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【完結編】決戦の空へ
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アメリカの一大上陸船団到着に先立つ事30分。
時は来た。
鹿屋基地…。
集まりしは特攻用零戦、彗星合計212機。
護衛の零戦は183機。
まさに全国から燃料爆弾含めかき集めた。
海軍軍令部とギリギリまで折衝してどうにか動員まで持っていった宇垣纏の手腕。
だがそれも本人に言わせれば、散華した若者達が上げてくれたこれまでの戦果が、軍中央を後押ししてくれたが故、ということになる。
もうこの戦力の後は、大本営が言うところの「本土決戦用」に温存した機体と燃料しかない。
そして、2000馬力の高性能戦闘機紫電改を有していた筈の「精鋭」343航空隊は、なんとパイロット40余名のみが鹿屋に進出、かつて乗りこなしていた零戦52型で直掩、護衛任務につく。
紫電改はアメリカF6Fらと渡り合える高性能機。
しかし、航続距離が短く、喜界島周辺がギリギリの行動半径。護衛任務を完遂できない。
ならば、腕に覚え有りのベテランパイロット達に零戦で腕を存分に振るってもらおう…と渡久地、もとい宇垣が進言していたのである。
343空司令源田実は当然猛反発したが、軍令部中央から「では虎の子の紫電改を片道特攻で使うしかないが。」と言われてはどうしようもなかった。
そう、もうこれは、過去の慣例など無視して、全てを一撃に賭ける決戦なのだ。
大本営そのものが、いつの間にやらそう言う空気に染まっていた。
当然、陸軍の知覧基地も同等の航空戦力が出撃体制に入っている頃である。
「コンターック!」
この時期としては最大規模の日の丸の翼が、一斉にプロペラを回し始める。
まだ闇夜の中、全力で不慣れな特攻隊員を支援する為、サーチライト等が一斉に照射される。
直掩戦闘機隊も、3分の1程度の機体が尾部に特注の探照灯を付け、空中で特攻組がはぐれぬよう工夫を凝らす。
…さて、宇垣纏第5航空艦隊司令が、居並ぶ隊員たちへの訓示の為、壇上に上がった時。
ひとりの特攻隊員が進み出た。
「閣下!無礼は百も承知で、今日限りの命に免じて、お願いが御座います。」
制止しようとする参謀を下がらせ、宇垣が向き直る。
「良かろう。言ってみたまえ。」
「はい!特攻組の皆の思いを、閣下にも今後生き延びる皆さんにも知っていただきたいのです!」
周囲は軽くどよめく。
「あいわかった。君の官姓名は?」
「神崎正志少尉であります!」
「うむ。では神崎少尉。存分に、ここで語るが良い。」
「ありがとうございます!」
なんと宇垣は神崎に壇上の場を譲る。
神崎は、壇上に立ち、すうっと息を吸い開口一番こう言い放つ。
「皆様!!自分は、自分達は本当は死にたくないッッ!!」
どよっ。
「自分にも許嫁がおります。本当はそのまま結婚して彼女とずっと生きていたい。
自分だけじゃない。
女手ひとつで育ててくれた母親を置き去りにしたくない。
既に生まれたばかりの子供や妻も…。
大学で読んでいた好きな文学全集をまだ読み切っていない。
職業野球で名を馳せたい。
みんなみんな、それぞれの理由で心の底では死にたくない!
いくら考えても自分達の中でこの理不尽を割り切れない!
しかしながら『それでもなお、あえて。』
なのであります!
自分達が受けられるはずだった幸せも、それぞれの故郷、美しい山河、そしてそれの集大成のこの皇国があってのもの。
それだけはギリギリの所で理解しました。
だから、これからの未来、日本に生まれてくる子供達、自分達に続くより若い人達の当たり前の幸せの為、本音を押し殺して死にに行く。
そうすることに決めました!
やるからには必ず一人千殺の覚悟で参りますが、もし敵艦隊に刃が届かなかった時はお許しください!
