啓蟄のアヴァ

藤井咲

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第一章

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「あの子は大丈夫なの?」

「…連絡してもあまり返ってこない。」

 一人分の隙間を空けて椅子に座り顔を突き合わせる二人は非常によく似た色を持っている。
必要最低限の明かりで照らされたリビングルームは彼らをより黒く見せた。
二人には大きすぎる机には各々の晩食が並べられている。女は蒸留酒の匂いを嗅いで眉をしかめた。

「相変わらず勝手な子よね。今年はどうするのかしら、知ってる?」

黒い目を少し歪ませ、予測できるだろう答えを男に答えさせる。

「多分来ないと思うよ。少し様子をみてあげたほうがいいんじゃないの?」

「だからって、あんな仕事につかなくたっていいじゃない。まるで見世物だわ。」

「仕事は仕事だよ。アヴァが選んだんだし。」

それっきり二人の会話は止まった。
室内にカチャカチャと無機質な音が響く。


―――――――――


 ぎゅっと目を瞑って目の輪郭を感じる。ぎゅっと奥歯を噛んで頬の薄皮に跡がつくのが分かる。
ベッドサイドに置いてある水を一口飲んだ。
今回は何時間寝ていただろうか。外は暗い。
また担当のパンから連絡が来ている。面倒だな、と漠然と感じる自分がいた。
起きたばかりだというのにいらいらして頭に鈍痛を感じ胸の奥に火がついている。ゆらりと燃える炎はおかしな焦りを感じさせる。焦りを感じている自分にまたいらいらする。体中がだるい。

 流しっぱなしのオーディオから女の機械音でニュースが聞こえる。

 「海洋の汚染数値は下がることなく、一定数値のままです。しかしながら、地上の植林は世界中で続けられています。明日の三州独立記念日では、正午よりエナ州、テッセラ州、エクシ州の代表が集まり合同植林会が行われる予定です。警備にあたるのは-」

オーディオに手を触れて電源を切った。

 ヘキサッド・キャピタルの国民は巨大な海上都市に暮らしている。
海上都市は木をモデルとした造りで、さながら海に浮かぶ大樹の集まりだ。
エナ州、テッセラ州、エクシ州の三つの独立州を中心に巨大な海上都市が作られた。
太い幹が一つ一つの建物の根幹になっていて、その内部に水をくみ上げる装置が隙間なく入っている。海上都市の真下に海水淡水化装置が置かれていて、淡水化された水は管を通じて水耕栽培所にくみ上げられる。傘を広げた形の地盤は透明なフィルムに覆われている仕様だ。
他国は人工島の建造に力をいれているようだが、この海域一帯は海面に近いほど気温が高い。人工島を望む声は多いが可能性は薄いだろう。

 何故人は水上に暮らし始めたのか。何故、地上に残れなかったのか。

 第三次世界大戦と言われる最悪の戦争。
地球を汚染し、人間の生活様式の根底を変えたその戦争の顛末を全て知る人はいない。
しかしその凄惨さから「人類最大の過ち」と強く訴えられ、度々小説や歴史書として世に送り出されてきた。
この戦争が、ヘキサッド・キャピタル国民が聞く最初の寝物語だ。戦争の惨烈さを子供の頃から認知すべきとされ、親から子へと語られる。

『太陽が昇る方角には大きな恐竜がいる。
 ある日金の熊が大きな恐竜に唾を吐いた。
 太陽が沈む方角に住む砂の民は血に狂って中立者に嫌われた。
 全てを見ていた神様が怒って海の中で火を燃やした。』

 戦争の発端は当時発展途上国だったデザート・サン国だという見解が根強い。
その昔、地球には国が百以上あり、それらをまとめる大国が八つ有ったことは歴史的に有名な話だ。
東半球に位置する最大領土保持国のドミウォール・ディノ国、そこから北海を超え西に進むと島国のアンシエント島にぶつかる。
アンシエント島からまた海を超えると見えてくるのがシェード・ダイアモンド国、オーリック・ベア国、スウェイ・サンデー国だ。この三国は地続きで三つ巴の様に連なっていた。
この三国とイクイティー・アル国、デザート・サン国を横断するようにウイズダム山脈が走る。
これらの東半球、西半球を占める七つの大国と、南半球にぽつんとあるヘキサッド・キャピタル国を隔てるようにオールドディア山脈を保有する南海洋域が存在する。
ヘキサッド・キャピタル国の背後には閉じられた氷の世界がかろうじて目視出来る近さに存在していた。

