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勝利を
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宇垣は取り急ぎ、渡久地を司令官室に呼び出した。
一応、敬礼をして入ってきたが…。
「きさま…!長官に許可も得ずソファに…。
雲の上の方相手にどう言う…。
あーっ!しかもタバコ…!」
渡久地に掴みかかろうとする副官を、宇垣は制した。
「そ奴に関しては好きにさせてやれ。
少なくとも尋常の者ではないことはよくワカったのでな。」
「はっ、はぁ…」
「で、渡久地少尉…。
まず根本的な疑問。
何故特攻死を拒否した?」
「…まぁ、どう見ても日本海軍、日本にとって大きな損失だからね。」
「ふ…大きく出たな。
その腕はどこで磨いた?」
「ああ、ガキの頃…死んだオヤジが出ていたサーカス飛行…たまに代わってやっていたから。…今言えるのはそのくらいかな?」
「なる…ほど…。」
しかし、例えば彗星のような爆撃機でなく、旧式の戦闘機零戦21型であの離れ技をやってのける、あの人外の域の腕の裏付けにはいささか弱い。
だが今は過去に関しては踏み込まないでおこう。
「しかし如何に戦果を上げようが貴様が重大な命令違反を犯した事は本来無視できない。
軍法会議ものだ。でなければ示しと言うものがつかない。
…故に、正式には貴様は戦死扱いとする。
戸籍上、存在しない人間だ。」
「ああ、多分そう成ると思ってた。
別に構わないよ?」
…。
「当然…貴様…いや渡久地には特攻以外の、具体的には特攻機を護る直掩戦闘機としての任務をこなしてもらう。
異存はないな。」
「はーい。
まぁ当分はそれでいい。」
「当分…か。
なぁ渡久地よ。君は…。」
なんとも不可思議なことに、自分でも驚くほど、宇垣はくだけた態度になっていた。
「究極の所、この戦を生き延びることを選択して、何を望む?
撃墜王か何かの名声か?戦の行く末に関係なく、自分自身は負けなかったという誇りか?」
「負けない、じゃねえな、勝つんだよ。
俺だけ一人は、とかでなく。
俺が日本人であるって事はあまり気に食わないが消せない事実。
だから日本という国が勝つ事だよ。
だってそう思ってあんたら無謀とわかって戦争始めたんだろ?」
「…………!!」
宇垣も参謀長も副官も、雷に打たれたように数秒固まってしまう。
「大和魂とか民族のどうこうとか、観念の話はいらない。
だが戦争を始めたからには絶対に勝つのが国を動かす奴に課せられた責任だろ?」
「貴様、いくらなんでも…言わせておけば!」
立場上怒鳴らねばと思ったのか、横井参謀長が一歩踏み出したところを、宇垣が目で制する。
「なんかさ…戦局がヤバくなってから、あんた方一撃講和とか言って、勝てないまでも国を潰されるのは勘弁してもらえるくらいのダメージを敵に与えよう。その為に特攻を繰り出せばなんとか被害拡大してアメリカがビビって手打ちにしてくれるだろう。
そんな風に考えていないか?
安易なんだよ。
向こうは戦って、もっと言えば邪魔な奴らは女子供関係なく殺しまくって平然としてるような国だぜ?
B29の空襲を見ればわかるだろ?
一撃与えるといってまともなビジョンもない
。
あんた方に特攻を止める権限は無いにせよ、そんな甘々な考えの中でやってるなら突っ込んでいく連中が浮かばれねえぜ?」
「では…どうせよと?」
「そうだな…まずはゴールを決めないと。
国体護持?