では!征きます!」
全員が誰に言われるまでもなく一斉に特攻隊員達に向け敬礼する。
渡久地俊哉も例外でなく。
そして。
「よーくわかった安心しろ。
全員に花道作ってやるよ!」
「発進準備!」
「総員帽振れ!」
照らし出された滑走路を蹴り、恐らくは最後の荒鷲たちが、次々と微かに白み始めた空へ飛び立つ。
そして、早朝0600
アメリカ海軍の、艦砲射撃開始により幕を開ける、今次大戦最大規模の上陸作戦が敢行されようとしていた。
「揚陸艦、前進開始!」
ポイントは味方残存部隊に直面する日本軍側面…である。距離的に互いの合流も容易である。
しかし、沿岸部に日本陸軍らしき兵力はいない。故にアメリカの砲爆撃は沿岸部を一通り制圧すると、遠方の林に潜むと見られる日本軍へと大半は向けられる。
「よし上陸開始!GO!!」
前衛部隊が浅瀬に踏み出しかけた時。
まず揚陸艦。
そして沖合の輸送船が立て続けに爆発を起こす。
!!!???
「バカな!?」
沖合の旗艦インディアナで、スプルーアンス提督が叫ぶ。
「なんでカミカゼがここに居る!?
戦闘機隊は何をしている!呼び出せ!」
カーニー参謀長も怒鳴り声を上げざるを得ない。
事前のレーダーピケット艦の情報に基づき、当然戦闘機隊450機超を万全の体制で迎撃配置につけていたのだが…。
しかし…。
「(こいつらの腕は…)歪みねえな!」
そう歴戦のエース、ヘリントン少佐が呻くほどに、質量ともに劣勢な筈の日本の直掩零戦隊の技量と奮迅が凄まじかった!
「特攻組を全機通す気迫でいけ!」
343空所属の鴛渕孝大尉が檄を飛ばす。
なんやかや全海軍戦闘機隊の精鋭が8割がた、ここに揃っていたのだ。
渡久地隊も当然彼らを2段階上回る技量で、時に中堅指揮官機を、または肝心の特攻組に突っ掛かりつつある敵機の頭を押さえ、最大限の効率で葬っていく。
渡久地は例によって戦場空域全体を俯瞰したかのように、綻びかけた場所にピンポイントで部下を配置し直す。
「やるじゃない根尾少尉殿。
さすが渡久地さん以外でのスコア1番なだけはある、医者にしておくには勿体無いなー。」
「またまた都築さん、何機も差はないでしょ。
それにウチは先祖代々ですから!継がないわけにはいかないっと!」
そんな会話をしながら、彼らは20ミリ弾数発で的確にF6F、F4Uのコクピットや急所を射抜いていく。
「基本に立ち帰れ、高度と速度の優位を活かせ!ドッグファイトに付き合うな!」
ヘリントンはじめ各隊のアメリカ戦闘機隊指揮官は声を枯らすが、例えば数の優位で特攻機迎撃組を分離してカミカゼ狩り…と言う展開すらこいつらは容易に許してくれない。
そして結局…特攻組は160機余りがアメリカ艦隊、上陸船団に突入成功してしまう。
揚陸艦、輸送船、そして艦隊のピケット駆逐艦が瞬く間に10隻以上爆発炎上する。
別働隊の地上支援で、投弾を終えたアメリカ戦闘機隊が、味方の対空砲火エリアに踏み込んでまで阻止攻撃をかける。
それでまた犠牲を出しつつも、大まかに対第3艦隊と上陸輸送船団狙いに分かれ、手当たり次第に彼らは突入散華していく。
輸送船、揚陸艦がまた、多くの兵士を乗せた状態で砲撃を受け、次々と火柱を上げる。
時に食糧、さらには弾薬砲弾を満載した艦が突入を受け派手に爆発する。
さらにアメリカの陸海軍の兵に動揺を広げる。
それでも1万を超える兵力が海岸に上陸したが。
「海を見るな!林の中で中隊、ないしは小隊単位で集合する!それまで突っ走れ!」
尉官クラスの誰かが声を張るが、その頭上に…。
あの神崎少尉の零戦がいた。
