吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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昼、元教団施設

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 天と地の間に命がある。
 何でも唱えよ。
 神は何でも聞き届ける。
 天と命と地、三層合わさる。
 三層合掌。

 天命地層会。

 野勝市西区、坂道の狭い道を登り開けた場所に、天命地層会の本部があった。三メートル近くの高さがある白く塗った金属製の壁に囲まれており、入り口の扉上部には監視カメラがあった。映画監督の北浜のりぞうと志賀山万三郎の二人はそこに来ていた。道中、北浜のりぞうはびくびくと怯えながら、志賀山についていった。不思議とゾンビには会わなかった。
 天命地層会は、野勝市を中心に活動していた宗教団体である。元は、仏教系の宗教団体だったが、他の宗教思想を取り入れ、信者を徐々に増やしていった。志賀山万三郎は、その天命地層会の元教祖だった男だ。
「ずいぶんと立派な壁ですね」
 北浜のりぞうは白い壁を見上げながらいった。これだけの高さがあれば、軽く浮き上がるゾンビといえど容易には、のぼれない。
「ああ、ここを作るとき、マスコミ対策にな、壁を高くしたんだ。だが、一度も、奴らは取材に来なかった」
 志賀山は残念そうな顔をしながらいった。
「なにか、やましいことでもあったんですか」
「あったね。だが、ばれなかった。その前に、ゾンビがあらわれてな、ま、昔の話だがね」
 志賀山は入り口のタッチパネルを操作して扉を開けた。
 なにがあったのか、北浜のりぞうは聞いたが、昔の話だと、志賀山は、はぐらかした。
 中に入ると、広い敷地に畑があり、中央にいくつかアパートのような四角い建物があった。奥の方に果樹園があり、鶏小屋のような物もあった。どこかで、子供が笑っている声が聞こえた。
「結構広いですね」
「ああ、大枚はたいたからな」

 北山のりぞうは、志賀山に案内され研究室と書かれた建物に来た。中に何人か、人が居て、何か実験を行っているようだった。
「ここで、ゾンビの研究を行っている」
「信者の方たちですか」
 北浜のりぞうは小声で聞いた。
「元信者だ。教団は五年前に解散したからな」
「どうして、彼らはここに」
「他に安全なところはなかったからな。行くところのない元信者が何人も、ここに暮らしている。さ、こっちだ」
 志賀山と北浜のりぞうは、いくつかとびらを抜け、地下室へ入った。

 それは異様な光景だった。細かい網のフェンスを使っていくつかの区間に分けられた部屋の中に、青いローブのような服を着たゾンビが四十体ほどいた。

「ゾンビ、ですね」
「ああ、ゾンビだよ」
 志賀山はうなずいた。
「いいんですか」
「なにがだね」
「いや、その、ゾンビをこんな風に、閉じ込めて、感染とか」
「感染しないように、みな気をつけている」
「気をつけてるって、危ないでしょう」
 何体かのゾンビが金網につかまり、よだれを垂らしながらこちらを見ている。
「危ないからといって、医者は患者を診ないのかね。病気がうつるかも知れないからといって、患者を見殺しにするのかね」
 志賀山はいった。
「そりゃあ、見てもらわないと困りますけど、でもゾンビですよ」
 まだゾンビがそれほど蔓延していなかった頃、大勢の医者がゾンビになった患者に噛まれ、命を落としている。
「ゾンビだから、何だと言うんだね。彼らは生きているのだよ。私は彼らを救いたい。病に苦しむ彼らを救いたいのだ」
「治療できるんですか」
「無理だ。今のところめどがすら立っていない。それでも出来ることはある。そのために教団施設内に研究所を作ることにしたんだ。元だけどね。元教団施設内に、元信者を使って、ゾンビの研究室を作り上げたのだ」
「そんなもの、勝手に作って良いんですか」
「いいんだよ。そんな法律もないし、神様もいない、私の自由だ」
 志賀山は胸を張った。
「その施設の映像を撮れと言うことですか」
「その通りだ。我々の活動を記録に残したいと思い。ゾンビ映画監督の君に白羽の矢を立てたのだ」
「いや、私は、はー、まぁいいです。撮りますよ。機材は教団にあるんですね」
 どうやったって誤解は解けそうにない。いちいち否定するのは、もう面倒った。だったら、本当にゾンビ映画監督になってやろう。北浜のりぞうは、そう覚悟を決めた。
「ありがとう、だが、元教団だ」
 志賀山と北浜のりぞうは握手した。
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