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精神主義
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「ああ、その男は、連合艦隊の山本君や源田参謀から特に強い推薦で出席している。
例の、零戦の事実上の主務設計者を務めた…。」
及川海相の言葉に、近衛文麿総理は頷いた。
「そう言うことならば、忌憚なき意見を聞くとしよう。」
深々と頭を下げ、久保は語り始めた。
「では、お言葉に甘えて。
東條閣下、今、『数字や理屈を超えた何か』と仰いましたが、恐れ入りますがそれは具体的に如何なるものでしょうか。」
内閣の面々がざわつく。
陸軍大臣東條英機は、一瞬表情を凍らせたが、眼鏡を直し、例の甲高い声を上げる。
「それは決まっておる。君も叩き込まれたであろう。
大和魂、軍人精神の貫徹である。
現に日露の時も、203高地争奪の死命を制したのは、ロシアの堅固な陣地、そこからの機関銃弾幕にも怯まぬ我が兵の突貫精神…。」
「それも、確かにあると考えます。
あの時の貴重な英霊達の献身なくば、勝利はあり得なかったと。」
「…他に何があると?」
「先刻、総力戦研の皆様の分析とも関連しますが…。
兵士達の敢闘精神と同等に…例えば旅順攻略、日露戦全体の戦局を左右した、28センチ榴弾砲群。
あれらの輸送が成らなかったらどうなっていたか?
それに関しては如何思われますか?
もし対米戦となれば、先刻の分析通り、重要な戦地に必要不可欠な兵器、弾薬、兵員、更には食料すらもまともに届かないと言う状況が、そこかしこで生起することとなります。
しかも相手は、あの時既にロマノフ王朝の足腰が弱っていたロシアではなく、国力我が方の30倍のアメリカです。
気がついたら水も漏らさぬ補給線封鎖。
広大な太平洋でそれをやられますと…」
「貴様!聞いておれば!大日本帝国軍人の死を恐れぬ精神を侮辱するか!
精神力を以て貫徹すれば米英何するものぞ!
貴様さては軟弱な米英の個人主義にかぶれたか!?」
軍刀を持ち怒り狂って立ち上がったのは、四方諒ニ憲兵中佐。
東條の、ぶっちゃけ腰巾着であり、この日も警護と称して閣議室の隅に侍っていた。
久保は表情を崩さない。
「精神力。確かに重要です。苛烈な戦場を生き抜く為には。」
「生き抜く…生き抜く…だと!?」
「そうです。いずれ私も貴方も敵の前に命を散らすとしても、死に方…犬死には御免でしょう、お互いに。
少なくとも敵に、我々に仕掛けた事を後悔させるくらいの損害を与えねば。
その為に我ら軍人は日々訓練し、精神修養に努める。違いますか?」
「う…。」
「そうだ、私が出向している三菱重工では堀越技師版零戦を基盤として、この度零式練習機を完成させる運びとなっております。
前席で私が操縦し、一通りの空戦機動を致しますので、是非憲兵中佐殿には後席にお乗り頂きたい。
地上の最低数倍のGの世界を御堪能頂き、なおかつ、中佐の素晴らしい軍人精神を予科練のヒヨッコ達に手本として披歴していただければと。」
「う…あ…う…それはその…。」
爽やかですらある笑みを、久保は浮かべた。
「いかがなされました?あれだけの事を仰ったからには貴方にとっては簡単なことかと…。」
「ぐ…あ…貴様ッ。」
「もうよいッ!」
東條が一喝した。
「外に控えておれ…。」
顔を真っ赤にして退出する四方。
「相済まぬ事をした。久保技術少佐。
それで、貴官も対米戦必敗と…。」
「はい。左様で御座います。
まことに恐れ多きことながら…御上にもこの件よくよくお伝えくださいますよう。」
近衛総理は数秒反応が遅れたが、よく分かった、とのみ返した。
「横合いから失礼をば、貴官には我が総力戦研究所の結論以外の、何か腹案があると見えるが…?」
発言したのは、松田千秋海軍大佐。
総力戦研究所の軍側メンバーの一人である。
「はい、一言に戦争回避といいましても…。」
