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【23】久しぶりの湯浴みと化粧
しおりを挟む本当に久しぶりに湯に浸かっている。
伯爵家に居た頃にリュディーヌが好んでいた、オレンジの香りがするオリーブ油の石鹸を用意してくれていた。その香りに包まれ、全身がほどけていくのが心地いい。
「懐かしい香りがするわ。懐かしいだなんて、それほど前のことでもないのにおかしいわね」
「お屋敷の物を処分した時に、リュディーヌお嬢様の細かい物をホルス様がまとめて保管してくださいました」
「そうだったのね。簡単に言ってしまえることではないわね。とても面倒で大変だったと思うわ……」
自分の机の引き出しやクローゼットの物などは自分でまとめたが、自室には無い湯浴みの道具までは気が回らなかった。
「アルフ様が、私たちそれぞれの居場所を調べてここの仕事を与えてくださいました。
もう一度リュディーヌお嬢様と一緒に暮らせることを夢見ていましたから、本当に嬉しくて……」
「……私も本当に夢を見ているようだわ」
「やはり私はお嬢様を磨き上げることが一番の喜びです。さあ、御髪に香油をもみ込みますよ」
「そこまでしてくれなくていいの。今日は汚れが落とせればそれで」
「いえ!」
ネリアは張り切って、男性のように短く切り揃えた髪に香油をもみ込んでくれて、手触りだけでも柔らかくなった。
熱い湯が足され、ネリアが下がってしばらくぼんやりと湯に浸かりながら、いろいろなことを考えた。
シルヴェストル殿下……もうすぐ殿下という敬称が付かない身分になるとおっしゃっていた。王籍から離脱なさるのだろうか。
そんな殿下に結婚を申し込まれたことが現実とは思えないでいる。
この国の第一王子で、とても優秀なお方だと遍く知られていた。優秀なのに驕ったところがなく、常に先を読んで行動していると。
そんなお方が、妹が他者を死に至らしめて毒杯を受け、両親が自死をして伯爵家が消えた家の私と結婚……。
そもそも私は孤児院に捨てられていた子供だったのだ。
あまりにも身分が違い過ぎて、本人である自分でさえそんな選択は間違っていると止めたくなる。
気持ちのままに『はい』と簡単にお受けすることなど、到底できる話ではなかった。
その手を取ってここで幸せに暮らしたとして、それがいつまで続くだろうか。
その優しい手が、いつかご自分が手放した物を一つずつ数え始め、十指が折られさらにすべて開かれた時にその手から零れ落ちたものを思う……。
お優しい殿下はこの選択が間違っていたと気づいても、私にそれと悟られないように変わらない笑顔を見せるだろう。
私は耐えられるだろうか。
幸せは、知らなければ失うこともないのだ。
灯りの窓の向こうのごちそうも、その味を知らなければただの絵であるのと同じように……。
リュディーヌはネリアが用意してくれたワンピースに着替えた。
久しぶりのワンピースは、明るいグレーに紺色の細いリボンが控えめにあしらわれた柔らかい素材のものだった。
髪を切ってから、一度も化粧をしていなかった。
アルドワン伯爵家があんなことになってから、装うことなど不謹慎だと思っていたのだ。
ネリアはリュディーヌが違和感を覚えないように、薄化粧を施す。
血色が良く見える頬紅を薄く丸く載せ、輪郭をぼかして口紅を軽く塗った。まつ毛の生え際だけに薄いグレーのシャドウを点々と置くようにすると淡い紫色の瞳が際立ち、美しくも可憐な令嬢という雰囲気になった。
「お嬢様、とてもお綺麗です! 簡単な昼食会ということで、もう皆さまダイニングにお集まりになっています。暗くなる前にアルフ様が灯台に向かわれるためだそうです」
「分かったわ、ネリアありがとう」
ネリアの後に続いてダイニングに入ると、シルヴェストルもアルフも着席していた。
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