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【22】僕と結婚してもらえませんか
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「殿下、お茶が入ったようです。それから、今、湯を沸かしています。お茶を飲んでいただいている間にリュディーヌ嬢の湯浴みの準備が整うと思いますので」
アルフ様がそう言って下がると、ネリアがお茶を淹れてくれている。この後湯浴みができるなんてとてもありがたい……。
エディットのことがあってからゆっくりネリアにお茶を淹れてもらうことは無かったので、とても久しぶりだ。
可愛らしいブルーの花柄のティーセットは新しい物のようで、お揃いの小さなスクエアプレートに、フルーツを載せた生菓子があった。ダンの手作りだろうか……なんて美味しそうなのだろう……。砂漠でオアシスを見つけた旅人のような心持ちで皿をみつめる。
「ではお嬢様、湯浴みの準備が整いましたらお声をお掛けします」
ネリアが下がり、日当たりの良いサロンの窓際に、シルヴェストル殿下と二人きりだ。
「まずは茶と菓子を頂こう。それからゆっくり話をしたい。いくらでも時間はある」
「でも、日没までに灯台に戻って灯りを点さなくてはなりません」
「今夜はアルフが一晩中灯りを守ってくれることになっているから、安心していいよ。明日は僕も行く」
「私はどうすればいいのでしょうか」
「まずは少し休んで欲しい。灯台へ行くのは体力が回復してから頼みたい」
シルヴェストル殿下が綺麗な所作でケーキを召し上がっているのを見て、私も慌ててフォークを入れる。生クリームの甘さと口どけ感を確かめると、涙が浮かびそうになって堪える。
「リュディーヌ嬢?」
「……いえ、あの……美味しくて……」
「そうか……本当に、あの環境に君を一人にしていたことは許されないことだった」
シルヴェストルは言葉にしなかったが、アルドワン伯爵邸で会った時も細かったのに、さらに痩せてしまったリュディーヌに心を痛めていた。
リュディーヌがとても美味しそうに、そして大事そうにケーキを食べている様子も胸が痛んだ。
「二杯目の茶は僕が淹れよう」
シルヴェストルは立ち上がり、ポットに湯を入れる。
リュディーヌは第一王子殿下にお茶を淹れさせてしまっていることに、どうすればいいのか分からないでいる。そんなリュディーヌの心の内に気づくことなく、シルヴェストルは新たな茶をリュディーヌのカップに注ぎ、静かに差し出した。
「リュディーヌ・アルドワン嬢、あなたの大切な名前を呼ぶことを許して欲しい」
「第一王子殿下、ですが、その名前はもう……」
「僕は、あなたに恋をしている。初めて会った時に、僕の世界にリュディーヌ・アルドワンという光が注がれたんだ。
僕は『第一王子』というその地位を、自分の幸せのために擲った。灯台守として、この地にやってきたんだ」
「第一王子という地位を……どうして、そのような……」
「今はただのシルヴェストルとして、ここに居る」
シルヴェストルはこれまでの話をゆっくりとリュディーヌに伝えた。
父である国王陛下に、第一王子としてのすべてを擲つことに決めてしまったと伝えたこと、王太子に弟のエヴァリストを推したこと、その婚約者として弟と密かに想い合っていた自分の婚約者だったナデージュを推したこと、二人に自分の愚かな行動を許してもらえたこと……。
父である陛下からは、灯台守として蝋燭に代わる灯りを他国の技術を学んで取り入れることを命じられたこと、アルドワン伯爵が持っていた子爵の爵位をリュディーヌに返す形でこの王領地を子爵領とすること……。
そこで言葉を区切り、シルヴェストルは姿勢を正して静かに言った。
「リュディーヌ・アルドワン嬢、僕と結婚してもらえませんか」
リュディーヌをみつめるその瞳は、穏やかな朝の海のように凪いでいた。
湖ではなく、海だ。
海が穏やかに見えてもそれだけではないことを、リュディーヌは灯台から毎日海ばかりを見ていたのでよく知っている。
今は凪いで見えるシルヴェストル殿下の瞳だけれど、この穏やかな朝を迎える前は暗闇だったはずだ。それを綺麗に隠して、凪いだ海面の穏やかさで自分をみつめる強さと優しさが、胸の中に沁みてくるようだった。
「……私と、結婚……ですか。何も無い、私と……」