 第三次世界大戦の主な動きは二つとされている。
一つ目の発端となった「理由なき反抗」。
最西端に位置するデザート・サン国民による、あまりに有名な暴動事件である。
デザート・サン国は王権制で有色人種が多く見られる土地であった。
徐々に国の周りから砂漠化していく問題がありながらも、石油産業、ウイズダム山脈からの鉱山産業、自国でのみ採取される果物や薬等で生計をたて経済発展をしていった国である。
しかし、突然の国民による王族虐殺、またその場に居合わせたイクイティー・アル国大臣の死亡が確認され世界中から大バッシングを受けた。
中立者としての地位を確立していたイクイティー・アル国にとって、「理由なき反抗」は国民や政治家にとって晴天の霹靂であり、国一丸となってデザート・サン国を憎んだ。死亡した大臣は愛国心に溢れ常に民を思い行動すると言われていた国の良心であった。国葬を終えた後、報復攻撃へと踏み込みウイズダム山脈を挟んだ戦争に発展する。
和解を訴える運動も起こったが、王族に仕えていた官僚達は一部を除き国を捨て、これにより外交体制は崩壊した。結果としてトップを失ったデザート・サン国は騒乱の嵐となり保有する大多数の核爆弾を戦いに使用し、隣国の同盟国スウェイ・サンディーへ秘密裏に助けを求めた。元々戦うことが好きで血気盛んなDNAをもち、かつデザート・サン国に親類を持つものも多かったスウェイ・サンディー国は武器提供と傭兵支援を行った。また、最大の理由としては領土拡大の漁夫の利を狙っていたと言われているが、真相は定かでない。
デザート・サン国の徹底抗戦に対して、イクイティー・アル国は最後まで核の使用を踏みとどまった。
戦場は主にウィズダム山脈(The Wisdom mountain range)で行われ、この戦争を「ウィズダム戦争」と呼んだ。この時代に「第二デジタル革命」が生まれた。

 二つ目の発端は北半球に位置する最大国にして世界の金融中心国である、ドミウォール・ディノ国の内戦であった。
世界をリードし続け、権力分立を採用し二大政党制が続いている民主主義国家であるドミウォール・ディノ国。
実力で地位と富を築ける国として有名で、世界中から一攫千金を狙う人々が訪れた。
しかし、人種のるつぼとなり国内に大小様々な人種のコロニーが誕生し対立も激しく格差社会が顕著であった。
また、国は一つであるべきという思想のもと「地球ドミウォール・ディノ統一国」を目指し小国に戦を仕掛けることが常であったが、戦いによって国が疲弊していき、戦争政策に不満を持つリベラル派と、国の在り方を支持した保守派による「二党内戦」が国内各地で勃発する。
内戦で混乱している隙をつかれ、海を挟んだオーリック・ベア国に大規模児童誘拐事件を仕掛けられた。
オーリック・ベア国は共産主義国家として栄えた国だ。
誘拐された児童達は名門校で寮生活をしていた児童で、内戦で疎開している最中を狙われた。
この事件は建国以来最悪の事件とされ、オーリック・ベア国との戦争のきっかけとなった。
オーリック・ベア国を“腐った熊”と叫び、ドミウォール・ディノ国を“愚かな巨人”と呼ぶ「熊と恐竜の論争」は他国の注目を集め、二大国を揶揄った風刺画が多く出回ることとなる。
開戦後、ドミウォール・ディノ国は同盟国であるアンシエント島に援軍を求めた。
主に海戦となったが、ドミウォール・ディノ国とオーリック・ベア国の主要攻撃が水爆であった為、連日の攻撃によりアンシエント島の海域が汚染され、味方であった同盟国との問題も生じる戦争になっていった。
この北半球最大の戦争は「大大国大戦」と呼ばれた。

 そして突然、地球の半球と半球が戦っている最中、オールドディア山脈が大噴火を起こす未曽有の大災害が起こった。この大災害については未だ謎が多い。
この大噴火が引き金になったのか未だ調査中であるが、地球全体で目まぐるしい気候変動が生まれ、狂ったような強風、吹雪、雷、熱波、全ての天害が同じ空間に存在した。
一週間のうちに三分の一の地上が海底に沈んだといわれている。
事態を正しく把握できた資料はなく、
「神によって作られ忘れられた山が怒りに燃えた」と曖昧な記述ばかりだったそうだ。
大災害の被害だけで済めばまだ立て直しは可能だったかもしれないが、核爆弾の環境汚染により残った地上の大部分が汚染土地に指定された。

 保有領土を誇っていたドミウォール・ディノ国、そしてオーリック・ベア国はかなりの領土縮小を被った。デザート・サン国は領土が二つに分かれ、ウィズダム山脈を挟んでイクイティー・アル国とスウェイ・サンデー国が残る形になる。シェード・ダイアモンド国は完璧に国が消え、アンシエント島も戦後姿を消してしまったそうだ。ヘキサッド・キャピタル国は戦争に対し沈黙を貫いたが、大噴火の被害により六つの州の内半分は海に飲み込まれた。

各国は戦争する余力もなく戦争帰結も蟠りの残る不完全なもので、大噴火により海の底に沈んだ土地を含め可住地面積が著しく減少することで人類最大の過ちと言われた戦争は突然終わった。

これが現在の世界を作った物語の顛末である。

「馬鹿じゃん、植林とか意味ない。皆海の上で死んでいくのに。」

暗い部屋にどこか遠く感じる声が響く。
狂っていないフリをするのは大変だな、皆自分はまともで平常であるように暮らしている。
顔にモザイクがかかった人たちを思い浮かべた。吐き気がする。
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