上 下
28 / 38

【27】開港祝賀会(ジュスティアーノ視点)

しおりを挟む
   
海に接するブレッサン領の海岸のうち、小さな浜がある他は岩ばかりの場所を切り拓いて大きな港を作った。
ブレッサン公爵は、いち早く我がロンバルディスタ王国の『海上交通路戦略』の弱さに着目していた。
ロンバルディスタ王国には大型船が接岸できる港が少なく、他国から水や食料の補給港としての役割を求められてもなかなか応じられなかった。
応じられないということは、我が国がそれを他国に求める場合、莫大な費用がかかるということだ。その為、他国からの輸入に頼らざるを得ないものは高騰する。

ブレッサン公爵は、十余年もの年月をかけて大型港を造った。
物資が輸送できる港からは軍隊をも送り出すことができる──。
ブレッサン公爵はそれを見越して、新港からほど近い場所に軍事施設も作った。領地に海岸を持つ領主は皆、そこから他国に攻め入れられる危険を常に念頭に置いている。
アルマンドは、そうした事業に奔走する父ブレッサン公爵の背中を見て育ったのだ。


港があるブレッサン領カルテリ市の市庁舎は、ロンバルディスタ王国内で最古の三階建て建造物として有名だ。
開港祝賀会は、その市庁舎で行われることになった。
祝賀会の時間までアルマンドの従者に案内されて、その歴史的建造物を見て回るのを愉しんだ。
今はカルテリ市庁舎として使われているが、当時の王妃殿下専用の別邸として贅を尽くして王が建てたという。
気候と海が穏やかなこの地に、年に数日滞在するためだけの建物にしてはとても豪奢だ。
肌理きめの細かい白い石が、優美に加工されて使われている。
高い天井のホールの壁に嵌め込まれたステンドグラスも一枚一枚違っていて、当時の王妃殿下一人の為にどれほどの税が使われたのかとため息を漏らした。


このところ、気持ちが晴れない日々が続いていた。
ヴィオランテのことを考えると鬱屈したものから解放されることはないが、アルマンドやイラリオやレティーツィアと話しができてからは気持ちがラクになった。
ゆっくりでも前へ進んでいると感じられるだけでずいぶん違う。
身支度を整えて改めてホールへと向かった。

***

ホールに多くの人が集まっているのを、貴賓室を出た回廊から見下ろす。
新しい港が開港される記念祝賀会とあって、女性たちは海をイメージした青いドレスを纏っていた。
こうして見ると、ひと口に青色と言ってもさまざまな色があるものだと感心する。
俺は縁取りに青を取り入れた銀色のフロックコートを用意した。

アルマンドたちと話をしていると、そこへレティーツィアがやってきた。
白を混ぜていない、はっきりとした発色の青いドレスを着ている。
シャンデリアの灯りを受けてレティーツィアが動くと艶やかな生地が波打ち、ドレスが光っているように見える。あまり開いていない胸元の、首飾りのダイヤが飾りの少ないシンプルなドレスの青を引き立てていた。
思わず見惚れてしまい、すぐに声を掛けることができなかった。

「レティーツィア、綺麗だ」

先にアルマンドが紳士の嗜みを口にした。

「ありがとう、アルマンドも白いコートが素敵よ。レナータ様のご趣味が素晴らしいわ! レナータ様のドレスもとても素敵ですわ。裾のほうが白くなっていて打ち寄せる波のようで……」