最初からギリギリの線を前提にしちゃだめだろ。
開戦前…満州も含めた大陸の土地をある程度保持。
これ位を飲ませるつもりでいかなきゃな。」
息を呑む渡久地以外の3名。
「…で、どうすりゃ奴らが国民の世論にも押されて対等の講和に応じるかってなら…。
具体的な戦術的条件は…
艦や飛行機ってよりまず、人的損害だな。
とにかくぶっ殺しまくること。
最低限2桁万。
100万人に目標設定してもいい。
台湾か沖縄か九州か、次どこに来るにせよだ。
そこら辺のラインに行けば、戦争国家となったアメリカも政治的軍事的に立ち往生してしまう。
なんせあいつらにはドイツと日本を潰したら、その後ソ連と張り合わなければならないという縛りがあるからな…。」
う、ううむ…。
あまりにも普段の自分達の思考を突き抜けた言葉に、1分弱程立ち尽くしてしまう一同。
「御高説はよく分かった。
しかし何を目指すにせよ、貴様は明日特攻の直掩として任務完遂せねばならん。
出来ないようなら全て絵に描いた餅だぞ。」
宇垣の言葉に、渡久地は2本目のタバコを吹かしながら頷く。
「まぁ…行けると思うよ。特攻機の3分の2は、敵艦隊に辿りつけるくらいには。
命中率は運否天賦だけどね。」
はたして、翌日3月19日…早朝8時。
宮崎沖。
「こちらVF334!敵編隊を視認!約80機。恐らくカミカゼ(特攻機)込みだ!これより邀撃する!」
アメリカ機動部隊、F6Fヘルキャット108機。
本来空母機動部隊は日本の呉軍港を全力で叩くつもりであったが、思わぬバンカーヒルの被害により、九州、鹿児島方面の敵基地を潰すべく、一部を分派したのである。
先手を形式上取られたが、なんの問題もない。
指揮官クレメンス少佐は舌なめずりした。
質量ともにこちらが圧倒的優位…。
実際護衛のゼロ達は脆くも墜とされていき、あとは危険なカミカゼの群れを。
クレメンスは自ら一機の零戦に照準を絞る。
ただでさえ非力で脆弱な機体に250Kg爆弾。七面鳥撃ちにしてやるぜ…。
照準を定め、トリガーを…。
!!??
消えた!?
バカな!?そんな急激な機動が!
気づけばそいつは後ろにいて、しかも連続発射音…。
(こいつ、ハナから爆弾なんか…)
それがクレメンス最期の思考となった。
一応、敬礼をして入ってきたが…。
「きさま…!長官に許可も得ずソファに…。
雲の上の方相手にどう言う…。
あーっ!しかもタバコ…!」
渡久地に掴みかかろうとする副官を、宇垣は制した。
「そ奴に関しては好きにさせてやれ。
少なくとも尋常の者ではないことはよくワカったのでな。」
「はっ、はぁ…」
「で、渡久地少尉…。
まず根本的な疑問。
何故特攻死を拒否した?」
「…まぁ、どう見ても日本海軍、日本にとって大きな損失だからね。」
「ふ…大きく出たな。
その腕はどこで磨いた?」
「ああ、ガキの頃…死んだオヤジが出ていたサーカス飛行…たまに代わってやっていたから。…今言えるのはそのくらいかな?」
「なる…ほど…。」
しかし、例えば彗星のような爆撃機でなく、旧式の戦闘機零戦21型であの離れ技をやってのける、あの人外の域の腕の裏付けにはいささか弱い。
だが今は過去に関しては踏み込まないでおこう。
「しかし如何に戦果を上げようが貴様が重大な命令違反を犯した事は本来無視できない。
軍法会議ものだ。でなければ示しと言うものがつかない。
…故に、正式には貴様は戦死扱いとする。
戸籍上、存在しない人間だ。」
「ああ、多分そう成ると思ってた。
別に構わないよ?」
…。
「当然…貴様…いや渡久地には特攻以外の、具体的には特攻機を護る直掩戦闘機としての任務をこなしてもらう。
異存はないな。」
「はーい。
まぁ当分はそれでいい。」
「当分…か。
なぁ渡久地よ。君は…。」
なんとも不可思議なことに、自分でも驚くほど、宇垣はくだけた態度になっていた。
「究極の所、この戦を生き延びることを選択して、何を望む?
