~歯車都市の電子妖精~  狐娘を連れて留学したらなぜか吸血鬼共に追いかけ回されているのだがどうすればいいのだろう 

尾野 灯

文字の大きさ
上 下
1 / 1

白狐と自動人形 (1)

しおりを挟む
「おっさん! 窓!」

 異変を感じた亮介が叫ぶより早く、両開きの窓が爆発するように吹き飛んだ。木製の鎧戸の破片を撒き散らしながら、黒い影が二体、室内に躍り込んでくる。

「おっさん言うんじゃねえ! メイソンだ!」

 先にとびかかってきた小柄な影を、メイソンが鋼鉄の義手で殴り飛ばした。

「どうやってきたんだよ、ここ三階だよな!?」
「化け物相手に人間の常識なんぞ通じるものかよ」

 六フィート半はある筋肉ダルマのメイソンに殴り飛ばされた吸血鬼が、亮介の横をすっ飛んでゆき、背後の石壁に当たってゴキリと嫌な音を立てる。
 すかさず飛びかかってきた大男と両手を合わせ、メイソンが手四つで組み合う。吸血鬼相手に五分の力比べをする彼に亮介は舌を巻いた。
 吸血鬼の眷属けんぞくとなってリミッターの外れた肉体は、常識はずれの力を発揮する。それが眷属の眷属の、そのまた眷属の眷属でも……だ。

「後ろの奴、まだ生きてるぞ、気をつけろ!」

 メイソンの声に後ろを振り返った亮介は、見覚えのある顔をみて眉をひそめた。

――昼間に見かけた酒屋の爺さんじゃねえか……。

 吸血鬼は招かれたことのない建物には入れない。ならば入れる奴を襲撃者に選んで、眷属にすればいいという事か。
 なるほど、人の出入りが多い宿に泊まった自分たちが迂闊うかつだったということだ。

「首折れてんぞ、これで生きてるとか丈夫すぎんだろ!」
「そっちはリョウが何とかしろ、俺は手一杯だ」

 首の骨をヘシ折られ、顔が明後日の方向をむいたまま老人が立ち上がる。
 亮介は手にした短刀を左手にスイッチして、腰のホルスターからパーカッション・リボルバーを引き抜いた。
 バードクリップの短銃身、女性向けの護身用のそれを、抜き撃ちに構えて撃鉄を起こす。
 刹那、人間離れした速度で老人がとびかかってきた。
 狙いもそこそこに、発砲。
 心臓を狙って放たれた銀の弾丸が、わずかにそれて吸血鬼の右胸に当たる。
 銀に焼かれた傷口から黒い煙が吹き上がった。

「くそっ」

 三歩半の間合いを一瞬で縮められ、亮介は毒づいた。 
 首筋を狙って振り下ろされた鉤爪を、左手の短刀で受けとめる。
 老人が躊躇することなく短刀の刃を握りこむ、鋭利な刃に肉を斬るがお構いなしだ。
 予想はしていたが、愛刀を引けば指ぐらいは切り飛ばせると踏んだ亮介の誤算は、その力の強さだった。

「まじかよ、ビクともしねえ」

 同時に腰だめに構えたリボルバーがもう一発、乾いた銃声を響かせた。
 銀の銃弾が再び吸血鬼の内臓をえぐる。

「シャアアアアア」、

 悲鳴とも雄たけびともつかない声をあげ、空いた方の手で銃身がグイとつかまれる。
 両手の武器を握りこまれて身動きが取れなくなった亮介の首筋に、牙を突き立てようと折れた首がぐるんと回った。

「流石にそれはキメェだろ!」

 叫びながら、ままよと後ろに転がる。巴投げの要領で老人を蹴り上げ、潔く武器を手放した。
 リボルバーと短刀を両手に握りしめたまま、小柄な吸血鬼が飛んで行く。

「おっと! リョウ、ナイスだ」

 飛んで行った先でメイソンと組み合っていた相手にぶち当たる。 大柄な吸血鬼の服にも見覚えがあった、深緑のフロックコートは市場で会った宿のコックだ。
 足下に老人がぶつかった拍子にバランスを崩して片膝を折った機を逃さず、メイソンが丸太のような腕で力任せに抑え込む。

「おかげでこっちはピンチだよ!」

 ぶつかった反動でバランスを取り戻した老人が、亮介から奪った武器を投げ捨てニヤリと笑った。
 ブラリブラリと折れた首が動く。

「だから怖いって、その首」

 軽口をたたきながらも、亮介はジリジリと後ろに下がる。吸血鬼と言え生き物だ。銀の弾丸、聖別された武器、マナの塊みたいな真祖でもない限り、殺すこともできる。
 だが、使い捨てのコマに過ぎない末端の連中でも、その怪力と打たれ強さは、到底亮介の細腕で一本でやりあえる相手ではない。

「主さま? ぬーしーさーまー?」

 その時、脂汗をかきながらじりじりと後ずさりする亮介の耳元で、いたずらっぽい女の声が響いた。

「忙しいから後でな」

 後ろに下がりながら亮介はあたりを見回した。
 武器は部屋の隅に投げられている、頼れるのは自分の力だけだ。

 ――腕一本くれてやる気で行けば、目ぐらいはつぶせるか?