既に右翼の燃料タンクが燃え上がり、目標は選んでいられない。だが、こいつらのど真ん中になら…。
「純子さん、結婚式はカトリックの教会で…戦争が終わればもう自由になるだろうしな。
天皇陛下、ばんざい!」
アメリカ海兵隊員がひしめく只中に突入、爆風と炎が彼らを押し包む。
断末魔の光景と悲鳴に、パニックを起こすものも。
(ありがたいことだ。陸軍の情報…『マッカーサー参謀』殿。
あんた達が正確にアメリカの上陸時間を割り出してくれたおかげで、こうして完璧なタイミングで強襲することができた。)
渡久地は後方に警戒の目を配りつつも、敵地上部隊や揚陸艦等に機銃掃射を行い、さらなる出血を強いる。
後方からいつの間にか合流した冨安少尉もそれに倣う。
視界の隅に、また一隻乗り合わせた兵士ごと火だるまになる敵輸送船。
(渡久地よ…お前さんが俺たちに毎晩聴かせていたアレ、ようやく恩師の友人の学者が結論を出してくれたぜ。
まさかあんな古代言語とはな。
お前はどこから来て、どこに行くのか…。)
「冨安!そして渡久地隊全員!
長居は無用。帰るぞ。」
「「了解!!」」
彼らの腕なら敵索敵、防空網の穴を掻い潜って生還するのは、最早朝メシ前になっていた。
そして…アメリカ側にとってさらなる悪夢。
海軍芙蓉部隊83機
陸軍の特攻隊、直掩機合わせ312機…。
既に発進させた予備機合わせ、480機のアメリカ側戦闘機隊が迎撃に入る。
(しかし、あれらも70%超は墜とせるだろうが、完全阻止はできまい。)
スプルーアンスは内心で首を振る。
上陸船団の夥しい被害に加え、艦隊本体も熾烈な対空砲火に多数が落とされつつも、20機余りが突入、わが駆逐艦8隻大破、護衛空母3隻大破。
重巡2隻中破。
そして正規空母タイコンデロガ、応急修理を終えたばかりのエンタープライズ、そしてサラトガへ2機づつが命中。
特にエンタープライズでは甲板の3分の2が吹き飛ぶ大爆発で戦死者700人超え。
他の2空母もそれに迫るダメージで当面は再起不能…。
そこへ、今回を上回る新手…。
「血のアイアンフィスト」に次ぐ惨劇はもう避けられない。
そうなると考えるべきは…
私の事後のキャリアは二の次だ、兵力を半分以下にされても上陸を成功させ、バックナー将軍の部隊を救援すること…。
そして本国にありのままを報告し、沖縄での戦闘、いやこの戦争継続の可否を政治レベルの判断に委ねることだけだ…。
正午、鹿屋基地。
結局、直掩戦闘機も還ってこられたのは渡久地隊含め、32機。
野中少佐も雷撃で戦艦一隻にぶち当てたものの、無事だったのは彼の機体のみ。
皆、歴戦の勇士たちがやつれ切った顔で地上に降りた。
そんな中、渡久地は迎えに出た宇垣らと共に隊舎、司令部のある棟へと入っていく。
そして2時間後…。
「えっ、アメリカが講和を!!?」
渡久地隊も他のパイロット達も驚く。
無論それを目指して戦ってきたのだが、いざ現実の話となると…。
「ああ、複数のルートで、ドイツ占領の取り分巡ってアメリカとソ連がトラブって一時同士討ち、今も一触即発らしい。
で、前回と今回のこちらでの大損害にビビって、日本を満州朝鮮樺太の領有は認める形で講和、その代わり、こちらの国内に米軍がいくつか基地を確保するのを認める形で、自由主義連合に加われば良い。と言う話らしい。」
「つまり…実質勝ちと言うことじゃないですか!?」
浅尾の発言に、渡久地が頷き、パイロット達はどっと湧く。
「まぁ、遡って正午の時点で戦闘停止だ。
だが油断はするな。
まだソ連がこちら側で何するかわからねえ。
まぁ、頼むわ。」
え?
