29 / 46
昼、元教団、商店街
しおりを挟む
元教団
地下の研究施設では、日々ゾンビの研究が行われていた。その様子を北浜はカメラに納めていた。
ゾンビだけではなく、元信者の方も撮っていた。
信者は神を信じ教祖を信じ、教団に訪れたのだ。それがその中心人物である教祖が、神を否定し教団をぶっ壊したのだ。神を否定した教祖を信者は許せるのか、神を否定している教祖の元でその教祖の命令通り、ゾンビの治療研究という、危険なことをなぜ元信者は、おこなっているのか、北浜は不思議に思った。
「はじめは、驚きましたよ。何を言っているんだこの人は、そう思いました」
腹も立ちましたねぇー。森山は付け加えた。
森山学は元信者だ。大学在学中に天命地層会の勧誘を受けて、卒業後内定していた会社を蹴って、家出同然に教団に入信した。今は、ゾンビの世話係をしている。
北浜はカメラを森山に向けながら、教祖が信仰をやめたときの話を昼の休憩の時に聞いていた。
「急にゾンビが現れて、世界がめちゃくちゃくちゃになって、僕は、これは、神の試練だと思ったんです。ところが、あの人は違ったんですね。神のことを全否定しちゃったんですよ。神がいたらこんなことしないって」
森山はいった。
「今まで、神様のことを信じろって、いってた人でしょ。今までの話はなんだったんだって、思わなかったんですか」
北浜はレンズ越しに森山を見つめながら言った。
「思いますよ。毎日のように神に祈りを捧げてたんですから、修行をおこなってたんですよ。勧誘だってしてたんです。多くの人々を教団に誘ったんです。それが、全否定ですよ。今までやってきたことは、なんだったんだ。そりゃ思いますよ!」
森山は顔を赤らめ拳を振り上げた。
「その怒りをぶつけなかったんですか?」
「ぶつけました。志賀山さんに詰め寄ってぶつけましたよ。そしたら」
「そしたら」
「悪い! 考えが変わったんだ。そういって、頭を下げてました。考えが変わったって、なんだ、そんなに簡単に変わるなよ。て思いましたよ。僕らには、考えるな信じろって、さんざん言ってたくせにさぁ。でも、もう、ねぇ、僕らも行くところがなかったし、外はゾンビだらけだし、とりあえず、ここにいて良いですかってことになったんです。生活ですからね。ゾンビ相手に信仰しても助からないって、わかってたんですよ。神様は、なんにもしてくれないってね。結局、僕らも志賀山さんと同じような考えに落ちちゃったってことですかね」
森山は薄いあごひげをさわり上を見つめた。空と地の間に人がいる。天命地層会の基本的な宗教観だ。神は空におわす地におわす、上を見上げ祈りをささげ、下に向いて祈りを捧げる。すべての物に感謝しろと言うことなのだろう。
「でも、志賀山さんの言うことは、正しいとは思わないですけど、それで良いかなって思えてしまうんです。だって、学生時代、天命地層会にあう前は、神のことなんてこれっぽっちも信じていなかったですからね。そう考えると、急に考えが変わるなんてことは、起こっても良いことじゃないですかね」
「じゃあ、もし、これから先、志賀山さんが、急に、神様はいるんだ! なんて言い出したらどうするんです」
「へへっ、ありそう。志賀山さんなら言い出しかねないや。どうしようかな、でも、神様って本当はそういうものかもしれないですよ。いるって思えたり、いないって思えたり、突然なのかもしれない。ははっ、北浜さんも変な人に巻き込まれちゃいましたね」
森山は笑った。
商店街
商店街の会長室の扉に一人の男が立っていた。年齢は三十代後半、身長は百八十センチ前後、短く刈り込んだ髪に、薄汚れたスーツを着ていた。
扉を叩いた。
「はいはい、どうぞ~」
間の延びた声が帰ってきた。
「失礼します」
頭を下げて部屋に入った。
「おお、須田川くんか、どうしたんだい」
六十代ぐらいの背の低い男がいった。
「会長、ご報告したいことがあります」
「君に会長と呼ばれると、なんか変な気分になるよ」
会長と呼ばれた川崎五郎は頭を掻いた。
須田川は、元は地元のやくざだった。組員がゾンビに発砲したせいで、組事務所が爆発、組事務所があった建物は全焼し、組長以下組の幹部は全員死亡した。たまたま、その場にいなかった須田川は生き残った。途方に暮れていた須田川を、面識があった会長の川崎は雇い入れた。
「配達先の一つと連絡が取れません」
「ほう、どこだね」
「野勝市、端坂台二丁目の四ノ宮様です。今朝配達にいったんですが、いらっしゃいませんでした」
「留守だったんじゃないのか。亡くなったか、ああ、あるいは、外でゾンビに噛まれたのかも知れないねぇ」
「二階の雨戸と窓が開いていました」
「二階の窓、それは変だね」
ゾンビは二階ぐらいなら簡単に登ってくる。春先のこの時期、窓を開ける理由はない。
「ええ、それで気になって、家の周りをぐるっと回ってから、玄関から入って中の様子を確かめてみました」
「玄関、鍵は閉まってたんじゃないの」
「はい、ピッキングで開けました。家の中の様子を一通り見ましたが、四ノ宮様はいらっしゃいませんでした」
須田川は平然とした顔で言った。
「そ、そう」
川崎はちょっと困った顔をした。
「二階の、窓が開いていた寝室を念入りに調べてみたんですが、ベットの枕に、わずかながら血痕が残っていました」
「ふむ、窓の鍵を閉め忘れていて、ゾンビにでも噛まれたのかな。その後、噛まれたゾンビと一緒に外に出た。とか?」
「部屋に争った跡も、汚れもありませんでした」
「ああ、あいつら、汚れもひどいし、無駄に暴れるよね。痕跡が残ってないのは変だね。となると、人間の仕業ということになるのかな」
川崎は眉をひそめた。
