吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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夜、三人の男

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 鉄パイプが肉を打つ音、荒い息、ゾンビのうなり声、権造は気配を消しながら走った。権造の体が暗闇をまとう。街灯は当然のことながらついていない、月明かりの中、足音一つ立てず暗闇に溶け込んだ。吸血鬼は暗闇の中に己の姿を隠す能力がある。
 懐中電灯の明かりの中、三人の男が、一体のゾンビを鉄パイプで殴っていた。ほかに、もう一体ゾンビが地面に倒れていた。
 権造は姿を現した。殴っている三人に見覚えがあった。
 殴られていたゾンビは膝をつき、倒れ動かなくなった。
「こんばんは」
 三人が落ち着いたところで、声をかけた。
「あっ、権造さん、こんばんは」
 三人はそれぞれ挨拶を返した。三人は野勝市森上台にある鈴川ステンレス工業で暮らしている青年だ。
「ゾンビかい。ごくろうさん」
「ええ、この辺りに、ゾンビが徘徊しているって、知らせがあったんで、ちょっくら退治していたところです」

 松山格太郎と竹岡新太、市原道夫の三人は、いつも付近のゾンビの駆除を積極的に行っている。その縁で権造とは、言葉を交わすようになった。
「どうだい最近は、皆さん元気にしてるかね」
「ええ、幸いなことに、ゾンビに感染する人間も、ここしばらくは出ていませんし、食糧事情も悪くないです」
「ほう、それはよかったね」
 鈴川ステンレス工業は主に建設機材や自動車部品などを製造する会社だった。工場周辺は高い防音壁で覆われており、ゾンビに対して高い防衛力を持っていた。
 昔、森上台周辺は田んぼや工場が建ち並んでいたが、不況で徐々に減り、その代わりに住宅地がたち始めた。その結果、新しく入った住民たちとの間に騒音トラブルが起こり、鈴川ステンレス工業は様々な騒音対策を行わなければならならくなった。そのおかげで、騒音対策の高い壁のおかげで、ゾンビから身を守りつつ様々なゾンビ対策商品の開発製造を行うことができた。
 権造が愛用している先端部分がゴムで覆われている鉄パイプも、鈴川ステンレス工業で作ってもらったものだ。前はテープを巻いた金属バットを振り回していたが、もっと軽くて丈夫なものがあると、彼らが提供してくれた。吸血鬼である権造にとって、多少の重さはあまり関係はないが、どういう作りか、この鉄パイプは、いくらゾンビをなぐっても、ろくにへこみもしなかった。
「この間、鶏を捕まえたんですよ。なんか道を普通に歩いていたらしいっすよ」

 竹岡新太がうれしそうに言った。竹岡新太はゾンビについて詳しかった。詳しいと言ってもその知識のほとんどは、昔見たアニメやゲームからの知識ばかりだったが、それなりに参考にはなった。
「それはよかったね」
「どっかから逃げたもんなんですかね。近くの家の庭に何羽かいたみたいで、けっこう人になれてる感じでしたよ」
「へぇ、養鶏場からでも逃げてきたのかねぇ」
 権造は首をかしげた。
 鶏は権造が育て、町に放ったものだ。夜中にこっそり、鈴川ステンレス工業周辺に数羽づつ解き放った。
「権造さんの方はどうなんですか」

 市原道夫が言った。市原道夫は三人の中では一番若く、二十歳になったばかりだ。昔剣道をしていたことがあるので、三人の中では一番腕が立つ。時々権造の体の動きを不思議そうに見ている。強さを計りかねているのだろう。
「俺は変わらないかな。いつもどうりゾンビ退治して、寝てるだけかな」
「権造さん、うちに来たらどうです。新しい住居もまだあいてますよ」
 松山格太郎が心配そうな顔をしながら言った。
「いや、いいよ。俺は一人が良いんだ。そっちの方が気楽だからよ」
 権造は笑った。
「そうですか。なんかあったら、いつでもいってくださいね」
「ああ、ありがとよ。おお、ゾンビの処理をしないとな。俺も手伝うよ。どこに埋めようか」
 辺りを見渡した。住宅地だ。人の気配は、まるで無かった。
「ありがとうございます。そこの庭で良いんじゃないですか」
 すぐ近くの家の庭を指さした。樹木が生い茂り、枯れた背の高い雑草の下に、つる科の植物が伸び始めていた。
 四人は誰の家か知らぬ庭に穴を掘り始めた。
 ゾンビの処理は、水が地面にしみないようなコンクリートで底をかためた穴に放り込むのが一番良いのだが、それはなかなか難しい。吸血鬼である権造ならゾンビの二、三人軽々と担ぎ上げて運ぶことはできるが、普通の人間には無理だ。そのため、動かなくなったゾンビは、ビニール袋に入れて地面に埋めることを市から推奨されている。
 ビニール袋の中に入れしっかり縛り、穴を掘り、ビニール袋に入ったゾンビを穴の中に入れる。それから、ビニール袋の上部に小さな穴をいくつか空ける。これをしないと、ガスがビニール袋にたまり、破裂することになる。その後、土をかぶせ目印になるような物を立てておく。これが市の環境課が推奨する動かなくなったゾンビの処理である。
 権造は人間のふりをして、休み休み腰を叩きながら作業を手伝った。
 ふと上を見ると庭の垂れ下がった木に桜の花のつぼみが見えた。
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