「あの、渡久地さんはどこかに?」
「おー!給油整備は済んだか?」
整備班員達が、渡久地の愛機の零戦21型を指し示し、敬礼した。
「よし、それじゃ、世話んなったな。」
「戦闘停止なのに…まさか…。」
根尾の問いに、渡久地は笑って手を振った。
「大丈夫だ、死ぬ気なんてさらさらねーよ。
永久にな。
ただ空に戻るだけ、当分飛び続けるわ。」
いや、そんな言ってる意味が…
根尾がさらに何か言いかけたところで、冨安がその肩に手を置く。
「じゃあしばしの別れだ。
みんなもう、無駄には死ぬな。
何をやってでも勝って生き残れ。
気が向いたら、また戻ってくるわ。」
栄エンジンが咆哮し、零戦は滑走態勢に入る。
「渡久地俊哉少尉に敬礼!」
野中五郎が号令し、宇垣纏をふくめた全員が応じた。
あの男は空から来た…
そしてまた、空に還るんだな…
…その夜、日本海軍の佐官級の高級参謀達が、あるものは事故死、またあるものは謎の自殺と、10名近く不審死を遂げるという事件が起こった。
何十年も歴史の暗部とされているその事件は、今日なお判明しているのは彼ら全員が、特攻作戦の具体案やそれ専用の兵器開発に深く関わっていた、という事だけである。
完結
時は来た。
鹿屋基地…。
集まりしは特攻用零戦、彗星合計212機。
護衛の零戦は183機。
まさに全国から燃料爆弾含めかき集めた。
海軍軍令部とギリギリまで折衝してどうにか動員まで持っていった宇垣纏の手腕。
だがそれも本人に言わせれば、散華した若者達が上げてくれたこれまでの戦果が、軍中央を後押ししてくれたが故、ということになる。
もうこの戦力の後は、大本営が言うところの「本土決戦用」に温存した機体と燃料しかない。
そして、2000馬力の高性能戦闘機紫電改を有していた筈の「精鋭」343航空隊は、なんとパイロット40余名のみが鹿屋に進出、かつて乗りこなしていた零戦52型で直掩、護衛任務につく。
紫電改はアメリカF6Fらと渡り合える高性能機。
しかし、航続距離が短く、喜界島周辺がギリギリの行動半径。護衛任務を完遂できない。
ならば、腕に覚え有りのベテランパイロット達に零戦で腕を存分に振るってもらおう…と渡久地、もとい宇垣が進言していたのである。
343空司令源田実は当然猛反発したが、軍令部中央から「では虎の子の紫電改を片道特攻で使うしかないが。」と言われてはどうしようもなかった。
そう、もうこれは、過去の慣例など無視して、全てを一撃に賭ける決戦なのだ。
大本営そのものが、いつの間にやらそう言う空気に染まっていた。
当然、陸軍の知覧基地も同等の航空戦力が出撃体制に入っている頃である。
「コンターック!」
この時期としては最大規模の日の丸の翼が、一斉にプロペラを回し始める。
まだ闇夜の中、全力で不慣れな特攻隊員を支援する為、サーチライト等が一斉に照射される。
直掩戦闘機隊も、3分の1程度の機体が尾部に特注の探照灯を付け、空中で特攻組がはぐれぬよう工夫を凝らす。
…さて、宇垣纏第5航空艦隊司令が、居並ぶ隊員たちへの訓示の為、壇上に上がった時。
ひとりの特攻隊員が進み出た。
「閣下!無礼は百も承知で、今日限りの命に免じて、お願いが御座います。」
制止しようとする参謀を下がらせ、宇垣が向き直る。
「良かろう。言ってみたまえ。」
「はい!特攻組の皆の思いを、閣下にも今後生き延びる皆さんにも知っていただきたいのです!」
周囲は軽くどよめく。
「あいわかった。君の官姓名は?」
「神崎正志少尉であります!」
「うむ。では神崎少尉。存分に、ここで語るが良い。」
「ありがとうございます!」
なんと宇垣は神崎に壇上の場を譲る。
神崎は、壇上に立ち、すうっと息を吸い開口一番こう言い放つ。
「皆様!!自分は、自分達は本当は死にたくないッッ!!」
どよっ。
「自分にも許嫁がおります。本当はそのまま結婚して彼女とずっと生きていたい。
自分だけじゃない。
女手ひとつで育ててくれた母親を置き去りにしたくない。
既に生まれたばかりの子供や妻も…。
大学で読んでいた好きな文学全集をまだ読み切っていない。
職業野球で名を馳せたい。
みんなみんな、それぞれの理由で心の底では死にたくない!
