吸血鬼VS風船ゾンビ

畑山

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坂道

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 夕日の名残が徐々に消え、夜になった。小山は自分のいる場所が、少しわからなくなっていた。およその位置はわかるが、来たことのない地域で、民家に囲まれ、見通しが悪くよくわからない。とりあえず、大きな道に出ようと、下りの道を歩いた。
 ゆるい下り坂を、音を出さずに左右を警戒しながら歩いた。金属バットはいつのまにか小山の手から離れていた。逃げている間に落としたのだろう。
 バリケードが設置されている家が所々あることに小山は気づいた。人のいる気配はない、バリケードは所々破られている。見てはいけない焦げた肉のかたまりのようなものもあった。人がいるかどうか確かめる勇気は当然なかった。
 腐臭に足を止めた。嗅いだことのある匂いだ。右の方に、門が大きく開いている家があった。その奥からただよってきていた。漏れるようなガス音もする。小山は息を潜め、音を立てないように、その家を通り過ぎようとした。
 足下に気をつけながら歩いた。ホラー映画だと、空き缶か石をけって、それがころころ音を出しながら転がり、しばらくしてから、家の中からぞろぞろとゾンビが飛び出してくるのだ。そんなことを考えながら歩いた。
 ガラスを踏んだような音がした。小山は動きを止めた。
 小山が発した音ではない。右手にある家の二階に人影が見えた。人影はゆらゆらと窓に近づいていた。よく見ると窓ガラスが破壊されていて窓枠しか存在していないようだった。女がそこにたっていた。髪がもつれ、揺れ動いている。

 ああ、ゾンビだ。かわいそうに食われちまったんだな。小山は、哀れみを感じながら、見つからないよう静かに足を進めた。
 一体どれだけ多くの人がゾンビになってしまったんだろうか。どれだけ多くの人が悲しみと恐怖を感じたのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、何かを蹴飛ばしてしまった。小さな石、だと思う。暗い坂を小さな音を出しながら転がっていき、何かに当たり、空に広がるような甲高い音を出した。まるでホラー映画みたいじゃないか。
 それが合図になったのか、窓の女はゆっくりと二階の窓から落ちてきた。草むらに落ち、骨がぐるりと回るような音がした。女が震えながら起き上がってくる。顔は横向き、右の腕はだらりと伸びている。じゃっ、ちゅっ、じゃっ、ちゅっ、口から音を出しながら小山に向かって歩き始めた。
 小山はどちらに逃げるか、迷った。先のわからない道を下にくだるより、来た道を引き返した方が、いいのではないか。この先の下りの道がどこまで続いているのかわからない。行き止まりにでもなっていたら終わりだ。のぼりの道がつながっていることはわかっている。
 女が落ちてきた家の玄関の扉が音もなく開いた。どうやら、ドアノブが壊れて無くなっていたようだ。奥から数体の生きた屍が小山を求めて歩き出した。
 とにかく早く逃げないと。そう考え小山は下りの道に逃げることにした。
 暗闇の下り坂を、恐怖に追われながら小山は走った。地面が消えるような嫌な予感を抱きながら足をおろす。走ることさえできれば、ゾンビが人間に追いつくことはない。あいつらはそれほど早くはない。周りを囲まれない限り大丈夫だ。
 そう言い聞かせながら、振り返ると、ゾンビは意外と早く動いていた。上半身を左右に揺らし、短い歩幅で、早足で追ってくる。しかも、いつの間にかずいぶん増えていた。スピードにのり、足がもつれて転がるゾンビもいるが、こつをつかんだのか、とっとと、とっとと下り坂をおりてくるものもいる。平地のゾンビはぎくしゃくとした歩きになってしまうが、下り坂では太ももをそれほど上げなくてもよい。体内にガスがたまっているのか、ふわりと浮くように移動している者もいる。奴らはちょっと浮く。
 小山は叫び声を押さえ、いや、時々出た。民家の門は固く閉じられ、バリケードが設置されている。たまにある細い横道は、壁のような暗闇だった。
 下り坂が終わり、短い登り坂があった。そこを駆けのぼると、道が途切れていた。
 一瞬、そうみえた。ぽっかりとあいた何もない空間があった。遠くに黒々とした山が見える。真ん中に棒状の物が見えた。手すりであった。少しのぼった坂の上には、下へおりる階段があった。そのため、一瞬道がなくなったかのように見えた。考える暇はない。背後にはゾンビが迫っている。小山は手すりを握り階段をおりた。膝に強い痛みを感じながらも、急いで降りた。
 半ばまで降りると、階段の左側に、何かが転がってきた。ゾンビだ。階段をおり損ねたゾンビが、丸まって、いや、それほど丸まっていない、猫背で足だけを曲げるような形で、頭、おしり、足、硬直した人体の楕円が階段にぶつかりながら、転がっていく。
 音がする。振り返ると、小山の後ろにも、それが近づいてきていた。ごっ、ふる、べっ、ぽーん。女が、宙を舞い額を打ち付け、回転する。階段の踊り場で、手すりがなかったので左によけた。転がってきた女のゾンビは、悔しそうに手を伸ばし、そのまま定期的に音を出しながら階段の下へ転がっていった。
 このまま階段を下りていけば転がったゾンビがいるのだ。小山は引き返したい気持ちがあったが、後ろは後ろで、ゾンビが追いかけてきていた。
 その後も何体かのゾンビが転がってきたが、小山は右に左にうまくよけた。階段から落ちたゾンビは、何体か絡まりあい身動きが取れなくなっていた。頸椎でも折れたのか、歯をむき出しかみつこうとするものの、ほとんど動けないようだ。小山はそれらを飛び越え、逃走を続けた。

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