「僕は、今は何も持っていないあなたのその手に、たくさんの幸せや喜びを手渡して生きていきたいと思っている。それに僕だってもう何も持っていないよ」
「でも、誰もお許しにはならないのでは……」
「あまりにも突然の話で、きっと混乱していることだと思う。結婚の申し込みの返事は、今すぐではなくて構わない。
まずは僕のことを知ってもらいたいと思っている。この家で、一緒に暮らしてもいいだろうか。もちろんリュディーヌ嬢の部屋を訪れたりしない。
家族のように、ホルスやアルフ、ネリアと五人で暮らしていければと思っている。
その中でここから灯台に通っていきたい。リュディーヌ嬢と共に、灯台の灯りを守りたいんだ」
「殿下と、家族のように、ですか……」
「その、『殿下』という呼び方なのだが、近いうちに殿下という敬称のつく身分ではなくなるので、できれば名前で呼んでもらえればありがたい」
「……なんとお呼びすればよろしいのでしょうか」
「では、シルウィと……」
「シルウィ様、ですか?」
「……うん。ありがとう……なんていうか、すごいな、うん。
リュディーヌ嬢の声でそう呼ばれただけで、胸の音が家の外にまで聞こえるのではないかと……」
「わたくしには、聞こえていませんけれども……」
「そうなのか!? こんなにうるさいというのに?」
「……あの、わたくしの胸の音はどうでしょうか、聞こえておりますか……わたくしの音もとてもうるさいのですが……そのせいで、殿下……シルウィ様の音が聞こえないのでしょうか」
「そうか、自分の胸の音がうるさくて互いの音は聞こえないのだな」
シルヴェストルは自分の頬が熱を持っていることに気づかないまま、少し冷めたお茶をちょうどいいと思って飲み干した。
自分のことを、理知的に物事を考えられる人間だと思っていたのは思い上がりだったと感じていた。
リュディーヌを前にすると、頭で考えたことではなく胸の中からダイレクトに言葉が出てしまう。
胸から言葉を送り出すから動悸が激しくなるのだと腑に落ちた。
目の前に座っているリュディーヌは、男性用の服を着ていて袖が長いのか少しだけ折っている。その折った袖口から骨の浮いた細い手首が見え、ふわふわしていた気持ちが冷や水を浴びたようになった。
「失礼します、お嬢様の湯浴みの準備が整いました」
ネリアがそう声を掛けた。
「ゆっくりしてくるといい」
「はい、ありがとうございます」
リュディーヌは今日一番の笑顔を見せた。
アルフ様がそう言って下がると、ネリアがお茶を淹れてくれている。この後湯浴みができるなんてとてもありがたい……。
エディットのことがあってからゆっくりネリアにお茶を淹れてもらうことは無かったので、とても久しぶりだ。
可愛らしいブルーの花柄のティーセットは新しい物のようで、お揃いの小さなスクエアプレートに、フルーツを載せた生菓子があった。ダンの手作りだろうか……なんて美味しそうなのだろう……。砂漠でオアシスを見つけた旅人のような心持ちで皿をみつめる。
「ではお嬢様、湯浴みの準備が整いましたらお声をお掛けします」
ネリアが下がり、日当たりの良いサロンの窓際に、シルヴェストル殿下と二人きりだ。
「まずは茶と菓子を頂こう。それからゆっくり話をしたい。いくらでも時間はある」
「でも、日没までに灯台に戻って灯りを点さなくてはなりません」
「今夜はアルフが一晩中灯りを守ってくれることになっているから、安心していいよ。明日は僕も行く」
「私はどうすればいいのでしょうか」
「まずは少し休んで欲しい。灯台へ行くのは体力が回復してから頼みたい」
シルヴェストル殿下が綺麗な所作でケーキを召し上がっているのを見て、私も慌ててフォークを入れる。生クリームの甘さと口どけ感を確かめると、涙が浮かびそうになって堪える。
「リュディーヌ嬢?」
「……いえ、あの……美味しくて……」
「そうか……本当に、あの環境に君を一人にしていたことは許されないことだった」
シルヴェストルは言葉にしなかったが、アルドワン伯爵邸で会った時も細かったのに、さらに痩せてしまったリュディーヌに心を痛めていた。
リュディーヌがとても美味しそうに、そして大事そうにケーキを食べている様子も胸が痛んだ。
「二杯目の茶は僕が淹れよう」
シルヴェストルは立ち上がり、ポットに湯を入れる。
リュディーヌは第一王子殿下にお茶を淹れさせてしまっていることに、どうすればいいのか分からないでいる。そんなリュディーヌの心の内に気づくことなく、シルヴェストルは新たな茶をリュディーヌのカップに注ぎ、静かに差し出した。