その後、30分に渡り久保は熱弁し、近衛、東條以下の面々を驚かせることとなる。
例の、零戦の事実上の主務設計者を務めた…。」
及川海相の言葉に、近衛文麿総理は頷いた。
「そう言うことならば、忌憚なき意見を聞くとしよう。」
深々と頭を下げ、久保は語り始めた。
「では、お言葉に甘えて。
東條閣下、今、『数字や理屈を超えた何か』と仰いましたが、恐れ入りますがそれは具体的に如何なるものでしょうか。」
内閣の面々がざわつく。
陸軍大臣東條英機は、一瞬表情を凍らせたが、眼鏡を直し、例の甲高い声を上げる。
「それは決まっておる。君も叩き込まれたであろう。
大和魂、軍人精神の貫徹である。
現に日露の時も、203高地争奪の死命を制したのは、ロシアの堅固な陣地、そこからの機関銃弾幕にも怯まぬ我が兵の突貫精神…。」
「それも、確かにあると考えます。
あの時の貴重な英霊達の献身なくば、勝利はあり得なかったと。」
「…他に何があると?」
「先刻、総力戦研の皆様の分析とも関連しますが…。
兵士達の敢闘精神と同等に…例えば旅順攻略、日露戦全体の戦局を左右した、28センチ榴弾砲群。
あれらの輸送が成らなかったらどうなっていたか?
それに関しては如何思われますか?
もし対米戦となれば、先刻の分析通り、重要な戦地に必要不可欠な兵器、弾薬、兵員、更には食料すらもまともに届かないと言う状況が、そこかしこで生起することとなります。
しかも相手は、あの時既にロマノフ王朝の足腰が弱っていたロシアではなく、国力我が方の30倍のアメリカです。
気がついたら水も漏らさぬ補給線封鎖。
広大な太平洋でそれをやられますと…」
「貴様!聞いておれば!大日本帝国軍人の死を恐れぬ精神を侮辱するか!
精神力を以て貫徹すれば米英何するものぞ!
貴様さては軟弱な米英の個人主義にかぶれたか!?」
軍刀を持ち怒り狂って立ち上がったのは、四方諒ニ憲兵中佐。
東條の、ぶっちゃけ腰巾着であり、この日も警護と称して閣議室の隅に侍っていた。
久保は表情を崩さない。
「精神力。確かに重要です。苛烈な戦場を生き抜く為には。」
「生き抜く…生き抜く…だと!?」
「そうです。いずれ私も貴方も敵の前に命を散らすとしても、死に方…犬死には御免でしょう、お互いに。
少なくとも敵に、我々に仕掛けた事を後悔させるくらいの損害を与えねば。
その為に我ら軍人は日々訓練し、精神修養に努める。違いますか?」
「う…。」
「そうだ、私が出向している三菱重工では堀越技師版零戦を基盤として、この度零式練習機を完成させる運びとなっております。
前席で私が操縦し、一通りの空戦機動を致しますので、是非憲兵中佐殿には後席にお乗り頂きたい。
地上の最低数倍のGの世界を御堪能頂き、なおかつ、中佐の素晴らしい軍人精神を予科練のヒヨッコ達に手本として披歴していただければと。」
「う…あ…う…それはその…。」
爽やかですらある笑みを、久保は浮かべた。
「いかがなされました?あれだけの事を仰ったからには貴方にとっては簡単なことかと…。」
「ぐ…あ…貴様ッ。」
「もうよいッ!」
東條が一喝した。
「外に控えておれ…。」
顔を真っ赤にして退出する四方。
「相済まぬ事をした。久保技術少佐。
それで、貴官も対米戦必敗と…。」
「はい。左様で御座います。
まことに恐れ多きことながら…御上にもこの件よくよくお伝えくださいますよう。」
近衛総理は数秒反応が遅れたが、よく分かった、とのみ返した。
「横合いから失礼をば、貴官には我が総力戦研究所の結論以外の、何か腹案があると見えるが…?」
発言したのは、松田千秋海軍大佐。
総力戦研究所の軍側メンバーの一人である。
「はい、一言に戦争回避といいましても…。」
その後、30分に渡り久保は熱弁し、近衛、東條以下の面々を驚かせることとなる。
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