「そういう可能性もあります」
「家の中に荒らされた跡はあったの」
「いえ、ありませんでした。食糧も貴金属も残っていました」
「では、物取りの犯行では、ないということなの。怨恨? 何か恨まれていたのかなぁ。こんなご時世だし、恨み事の一つや二つあっても、おかしくはないよね」
「ただ」
「なんだい」
「ずいぶん鮮やかな手口だなと思いまして」
須田川の目が細くなった。
「四ノ宮さんとこは、しばらく様子を見ておこう」
川崎はいった。
地下の研究施設では、日々ゾンビの研究が行われていた。その様子を北浜はカメラに納めていた。
ゾンビだけではなく、元信者の方も撮っていた。
信者は神を信じ教祖を信じ、教団に訪れたのだ。それがその中心人物である教祖が、神を否定し教団をぶっ壊したのだ。神を否定した教祖を信者は許せるのか、神を否定している教祖の元でその教祖の命令通り、ゾンビの治療研究という、危険なことをなぜ元信者は、おこなっているのか、北浜は不思議に思った。
「はじめは、驚きましたよ。何を言っているんだこの人は、そう思いました」
腹も立ちましたねぇー。森山は付け加えた。
森山学は元信者だ。大学在学中に天命地層会の勧誘を受けて、卒業後内定していた会社を蹴って、家出同然に教団に入信した。今は、ゾンビの世話係をしている。
北浜はカメラを森山に向けながら、教祖が信仰をやめたときの話を昼の休憩の時に聞いていた。
「急にゾンビが現れて、世界がめちゃくちゃくちゃになって、僕は、これは、神の試練だと思ったんです。ところが、あの人は違ったんですね。神のことを全否定しちゃったんですよ。神がいたらこんなことしないって」
森山はいった。
「今まで、神様のことを信じろって、いってた人でしょ。今までの話はなんだったんだって、思わなかったんですか」
北浜はレンズ越しに森山を見つめながら言った。
「思いますよ。毎日のように神に祈りを捧げてたんですから、修行をおこなってたんですよ。勧誘だってしてたんです。多くの人々を教団に誘ったんです。それが、全否定ですよ。今までやってきたことは、なんだったんだ。そりゃ思いますよ!」
森山は顔を赤らめ拳を振り上げた。
「その怒りをぶつけなかったんですか?」
「ぶつけました。志賀山さんに詰め寄ってぶつけましたよ。そしたら」
「そしたら」
「悪い! 考えが変わったんだ。そういって、頭を下げてました。考えが変わったって、なんだ、そんなに簡単に変わるなよ。て思いましたよ。僕らには、考えるな信じろって、さんざん言ってたくせにさぁ。でも、もう、ねぇ、僕らも行くところがなかったし、外はゾンビだらけだし、とりあえず、ここにいて良いですかってことになったんです。生活ですからね。ゾンビ相手に信仰しても助からないって、わかってたんですよ。神様は、なんにもしてくれないってね。結局、僕らも志賀山さんと同じような考えに落ちちゃったってことですかね」
森山は薄いあごひげをさわり上を見つめた。空と地の間に人がいる。天命地層会の基本的な宗教観だ。神は空におわす地におわす、上を見上げ祈りをささげ、下に向いて祈りを捧げる。すべての物に感謝しろと言うことなのだろう。
「でも、志賀山さんの言うことは、正しいとは思わないですけど、それで良いかなって思えてしまうんです。だって、学生時代、天命地層会にあう前は、神のことなんてこれっぽっちも信じていなかったですからね。そう考えると、急に考えが変わるなんてことは、起こっても良いことじゃないですかね」
「じゃあ、もし、これから先、志賀山さんが、急に、神様はいるんだ! なんて言い出したらどうするんです」
「へへっ、ありそう。志賀山さんなら言い出しかねないや。どうしようかな、でも、神様って本当はそういうものかもしれないですよ。いるって思えたり、いないって思えたり、突然なのかもしれない。ははっ、北浜さんも変な人に巻き込まれちゃいましたね」
森山は笑った。
商店街
商店街の会長室の扉に一人の男が立っていた。年齢は三十代後半、身長は百八十センチ前後、短く刈り込んだ髪に、薄汚れたスーツを着ていた。
扉を叩いた。
「はいはい、どうぞ~」
間の延びた声が帰ってきた。
「失礼します」
頭を下げて部屋に入った。
「おお、須田川くんか、どうしたんだい」
六十代ぐらいの背の低い男がいった。
「会長、ご報告したいことがあります」
「君に会長と呼ばれると、なんか変な気分になるよ」
会長と呼ばれた川崎五郎は頭を掻いた。
須田川は、元は地元のやくざだった。組員がゾンビに発砲したせいで、組事務所が爆発、組事務所があった建物は全焼し、組長以下組の幹部は全員死亡した。たまたま、その場にいなかった須田川は生き残った。途方に暮れていた須田川を、面識があった会長の川崎は雇い入れた。
「配達先の一つと連絡が取れません」
「ほう、どこだね」
「野勝市、端坂台二丁目の四ノ宮様です。今朝配達にいったんですが、いらっしゃいませんでした」
「留守だったんじゃないのか。亡くなったか、ああ、あるいは、外でゾンビに噛まれたのかも知れないねぇ」
「二階の雨戸と窓が開いていました」
「二階の窓、それは変だね」
ゾンビは二階ぐらいなら簡単に登ってくる。春先のこの時期、窓を開ける理由はない。
「ええ、それで気になって、家の周りをぐるっと回ってから、玄関から入って中の様子を確かめてみました」
「玄関、鍵は閉まってたんじゃないの」
「はい、ピッキングで開けました。家の中の様子を一通り見ましたが、四ノ宮様はいらっしゃいませんでした」
須田川は平然とした顔で言った。
「そ、そう」
川崎はちょっと困った顔をした。