いくら考えても自分達の中でこの理不尽を割り切れない!
しかしながら『それでもなお、あえて。』
なのであります!
自分達が受けられるはずだった幸せも、それぞれの故郷、美しい山河、そしてそれの集大成のこの皇国があってのもの。
それだけはギリギリの所で理解しました。
だから、これからの未来、日本に生まれてくる子供達、自分達に続くより若い人達の当たり前の幸せの為、本音を押し殺して死にに行く。
そうすることに決めました!
やるからには必ず一人千殺の覚悟で参りますが、もし敵艦隊に刃が届かなかった時はお許しください!
では!征きます!」
全員が誰に言われるまでもなく一斉に特攻隊員達に向け敬礼する。
渡久地俊哉も例外でなく。
そして。
「よーくわかった安心しろ。
全員に花道作ってやるよ!」
「発進準備!」
「総員帽振れ!」
照らし出された滑走路を蹴り、恐らくは最後の荒鷲たちが、次々と微かに白み始めた空へ飛び立つ。
そして、早朝0600
アメリカ海軍の、艦砲射撃開始により幕を開ける、今次大戦最大規模の上陸作戦が敢行されようとしていた。
「揚陸艦、前進開始!」
ポイントは味方残存部隊に直面する日本軍側面…である。距離的に互いの合流も容易である。
しかし、沿岸部に日本陸軍らしき兵力はいない。故にアメリカの砲爆撃は沿岸部を一通り制圧すると、遠方の林に潜むと見られる日本軍へと大半は向けられる。
「よし上陸開始!GO!!」
前衛部隊が浅瀬に踏み出しかけた時。
まず揚陸艦。
そして沖合の輸送船が立て続けに爆発を起こす。
!!!???
「バカな!?」
沖合の旗艦インディアナで、スプルーアンス提督が叫ぶ。
「なんでカミカゼがここに居る!?
戦闘機隊は何をしている!呼び出せ!」
カーニー参謀長も怒鳴り声を上げざるを得ない。
事前のレーダーピケット艦の情報に基づき、当然戦闘機隊450機超を万全の体制で迎撃配置につけていたのだが…。
しかし…。
「(こいつらの腕は…)歪みねえな!」
そう歴戦のエース、ヘリントン少佐が呻くほどに、質量ともに劣勢な筈の日本の直掩零戦隊の技量と奮迅が凄まじかった!