 このレベルの吸血鬼なら、噛まれても吸血鬼化するほどのマナは持っていないだろう。 知能も下がっていて、生きている死体に毛が生えた程度だ。
 だが、そんな腐りかけの脳みそでさえ、勝利を確信したのだろう。この上なく邪悪な笑みを浮かべた吸血鬼が、飛びかかろうと身構える。

「ねえ、食べられちゃうよ? きっと痛いよ?」

 ――命あってのものだねか……。

「わかった、降参、バンザイだ。助けてくれ」
「お供えは? ご褒美は? 七日七晩?」
「殺す気か、せいぜい二日二晩だ」
「むぅ」

 不満そうに小さくうめく声に、亮介は言葉を付け足した。

「頼むよ、いい子だから」
「うきゅう……、仕方ないなあ。二日二晩だからね約束だから。呼んで、ほら呼んで」

 ――これで齢三百を超えるというのだから、まったく。

「来い、茜っ!」

 ぐいと襟巻を引きむしり、老人めがけて投げつける。

「はいな!」

狐の襟巻が声を上げ、くるりと空中で一回転。大型犬ほどある白狐が現れた。

「おさん狐が一番弟子、茜、参る!」

 茜が名乗りを上げるのと老人がとびかかってくるのがほぼ同時、白い稲妻と化した白狐と吸血鬼がすれ違う。

「おいおいおい」

 歩みを止めずにまっすぐに向かってくる老人に、亮介は思わず足を出した。先ほどまでグラグラと気味悪く揺れていたその首は、茜の口に咥えられてこちらをにらんでいる。

「おいしくない!」

 茜が頭を振ると、ポイと茜が老人の生首を放り出す。駆け寄ってくる首なしの胴体を蹴飛ばした亮介の足が、そのままズボリと死体に突き刺さった。

「うわっぷ!」

 灰化した吸血鬼の死体が、半ば砕けながら勢いのまま抱き着いてくる。右手で振り払ったたとたんに粉々に舞い上がり、頭からつま先までグレーの煙につつまれた。

「わあ! 主さま、ばっちいんだ」
「げほっ、うるせえ、メイソンは?」
「しらない、大丈夫じゃない?」

 灰を浴びて痛む目をしばたかせ、メイソンが組み合っていた方向に目をやる。のんきな茜の声を証明するように、メイソンの義手に仕込まれた十二番ゲージが咆哮をあげ、銀の一粒玉スラッグが吸血鬼の心臓を穿って大穴をあけた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

SSSランク冒険者から始めるS級異世界生活

佐竹アキノリ
ファンタジー
若くして剣技を極め、SSSランク冒険者となったリベルは、魔物を滅ぼした後の日常を持て余していた。その力はあまりに強大すぎて活躍の場はない上、彼を政治的に利用しようと各国は陰謀を企て始める。 この世界に居場所はない。新天地を求めて伝説の地を訪れたリベルは、そこで異世界への切符を手にする。 向かう先はSランクを超越した者だけが行くことを許される究極のS級世界だ。そこでSSSランクは始まりに過ぎない。10Sランク、100Sランクと高みはどこまでも続いていく。 活躍の場を得たリベルは、最強の冒険者を目指して成り上がっていく。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

パラノイア・アルケミスト〜逃走ホムンクルスの生存戦略〜

森樹
ファンタジー
元傭兵の青年ブレッドと、禁忌の錬金術で作られたホムンクルスの少年少女・アルフとフィーネが出会った時、運命の歯車が動き出す。 アルフとフィーネを巡る陰謀に巻き込まれたブレッドは、顔見知りの魔女カミラを道連れにアルフとフィーネの面倒をみることになる。 狂気をまとった禁忌の錬金術師イゴールが率いる組織から、ブレッドとカミラは二人を守る事が出来るのか。 蒸気機関車の走る大陸で起こる、若者達が生き残る為に戦いながらも幸せを探して生活をしていく物語。 ※リハビリ作品です。長期連載停止中の『宰相夫人の異世界転移』も近々復活したいです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろうでも公開しています。 2025年1月18日、内容を一部修正しました。

ハイエルフの幼女は異世界をまったりと過ごしていく ~それを助ける過保護な転移者~

まぁ
ファンタジー
事故で亡くなった日本人、黒野大河はクロノとして異世界転移するはめに。 よし、神様からチートの力をもらって、無双だ!!! ではなく、神様の世界で厳しい修行の末に力を手に入れやっとのことで異世界転移。 目的もない異世界生活だがすぐにハイエルフの幼女とであう。 なぜか、その子が気になり世話をすることに。 神様と修行した力でこっそり無双、もらった力で快適生活を。 邪神あり勇者あり冒険者あり迷宮もありの世界を幼女とポチ(犬?)で駆け抜けます。 PS 2/12 1章を書き上げました。あとは手直しをして終わりです。 とりあえず、この1章でメインストーリーはほぼ8割終わる予定です。 伸ばそうと思えば、5割程度終了といったとこでしょうか。 2章からはまったりと?、自由に異世界を生活していきます。        以前書いたことのある話で戦闘が面白かったと感想をもらいましたので、 1章最後は戦闘を長めに書いてみました。

処理中です...