撃墜王か何かの名声か?戦の行く末に関係なく、自分自身は負けなかったという誇りか?」
「負けない、じゃねえな、勝つんだよ。
俺だけ一人は、とかでなく。
俺が日本人であるって事はあまり気に食わないが消せない事実。
だから日本という国が勝つ事だよ。
だってそう思ってあんたら無謀とわかって戦争始めたんだろ?」
「…………!!」
宇垣も参謀長も副官も、雷に打たれたように数秒固まってしまう。
「大和魂とか民族のどうこうとか、観念の話はいらない。
だが戦争を始めたからには絶対に勝つのが国を動かす奴に課せられた責任だろ?」
「貴様、いくらなんでも…言わせておけば!」
立場上怒鳴らねばと思ったのか、横井参謀長が一歩踏み出したところを、宇垣が目で制する。
「なんかさ…戦局がヤバくなってから、あんた方一撃講和とか言って、勝てないまでも国を潰されるのは勘弁してもらえるくらいのダメージを敵に与えよう。その為に特攻を繰り出せばなんとか被害拡大してアメリカがビビって手打ちにしてくれるだろう。
そんな風に考えていないか?
安易なんだよ。
向こうは戦って、もっと言えば邪魔な奴らは女子供関係なく殺しまくって平然としてるような国だぜ?
B29の空襲を見ればわかるだろ?
一撃与えるといってまともなビジョンもない
。
あんた方に特攻を止める権限は無いにせよ、そんな甘々な考えの中でやってるなら突っ込んでいく連中が浮かばれねえぜ?」
「では…どうせよと?」
「そうだな…まずはゴールを決めないと。
国体護持?
最初からギリギリの線を前提にしちゃだめだろ。
開戦前…満州も含めた大陸の土地をある程度保持。
これ位を飲ませるつもりでいかなきゃな。」
息を呑む渡久地以外の3名。
「…で、どうすりゃ奴らが国民の世論にも押されて対等の講和に応じるかってなら…。
具体的な戦術的条件は…
艦や飛行機ってよりまず、人的損害だな。
とにかくぶっ殺しまくること。
最低限2桁万。
100万人に目標設定してもいい。
台湾か沖縄か九州か、次どこに来るにせよだ。
そこら辺のラインに行けば、戦争国家となったアメリカも政治的軍事的に立ち往生してしまう。
なんせあいつらにはドイツと日本を潰したら、その後ソ連と張り合わなければならないという縛りがあるからな…。」
う、ううむ…。
あまりにも普段の自分達の思考を突き抜けた言葉に、1分弱程立ち尽くしてしまう一同。
「御高説はよく分かった。
しかし何を目指すにせよ、貴様は明日特攻の直掩として任務完遂せねばならん。
出来ないようなら全て絵に描いた餅だぞ。」
宇垣の言葉に、渡久地は2本目のタバコを吹かしながら頷く。
「まぁ…行けると思うよ。特攻機の3分の2は、敵艦隊に辿りつけるくらいには。
命中率は運否天賦だけどね。」
はたして、翌日3月19日…早朝8時。
宮崎沖。
「こちらVF334!敵編隊を視認!約80機。恐らくカミカゼ(特攻機)込みだ!これより邀撃する!」
アメリカ機動部隊、F6Fヘルキャット108機。
本来空母機動部隊は日本の呉軍港を全力で叩くつもりであったが、思わぬバンカーヒルの被害により、九州、鹿児島方面の敵基地を潰すべく、一部を分派したのである。
先手を形式上取られたが、なんの問題もない。
指揮官クレメンス少佐は舌なめずりした。
質量ともにこちらが圧倒的優位…。
実際護衛のゼロ達は脆くも墜とされていき、あとは危険なカミカゼの群れを。
クレメンスは自ら一機の零戦に照準を絞る。
ただでさえ非力で脆弱な機体に250Kg爆弾。七面鳥撃ちにしてやるぜ…。
照準を定め、トリガーを…。
!!??
消えた!?
バカな!?そんな急激な機動が!
気づけばそいつは後ろにいて、しかも連続発射音…。
(こいつ、ハナから爆弾なんか…)
それがクレメンス最期の思考となった。
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