麻美子の首

闇之一夜

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 両親が見つけたとき、麻美子は仰向けで気絶している私に覆いかぶさるように死んでいた。そのすさまじくおぞましい頭部を見て、母は天にも響くほどの悲鳴をあげたそうである。
 それはそうだろう。ゴムのように伸びた頭、転がる脳みそと目玉。その脇で血の海に浸かる我が娘の恐怖にゆがんだ顔なんぞがあったら……。

 二人とも最初、私も死んでいると思ったらしい。
 今では、本当に悪いことをしたと思っている。




 だが、最も悪いと反省しなければならないはずの相手に対しては、全くそうする気が起きない。
 なぜなら、麻美子は死んでなどいないからだ。彼女はまだそのへんにいて、自分をそんな姿にした私を八つ裂きにせんと、今日も探し回っているのだ。

 なのに、いま私のいるこの部屋は、ドアに鍵がかかっていて逃げられない。奴がここへ近づいても、この病院の医者も看護士も誰も来てくれないし、そのことを訴えても話半分しか聞かず、まずい薬なんかをよこすだけだ。
 信じちゃいないのだ、麻美子がまだ生きていて、恨めしい私に復讐しようと、そのへんで機会をうかがっている、この事実を。

 奴は何度もここへ近づいたが、騒げば誰か来るので、今のところは無事でいる。
 だがそのうち、必ずや、私は殺されるだろう。


 あの首が必要だ。あの呪いの首を壊してしまえば、怪物と化した麻美子を完全に葬ることが出来る。

 それで面会に来た母に、首をぶっ壊して、証拠としてその写真を撮って見せてくれ、と頼んだ。彼女は寂しそうに笑って承知したが、その後、全然会いに来てくれない。
 一ヵ月後、父が来て首のことを話したが、それを聞いて私は頭にガーッと血が昇って暴れだし、部屋に連れ戻された。そりゃそうだ、そんな話を聞けば誰でもキレる。

 あの首は、学校の美術室に寄贈しちまったというのだ。母が、私を思い出すからどうしても壊せないし、といってうちに置いておくと私が怒るだろうと悩み、父の提案で学校に預かってもらうことにしたらしい。
 壊す理由を正直に全部話さなかった私も浅はかだが、入院患者の立場だし、到底信じてもらえまい、と決め付けてしまった。
 私はますます絶望した。

 もう無理だ。
 あの首は永久に安泰だ。そして、化け物の麻美子も。
 だが、全ては私の自業自得なのだ。



    xxxxxxx



 ずるっ……ずるるるっ……!
 深夜、廊下で音がする。何か重いものが這うような気味の悪い音が、ゆっくりとこっちへ近づいてくる。
 麻美子だ。
 あの垂れ下がった頭を揺らし、今、あのドアに向こうにべったり張り付いているのが分かる。だがドアには鍵がかかっているから、ここに入ってはこれない。

 いや待てよ。
 窓の外の、あの影はなんだ?!


 患者が逃げださないように鉄格子がはまっているが、あれには隙間がある。案の定、振り子みたいにゆれるアレ――変わり果てた麻美子の首が、格子の間から窓にべたっと押し付けられ、ガラスにピリピリとヒビが走った。

 やめろ、来んじゃねえ! あっち行けよおお!
 呼び鈴鳴らしても誰も来やしねえ! ちくしょう!

 ガシャンッ!


 窓は派手な音をたてて割れ、鉄格子の隙間から部屋をのぞく奴の顔があった。
 驚いた。
 それは垂れ下がるおぞましい袋ではなく、あの元通りのきれいな顔なのだ。
 あの美しすぎる女の顔が、天使のように、にっこりとやさしく笑っているのだ。あの親友でいられた、安らかで尊い日々のように。

 それを見たとたん、恐怖がふっと消えてしまい、かわりに、あたたかいような、懐かしいような甘酸っぱいうれしさが、胸いっぱいにあふれた。
 私は満面の笑みになり、彼女に叫んだ。
「麻美子! 元に戻ったんだね!」

 すると麻美子の顔から、二つの目玉がぽろっと床に落ち、その黒くつめたい瞳が、憎悪の光を放って、私をじっと見すえた。(「麻美子の首」終)
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