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【16】シャーリド王都の城下の街(アリシア視点)
しおりを挟むシャーリドの豪華絢爛な宮殿を辞して、王都の視察に出た。
今日はこれから日暮れまで王都を見て回り、王都の北端に隣接する街の宿屋に泊まる予定だ。そして明日はその街を視察して、シャーリドを後にする。
今日はマイラ様と一緒に視察に回ることになった。
アルフレッド殿下は今日、バースィル第三王子殿下と行動を共にするという。
昨夜私と庭の散策を終えてから、イクバル殿下の秘密のバーに招かれた殿下は、そこでイクバル殿下とバースィル殿下を交えて遅くまで愉しんだらしい。
バーと言っても三人ともお酒ではなく、シャーリドの飲み物をいろいろ飲みながら話をしたそうだ。
イクバル殿下の同母弟であるバースィル殿下はイクバル殿下の婚儀の後、ご一緒に帝国内の王国を回るご予定だ。
イクバル殿下は、臣下の意見にもよく耳を傾けるバランス感覚の優れた王子と評されている。
バースィル殿下は特に剣術に秀でていると言われていた。
ただ剣がお強いだけではなく、なんでも剣を作るのがご趣味だとか。
ヴェルーデの剣を作る工法は型に流し込む「鋳造」であるのに対し、バースィル殿下は熱した鋼を叩き伸ばす工法の「鍛造」でお作りになるというのだ。
鍛造で作られた剣に興味が湧いたというアルフレッド殿下は、バースィル殿下の鍛造工房を見せてもらうのだと朝食時に目を輝かせて話してくれた。
──まるでおもちゃを与えられた子供みたいだったわ。
剣をおもちゃなどと言っては叱られてしまうが、剣について話す殿下はなんだか微笑ましかった。
殿下は一国の王子であるからには自分の身はある程度自分で護れるようにと、護衛騎士のジャンと毎朝手合わせをしているそうだ。
『連敗記録を日々更新中の身だ』と笑いながら話してくださった。
護衛騎士が王子に対してでも忖度せずに相手をするというのは、いい主従関係を築いているのだと感じる。
そんなアルフレッド殿下は、鍛造で作られた剣が良い物であるならばヴェルーデでも作れないかとお考えなのだろうか。
それとも剣は単なる象徴に過ぎず、鉄そのものに目を向けているのだろうか。
「アリシア様、やはりシャーリドの女性はみんなベールを身に着けていますね」
殿下のことをうっかり考えていたらマイラ様に話し掛けられて我に返る。
先ほど馬を従者に託して、マイラ様と私はシャーリドの街を歩いて回っていた。
女性が外を歩くときに必要だと言われ、顔を隠すベールのようなものをかぶっている。
「ええ、王宮でシャーリド風のドレスやこのベールなどが用意されていたのはありがたかったですわね」
ヴェルーデのドレスは一人では着られないものが主流だ。この視察のためにコルセットの要らないドレスやワンピースを持ってきたが、シャーリドの王宮でもいろいろ用意されていた。
そして着用したドレスで気に入ったものがあればどうぞお持ち帰りくださいと言われ、今朝の食事の時に着たドレスとベールをありがたく戴いてドレスは丁寧に帰りの荷物に入れてもらった。
マイラ様のベールも同じく王宮で用意されていたもので、私と色違いだ。
今着ているヴェルーデの街行き用のワンピースにシャーリドのベールという私たちの恰好がある意味目立ってしまっていたことに気づいたのは、もう少し後の話だ。
***
マイラ様と、ある店の前で足を止めた。
まだ営業時間前の店が多く、どこもまだ戸を閉めている。そんな中、この店は営業中のようでシャーリドによくある移動式のテントのような店構えだ。入口には小さな実をつけている鉢植えが置かれていて、ここは乾燥させた果物を売る店のようだった。
護衛も兼ねているマイラ様の侍女ベスが一人で先に店に入り、それから少しして問題ないと言うようにテントの入口を開けた。
私の侍女のメリッサは大きなテントの裏をぐるりと回っており、戻ったメリッサを先頭に中に入る。
中は思ったより広く、木で組んだ横長のテーブルに、乾燥させた果物が盛られた浅いカゴが四つ並んでいた。
店主はシャーリドの男性の多くがそうであるように顎ひげをたくわえている。
「デーツをお探しですか」
「デーツに限らず干した果物をいろいろ見ていますの。もしかしたらこれらはすべてデーツなのですか?」
マイラ様が流暢なシャーリド語で応えた。
「さようでございます。一番左のカゴのデーツが干してから十日ほど経ったもので、そこから右のカゴへいくにしたがってそれぞれ十日ずつ干した日が長くなっています。お客さんは好みの乾燥具合のデーツを買っていくというわけです」
マイラ様は感心したようにデーツのカゴに近づいて見て、さらに店主に尋ねる。
「クッキーに入れて焼くのに適したものはどれなのでしょうか」
「お客さんがたは、外国からやってきましたか」
マイラ様が黙ってしまったので、私が慎重に言葉を選んで応えた。
「何故そうお思いに?」
「シャーリドの人間は、デーツの乾燥具合がどんな料理に相応しいかと尋ねることなどありませんからね。『吾と人のデーツは違う』という言葉がこの国にあるほどですよ」
「人は人、我は我という意味でしょうか」
「まあそんなところです」
「それでクッキーに入れるのに良いデーツはどちらになるのかしら。私たちは我のデーツというほどのデータを持ち合わせていないのですわ」
そう言うと店主は目を細めてこちらを見た。
それも一瞬のことですぐにいかにも商人といった顏になったが、どれでもいいから何か買って早く店を出たいと感じた。
「ではこちらの三十日ほど干したものはいかがでしょう。よく乾燥していますがクッキーを焼く熱でほどよく柔らかく戻り、最もおいしいと私は思いますよ」
「それではその三十日干したデーツを買いましょう。お姉様、どうかしら?」
「……そうね、店主のおすすめがいいわね。三十日のカゴのデーツをカゴの分すべて戴きますわ」
「かしこまりました」
なんとなく不穏な空気を店主に感じて、マイラ様のことをお姉様と呼んで名前を呼ぶのを避けた。
マイラ様の侍女のベスがデーツの代金を払っている。
後でお代についてマイラ様と相談しなくては、そう考えている間もデーツを包む店主を凝視する。根拠はないが、なんとなくこの店主が商人には見えないのだ。
大きな油紙にカゴをひっくり返すようにして移し替えるあたりもなんだか怪しい。売り物であるデーツをこんなにぞんざいに扱うことがあるだろうか。
私たちはこのテントから出られないのはないか……。
そんなふうに思ったが、店主は包んだデーツをマイラ様に手渡すと、
「ありがとうございました。この先もどうぞよい旅を」
にこやかにそう言った。
テントの外に出て、人々が行き交う様子を見てほっと息を吐く。安心したら顔が熱く感じられ、喉の渇きを覚えた。でも今はあの店から少しでも距離を取りたい。
「マイラ様、もう少し歩いたらお茶を飲みませんか」
「いいですね。なんだか私も喉がカラカラですわ」
私たちはお茶を飲めるところを探して、にぎやかな通りを歩いていく。
そんな私たちの後ろ姿を、デーツ店主がじっと見ていたことにはもちろん気づかなかった。
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