「特攻組を全機通す気迫でいけ!」
343空所属の鴛渕孝大尉が檄を飛ばす。
なんやかや全海軍戦闘機隊の精鋭が8割がた、ここに揃っていたのだ。
渡久地隊も当然彼らを2段階上回る技量で、時に中堅指揮官機を、または肝心の特攻組に突っ掛かりつつある敵機の頭を押さえ、最大限の効率で葬っていく。
渡久地は例によって戦場空域全体を俯瞰したかのように、綻びかけた場所にピンポイントで部下を配置し直す。
「やるじゃない根尾少尉殿。
さすが渡久地さん以外でのスコア1番なだけはある、医者にしておくには勿体無いなー。」
「またまた都築さん、何機も差はないでしょ。
それにウチは先祖代々ですから!継がないわけにはいかないっと!」
そんな会話をしながら、彼らは20ミリ弾数発で的確にF6F、F4Uのコクピットや急所を射抜いていく。
「基本に立ち帰れ、高度と速度の優位を活かせ!ドッグファイトに付き合うな!」
ヘリントンはじめ各隊のアメリカ戦闘機隊指揮官は声を枯らすが、例えば数の優位で特攻機迎撃組を分離してカミカゼ狩り…と言う展開すらこいつらは容易に許してくれない。
そして結局…特攻組は160機余りがアメリカ艦隊、上陸船団に突入成功してしまう。
揚陸艦、輸送船、そして艦隊のピケット駆逐艦が瞬く間に10隻以上爆発炎上する。
別働隊の地上支援で、投弾を終えたアメリカ戦闘機隊が、味方の対空砲火エリアに踏み込んでまで阻止攻撃をかける。
それでまた犠牲を出しつつも、大まかに対第3艦隊と上陸輸送船団狙いに分かれ、手当たり次第に彼らは突入散華していく。
輸送船、揚陸艦がまた、多くの兵士を乗せた状態で砲撃を受け、次々と火柱を上げる。
時に食糧、さらには弾薬砲弾を満載した艦が突入を受け派手に爆発する。
さらにアメリカの陸海軍の兵に動揺を広げる。
それでも1万を超える兵力が海岸に上陸したが。
「海を見るな!林の中で中隊、ないしは小隊単位で集合する!それまで突っ走れ!」
尉官クラスの誰かが声を張るが、その頭上に…。
あの神崎少尉の零戦がいた。
既に右翼の燃料タンクが燃え上がり、目標は選んでいられない。だが、こいつらのど真ん中になら…。
「純子さん、結婚式はカトリックの教会で…戦争が終わればもう自由になるだろうしな。
天皇陛下、ばんざい!」
アメリカ海兵隊員がひしめく只中に突入、爆風と炎が彼らを押し包む。
断末魔の光景と悲鳴に、パニックを起こすものも。
(ありがたいことだ。陸軍の情報…『マッカーサー参謀』殿。
あんた達が正確にアメリカの上陸時間を割り出してくれたおかげで、こうして完璧なタイミングで強襲することができた。)
渡久地は後方に警戒の目を配りつつも、敵地上部隊や揚陸艦等に機銃掃射を行い、さらなる出血を強いる。
後方からいつの間にか合流した冨安少尉もそれに倣う。
視界の隅に、また一隻乗り合わせた兵士ごと火だるまになる敵輸送船。
(渡久地よ…お前さんが俺たちに毎晩聴かせていたアレ、ようやく恩師の友人の学者が結論を出してくれたぜ。
まさかあんな古代言語とはな。
お前はどこから来て、どこに行くのか…。)
「冨安!そして渡久地隊全員!
長居は無用。帰るぞ。」
「「了解!!」」
彼らの腕なら敵索敵、防空網の穴を掻い潜って生還するのは、最早朝メシ前になっていた。
そして…アメリカ側にとってさらなる悪夢。
海軍芙蓉部隊83機
陸軍の特攻隊、直掩機合わせ312機…。
既に発進させた予備機合わせ、480機のアメリカ側戦闘機隊が迎撃に入る。
(しかし、あれらも70%超は墜とせるだろうが、完全阻止はできまい。)
スプルーアンスは内心で首を振る。
上陸船団の夥しい被害に加え、艦隊本体も熾烈な対空砲火に多数が落とされつつも、20機余りが突入、わが駆逐艦8隻大破、護衛空母3隻大破。
重巡2隻中破。
そして正規空母タイコンデロガ、応急修理を終えたばかりのエンタープライズ、そしてサラトガへ2機づつが命中。
特にエンタープライズでは甲板の3分の2が吹き飛ぶ大爆発で戦死者700人超え。
他の2空母もそれに迫るダメージで当面は再起不能…。
そこへ、今回を上回る新手…。
「血のアイアンフィスト」に次ぐ惨劇はもう避けられない。
そうなると考えるべきは…
私の事後のキャリアは二の次だ、兵力を半分以下にされても上陸を成功させ、バックナー将軍の部隊を救援すること…。
そして本国にありのままを報告し、沖縄での戦闘、いやこの戦争継続の可否を政治レベルの判断に委ねることだけだ…。
正午、鹿屋基地。
結局、直掩戦闘機も還ってこられたのは渡久地隊含め、32機。
野中少佐も雷撃で戦艦一隻にぶち当てたものの、無事だったのは彼の機体のみ。
皆、歴戦の勇士たちがやつれ切った顔で地上に降りた。
そんな中、渡久地は迎えに出た宇垣らと共に隊舎、司令部のある棟へと入っていく。
そして2時間後…。
「えっ、アメリカが講和を!!?」
渡久地隊も他のパイロット達も驚く。
無論それを目指して戦ってきたのだが、いざ現実の話となると…。
「ああ、複数のルートで、ドイツ占領の取り分巡ってアメリカとソ連がトラブって一時同士討ち、今も一触即発らしい。
で、前回と今回のこちらでの大損害にビビって、日本を満州朝鮮樺太の領有は認める形で講和、その代わり、こちらの国内に米軍がいくつか基地を確保するのを認める形で、自由主義連合に加われば良い。と言う話らしい。」
「つまり…実質勝ちと言うことじゃないですか!?」
浅尾の発言に、渡久地が頷き、パイロット達はどっと湧く。
「まぁ、遡って正午の時点で戦闘停止だ。
だが油断はするな。
まだソ連がこちら側で何するかわからねえ。
まぁ、頼むわ。」
え?
「あの、渡久地さんはどこかに?」
「おー!給油整備は済んだか?」
整備班員達が、渡久地の愛機の零戦21型を指し示し、敬礼した。
「よし、それじゃ、世話んなったな。」
「戦闘停止なのに…まさか…。」
根尾の問いに、渡久地は笑って手を振った。
「大丈夫だ、死ぬ気なんてさらさらねーよ。
永久にな。
ただ空に戻るだけ、当分飛び続けるわ。」
いや、そんな言ってる意味が…
根尾がさらに何か言いかけたところで、冨安がその肩に手を置く。
「じゃあしばしの別れだ。
みんなもう、無駄には死ぬな。
何をやってでも勝って生き残れ。
気が向いたら、また戻ってくるわ。」
栄エンジンが咆哮し、零戦は滑走態勢に入る。
「渡久地俊哉少尉に敬礼!」
野中五郎が号令し、宇垣纏をふくめた全員が応じた。
あの男は空から来た…
そしてまた、空に還るんだな…
…その夜、日本海軍の佐官級の高級参謀達が、あるものは事故死、またあるものは謎の自殺と、10名近く不審死を遂げるという事件が起こった。
何十年も歴史の暗部とされているその事件は、今日なお判明しているのは彼ら全員が、特攻作戦の具体案やそれ専用の兵器開発に深く関わっていた、という事だけである。
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Sieg Heil(勝利万歳!)
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
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渡久地はやっぱ某野球漫画の人のオマージュですよね?
そのつもりでしたが、多少相違も出てきそうです苦笑
作品読ませていただきました。
渡久地さんが格好良すぎて驚きです。
それに、彼に教えを願い出た7名の人の成長がすさまじいです!!
今後の展開が非常に気になります!
遅くなりすみません。
ありがとうございます。
今後さらに彼らは少しずつ、確実に戦局を変えていく、いやいけるのか?
ご期待ください。
ただ・・・涙です。
同感です
常に合掌しつつ書ききりたいですね。