「二階の、窓が開いていた寝室を念入りに調べてみたんですが、ベットの枕に、わずかながら血痕が残っていました」
「ふむ、窓の鍵を閉め忘れていて、ゾンビにでも噛まれたのかな。その後、噛まれたゾンビと一緒に外に出た。とか?」
「部屋に争った跡も、汚れもありませんでした」
「ああ、あいつら、汚れもひどいし、無駄に暴れるよね。痕跡が残ってないのは変だね。となると、人間の仕業ということになるのかな」
川崎は眉をひそめた。
「そういう可能性もあります」
「家の中に荒らされた跡はあったの」
「いえ、ありませんでした。食糧も貴金属も残っていました」
「では、物取りの犯行では、ないということなの。怨恨? 何か恨まれていたのかなぁ。こんなご時世だし、恨み事の一つや二つあっても、おかしくはないよね」
「ただ」
「なんだい」
「ずいぶん鮮やかな手口だなと思いまして」
須田川の目が細くなった。
「四ノ宮さんとこは、しばらく様子を見ておこう」
川崎はいった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
鹿翅島‐しかばねじま‐
寝る犬
ホラー
【アルファポリス第3回ホラー・ミステリー大賞奨励賞】
――金曜の朝、その島は日本ではなくなった。
いつもと変わらないはずの金曜日。
穏やかな夜明けを迎えたかに見えた彼らの街は、いたる所からあがる悲鳴に満たされた。
一瞬で、音も無く半径数キロメートルの小さな島『鹿翅島‐しかばねじま‐』へ広がった「何か」は、平和に暮らしていた街の人々を生ける屍に変えて行く。
隔離された環境で、あるものは戦い、あるものは逃げ惑う。
ゾンビアンソロジー。
※章ごとに独立した物語なので、どこからでも読めます。
※ホラーだけでなく、コメディやアクション、ヒューマンドラマなど様々なタイプの話が混在しています。
※各章の小見出しに、その章のタイプが表記されていますので、参考にしてください。
※由緒正しいジョージ・A・ロメロのゾンビです。
熾ーおこりー
ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】
幕末一の剣客集団、新撰組。
疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。
組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。
志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー
※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です
【登場人物】(ネタバレを含みます)
原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派)
芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。
沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派)
山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派)
土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派)
近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。
井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。
新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある
平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派)
平間(水戸派)
野口(水戸派)
(画像・速水御舟「炎舞」部分)
ルッキズムデスゲーム
はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』
とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。
知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/5:『つくえのしたのて』の章を追加。2025/3/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/4:『まよなかのでんわ』の章を追加。2025/3/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/3:『りんじん』の章を追加。2025/3/10の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/2:『はながさく』の章を追加。2025/3/9の朝8時頃より公開開始予定。
2025/3/1:『でんしゃにゆられる』の章を追加。2025/3/8の朝8時頃より公開開始予定。
2025/2/28:『かいじゅう』の章を追加。2025/3/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/2/27:『ぬま』の章を追加。2025/3/6の朝4時頃より公開開始予定。
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる