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もう一つの初号機

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「いくら海軍からの出向といえど、あれはいかがなものかと。」
昭和14年、(1939年)三菱飛行機本社。
設計部長が、そう社長に談判していた。
「…まぁ、言っとる意味は分かるがねえ。とは言え、海軍さんには今回の十二試艦上戦闘機に関してはウチに任せてくれとる恩もあるしな…。」
ぐぬぬと設計部長は唸る。
「とは言え貴重な場所と資材をあてがって…。
いくら海軍さんの技術大尉でも、あんな実物大の大人のおもちゃ作りに付き合わされるのも…。」
「しかし、あの海軍さんの知見には、本来の設計主任である堀越君も一目置いておるぞ。
『本来の』十二試艦戦の強度的欠陥を言い当てたとか…」
「なんと!?あの堀越君が?」
腕組みをする設計主任。
「…まぁ、ただの道楽でもないということで…。
今少し様子を見てやるとしよう。」

その「大人のおもちゃ」を前にし腕組みをする青年。
「形にはなって来た、あとは…。」
久保拓也海軍技術大尉。
「新型戦闘機開発に関しての状況把握、その他補佐を目的とした、三菱重工業への出向」
と言うあまりにも曖昧模糊とした任務で、ここにいる。
「やはり重量だよなぁ、換装予定の新型エンジンにしても1000馬力に届かない…。
それだと、ここで作っている『本命』の方に下手すると速度上昇力すら劣ることに…。」
「ご精が出ますな。」
藤村さん…。
70近い、この時代としては高齢の部類に入るが…事務員としての丁寧な仕事ぶりと紳士然とした物腰には英国の執事を思わせるものがある。
「精、といっても、今月残り4日、軍の方から出る小遣い…もとい予算的には殆ど何も出来ないんですがね。」
「ははぁ、私も素人なりに色んな飛行機を拝見してきましたが、優美な中にも無骨と言う印象ですなぁ。」
「やはり、わかりますか。」
久保は改めて「自分だけの初号機」を見渡す。
あと2、3の問題を解決し、来月末には完成させたい。相当に厳しいが。
果たしてそれで、堀越技師達が進めている、「本命の十二試艦戦」に対する優位性を示せるか。
その事に久保は海軍戦闘機隊。さらには日本の命運がかかっているような気がしてならないのだ。



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