レティーツィアはアルマンドの奥方のドレスに目を輝かせていた。

「レティーツィア、今日は一段と美しいな。鮮やかな青いドレスがとても似合っている」

出遅れてしまったが、レティーツィアに声を掛けた。

「お褒めの言葉ありがとうございます。ジュスティアーノ殿下におかれましては、今日もとても麗しく……」

「そうやって二人が並ぶと、まるでレティが殿下の瞳の色をまとっているようでお似合いだよ」

「イラリオ待って、今日は誰もが青いドレスなのよ。変なことを言わないで……えっ……?」

思いもよらないイラリオの言葉に、カッと顔が熱くなる。
レティーツィアが驚いた顔でこちらを見た。
収拾をつけろと、内なる自分に怒鳴られる。

「自分の瞳の色のドレスを纏う女性ばかりが集まっている光景、なかなか壮観だ」

大袈裟な手ぶりで、階下のホールを見下ろす。

「ハーレムの中心にいる王様気分か、まったく羨ましい」

アルマンドが少しも羨ましそうではない表情を作って言うと、レティーツィアが笑う。

「あれだけ女性がいるなら私の順番札は百番くらいかしら。しばらく熟睡できそうで良かったわ。ではカルテリ市長に挨拶してきますね。レナータ様、よろしくお願いします」

レティーツィアが微笑みを残して、アルマンドの奥方と一緒にゆっくりと階段を降りて行くのを見送る。


「……申し訳ない。このところの自分は失言ばかりだ」

「その謝罪は俺には要らないから、後でレティーツィアに届けるといい」

そう言うと、イラリオはアルマンドに軽く小突かれた。
自分たち以外に誰もいない場所でのやり取りであるとはいえ、イラリオの言葉に顔色を変えてしまった俺が悪かった。
自分が求めている女性がレティーツィアだったと気づいてから、ふとした時に心の蓋が外れてしまう。
幼少時から『その場で求められている顔を意識しろ』、そう言われ続けて自分はうまくやれていると思っていたのに。

公爵家の嫡子であるのは同じだが、妹が二人いるヴィオランテと違いレティーツィアは一人子だ。
ヴィオランテは公爵家の嫡子として学んできたことを『そう流れる舟に任せただけ』と言ったが、レティーツィアは自分で櫓を持ち公爵家を継ぐべく漕いでいるように思える。
それを止めることなどできやしないのだ。
俺ができることは、川を漕ぎ進むレティーツィアが水に濡れたらハンカチを差し出すことくらいだ。もしくは岩の少ない流れになるよう、第一王子として手入れをすることか。

いずれにせよ、俺の行く川とレティーツィアの川は違っている。
揺らめくシャンデリアの灯りの中、階下の人波の中のレティーツィアの背中を目で追う。胸の奥で蠢く何かをきっちりと蓋で押さえつけて、俺も階段を降りていった。

***

「ようこそ、ブレッサン領に新しく開かれた、カルテリ港の開港祝賀会にお集まりいただきました。このカルテリ港は、大型船舶も寄港できる港として我がロンバルディスタ王国随一の港となりましょう。この港から、我がロンバルディスタ王国がさらに発展していくことを祈念して作られた歌を、子供たちが披露いたします。どうぞ可愛らしい子供たちの歌声をお聴きください」

ブレッサン公爵が挨拶をすると、紹介された子供たちがホールの中央に並んだ。
三歳くらいから十歳くらいまでの男女の子供が、揃いのローブを着ている。
小さな台の上で指揮をするのは、一番小さい男の子だ。

その子の姿に、病によって三歳の誕生日を目前に亡くなった一番下の弟カルジェーロのことを思い出す。
記憶の中のカルジェーロは、ちょうどあの男の子と同じくらいの背格好だった。
俺を見つけると『にーちゃ!』と抱き着いてきたカルジェーロ。
ベルナルドが『兄様』と俺を呼ぶのを真似していたが、上手く言えないまま亡くなってしまった。

指揮者の男の子は台の上で、教えられたとおりにお辞儀をした。
その可愛らしい姿に、ホールの中に温かいざわめきが広がる。
下げた頭を戻す時に危なっかしくふらついたのを、近くに居た俺は咄嗟に支えた。

「いい子だ。だが台の上は危ないから気をつけよう」

そう小声で言うと、男の子は『はい!』と大声で応え、また温かい笑いがさざなみのように広がる。
もう一度お辞儀をした指揮者の男の子に指揮棒を渡す役を終えて、俺は少し下がった。

──その時だった。

ホールの中央にある、一番大きなシャンデリアが作る影が動いた。
見上げると、シャンデリアが大きく揺れ、俺は咄嗟に台の上の男の子を抱き取って伏せた。
ホールに響いた悲鳴と怒号と共に、衝撃が俺に降り注ぐ。
耳を貫くような音、頭に受けた熱、そして肩や背中を斬られたような激痛──



……レティーツィアが俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そこで意識が途絶えた──



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

あなたが私を捨てた夏

豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。 幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。 ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。 ──彼は今、恋に落ちたのです。 なろう様でも公開中です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

処理中です...