「リュディーヌ・アルドワン嬢、あなたの大切な名前を呼ぶことを許して欲しい」
「第一王子殿下、ですが、その名前はもう……」
「僕は、あなたに恋をしている。初めて会った時に、僕の世界にリュディーヌ・アルドワンという光が注がれたんだ。
僕は『第一王子』というその地位を、自分の幸せのために擲った。灯台守として、この地にやってきたんだ」
「第一王子という地位を……どうして、そのような……」
「今はただのシルヴェストルとして、ここに居る」
シルヴェストルはこれまでの話をゆっくりとリュディーヌに伝えた。
父である国王陛下に、第一王子としてのすべてを擲つことに決めてしまったと伝えたこと、王太子に弟のエヴァリストを推したこと、その婚約者として弟と密かに想い合っていた自分の婚約者だったナデージュを推したこと、二人に自分の愚かな行動を許してもらえたこと……。
父である陛下からは、灯台守として蝋燭に代わる灯りを他国の技術を学んで取り入れることを命じられたこと、アルドワン伯爵が持っていた子爵の爵位をリュディーヌに返す形でこの王領地を子爵領とすること……。
そこで言葉を区切り、シルヴェストルは姿勢を正して静かに言った。
「リュディーヌ・アルドワン嬢、僕と結婚してもらえませんか」
リュディーヌをみつめるその瞳は、穏やかな朝の海のように凪いでいた。
湖ではなく、海だ。
海が穏やかに見えてもそれだけではないことを、リュディーヌは灯台から毎日海ばかりを見ていたのでよく知っている。
今は凪いで見えるシルヴェストル殿下の瞳だけれど、この穏やかな朝を迎える前は暗闇だったはずだ。それを綺麗に隠して、凪いだ海面の穏やかさで自分をみつめる強さと優しさが、胸の中に沁みてくるようだった。
「……私と、結婚……ですか。何も無い、私と……」
「僕は、今は何も持っていないあなたのその手に、たくさんの幸せや喜びを手渡して生きていきたいと思っている。それに僕だってもう何も持っていないよ」
「でも、誰もお許しにはならないのでは……」
「あまりにも突然の話で、きっと混乱していることだと思う。結婚の申し込みの返事は、今すぐではなくて構わない。
まずは僕のことを知ってもらいたいと思っている。この家で、一緒に暮らしてもいいだろうか。もちろんリュディーヌ嬢の部屋を訪れたりしない。
家族のように、ホルスやアルフ、ネリアと五人で暮らしていければと思っている。
その中でここから灯台に通っていきたい。リュディーヌ嬢と共に、灯台の灯りを守りたいんだ」
「殿下と、家族のように、ですか……」
「その、『殿下』という呼び方なのだが、近いうちに殿下という敬称のつく身分ではなくなるので、できれば名前で呼んでもらえればありがたい」
「……なんとお呼びすればよろしいのでしょうか」
「では、シルウィと……」
「シルウィ様、ですか?」
「……うん。ありがとう……なんていうか、すごいな、うん。
リュディーヌ嬢の声でそう呼ばれただけで、胸の音が家の外にまで聞こえるのではないかと……」
「わたくしには、聞こえていませんけれども……」
「そうなのか!? こんなにうるさいというのに?」
「……あの、わたくしの胸の音はどうでしょうか、聞こえておりますか……わたくしの音もとてもうるさいのですが……そのせいで、殿下……シルウィ様の音が聞こえないのでしょうか」
「そうか、自分の胸の音がうるさくて互いの音は聞こえないのだな」
シルヴェストルは自分の頬が熱を持っていることに気づかないまま、少し冷めたお茶をちょうどいいと思って飲み干した。
自分のことを、理知的に物事を考えられる人間だと思っていたのは思い上がりだったと感じていた。
リュディーヌを前にすると、頭で考えたことではなく胸の中からダイレクトに言葉が出てしまう。
胸から言葉を送り出すから動悸が激しくなるのだと腑に落ちた。
目の前に座っているリュディーヌは、男性用の服を着ていて袖が長いのか少しだけ折っている。その折った袖口から骨の浮いた細い手首が見え、ふわふわしていた気持ちが冷や水を浴びたようになった。
「失礼します、お嬢様の湯浴みの準備が整いました」
ネリアがそう声を掛けた。
「ゆっくりしてくるといい」
「はい、ありがとうございます」
リュディーヌは今日一番の笑顔を見せた。
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