4 / 17
【4話】王宮で見てしまった場面
しおりを挟む週に一度、主にこのバイルシュミット王国の成り立ちやその歴史、周辺諸国との関係、そして語学教育などを受けるために王宮に上がる。
第三王子の婚約者なのと、フリッツ殿下は我がクリューガー伯爵家に婿入りするということもあって、教育の内容はそれほど難しくも厳しくもない。
第三王子殿下という立場は、いわば『スペアのスペア』であり、今のバイルシュミット王国は安定しており、よほどのことが無い限りフリッツ殿下が王太子となり王となる未来はないだろう。
それでも王子の婚約者として最低限の教育を受けるのだ。
そして、私の学びが終われば、次は殿下がクリューガー伯爵家の領主としての仕事を父から学ぶことになっている。
クリューガー伯爵家の領地は、古い家柄であることから王都からそれほど離れていない。
殿下はクリューガー家の婿となるが、私が女伯爵になるわけではない。
いずれ伯爵となるのは殿下で、私は伯爵夫人ということになるのがこの王国の決まりだった。
後継ぎが生まれて無事に七歳になり父から爵位を譲られるまでは、領地にて過ごすのだ。
いつものように学びの時間が終わり、侍従がその後の予定を伝えてくれた。
その日の朝に、フリッツ殿下の母君でいらっしゃるヘレーネ妃殿下がお手入れをなさっている稀少なバラが咲いたという。
フリッツ殿下とのお茶のセッティングをそのバラ園にしてくださったということで、バラ園に繋がる外廊下を案内の従者に続いて歩いていた。
しばらく歩いていると、こちらに背を向けてバラを見ているフリッツ殿下と、リラローゼ様の姿が見えた。
従者が立ち止まることなく歩みを進めているので、私も遅れることなくついて行く。
「……この淡い紫色のバラの名前はリーラ・ローゼというそうだ。リラローゼ嬢、あなたと同じ名前だね」
フリッツ殿下のお声だけが聞こえた。
その言葉に、リラローゼ様が何と応えたかは聞き取れなかったが、リラローゼ様の輝くような金色の髪が揺れたのが見えた。
笑っていらしたのだろうか。
リーラ・ローゼ……紫色のバラ。
(……ああ、やはりそうだったのね……。殿下のお心に居るのはリラローゼ様……私のことを、エルナと名前で呼んでくださることなどないもの)
私は自分の歩みを止めないように、そして間違ってもしゃがみ込んだりしないように、前を行く従者の後頭部をじっと見て気を逸らさないように努めた。
その後のフリッツ殿下とのお茶会で、殿下が見せてくださったヘレーネ妃殿下の稀少なバラは、紫色のあのバラではなかった。
「母が、君にこのバラを贈ってよいと言ってくださったんだ。外国産の稀少種で『シャルリーヌ』という名がついている。バラの産地国の王女の名前だそうだ。この透明にも見える花びらが儚げで美しく、君に雰囲気が似ていると思った」
フリッツ殿下は、小さなバラのブーケをくださった。
棘がきれいに処理されている美しいバラを受け取りながら、私の胸はチクチク痛んだ。
「貴重なバラをありがとうございます。どうぞヘレーネ妃殿下に、感謝を申し上げていたとお伝えください」
「ああ、そうしよう。母もそれを聞けば喜んでくれるだろう」
469
あなたにおすすめの小説
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された
夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。
それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。
ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。
設定ゆるゆる全3話のショートです。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました
ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」
大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。
けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。
王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。
婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。
だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる