。
世界共通の敵であるナチスドイツ打倒の戦いに共闘されたし。』
ルーズベルトはデスク上に文書を放る。
「簡単に言ってくれるものだな。」
現在国民が、日本憎しで一丸となって団結しているなら悠々と応じられるが…。
現在そちらに向けられるべきエネルギーが、半分程は奇妙にねじれて我が政府と軍中枢への非難、不信感に変換されてしまっている…。
現段階ではとても、欧州派兵など言い出せるものではない。

…実は、アメリカのリアクションに関わらず、ドイツ総統アドルフ・ヒトラーはアメリカに宣戦布告し同盟国日本への義理立てをしようとしたのであるが、当の日本からの１２月月初からの不可解なメッセージや側近達の進言により、判断を保留している…。

かくて、イギリスはあのバトルオブブリテンの終焉後も続いていたドイツ空軍の空襲に、引き続き苦しめられることとなる。