新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

俊也

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設計思想、来るべき戦。

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「堀越技師、何か?」
源田の問いに、堀越は拳を握り締めながら答える。
「ぎりぎり…でした。」
周囲の官民それぞれの面々は互いの顔を見合わせる。
「海軍の、卓越した速度、旋回性能、上昇力…それに戦闘機としては有り得ない航続力。
それらの至上命令を実現させる為に、まさに肉を削ぎ、骨を削って…。
『操縦席に、燃料タンクに被弾したらどうなる』
それは分かりきっていましたが、私の中で無理矢理、無視しました。
この機体の速度と運動性能。
それに中国戦線で戦いし、歴戦のパイロットの技量が重なれば問題にならない。
むしろこの機体の強みを最大限に活かし、敵の機体を圧倒出来る。
そう自らに言い聞かせて、致命的弱点に目を瞑ってきた…。
ですが、こちらの久保大尉は、軍部の要求も満たしつつパイロットを護りうる機体を実現させ、自らここで身体を張り証明して下さった。
私の負けです。と言う言い方も変ですが。
私の方からも、『この十二試艦戦』を強く推薦させて頂きます。
大西閣下、源田少佐、何卒軍令部中央の方々に、格別のご高配をと…。」
堀越技師はそう言って、深々と頭を下げる。
軽いどよめきの中、久保は堀越に歩み寄る。
そして手を握った。
「どうかお顔をお上げください。
これは勝った負けたのお話しでもないですし。
それに、堀越技師に頂いた助言で、私の機体の方も強度を損なわないぎりぎりでの軽量化、空力的な洗練を行う事ができ、この性能を手にする事が出来ました。
この機体は、私と堀越さんの合作にして、堂々たる三菱製の新鋭艦上戦闘機です。
ついでに、申し上げれば、純粋な『飛行機』としては、実際乗った私から見ても、堀越版の方が圧倒的な傑作機、芸術品と考えます。
ただ、誰がどう見ても今後苛烈化する戦争、空戦の現実に特化したのが私の機体だったというだけで。」
手を叩く音。
大西少将であった。
「ご両名とも大儀!
双方の意志はよく心得た。
今回の選定は、久保技術大尉主導の機体を、前線指揮官の一人として、軍令部各方面に強く推すことと致す!」
久保はぴしりと敬礼した。


そして…この機体は。

昭和15年(1940年)7月14日
「零式艦上戦闘機11型」として日本帝国海軍に制式採用されることとなる。

これが、この後日本民族と共に過酷な運命との戦いに身を投じることとなる、「零戦」誕生の瞬間であった。





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