54 / 66
最後の六隻
入れ替わるは人機 (2)
しおりを挟む
タラント作戦が成功し、ケンタウルスⅧに駐留していた太陽系辺境艦隊を壊滅させたケンタウリ独立政府は、太陽系統合政府に対して自治権を求める旨を通告して宣戦を布告した。
「よう、ケントどこにいくんだ?」
「暇なんでな、テッドと遊んでくる」
「お前も好きだねえ」
作戦後、四機づつに分けられた戦闘機部隊は、フリゲート艦『フリージアン』に搭載され、ケンタウルスⅤを中心としたジャンプアウト宙域のパトロールに当たっていた。
「あら、ケントどこに行くの?」
「AIと戦術訓練でもしようかと思いまして、メイフィールド少尉」
「そう、ちょうどよかった。アリスの実地飛行に付き合ってあげて、報告書があって手が離せないの」
少尉の隣に立っていた少女が、ぴょこんとお辞儀をする。そこは敬礼するところだろうとケントは苦笑いした。アリス・ブラウン准尉、タラント作戦で撃墜されたキム准尉の代わりに補充されたの、技術学校をでたばかりの新人だ。
「よろしくおねがいします、マツオカ准尉」
「ケントでいいよ、アリス」
「はい! じゃあケントさん……よろしくです」
パイロットとして配属された時点で、階級はケントと変わらない。今のところ志願兵しか取っていないとはいえ、まだ未成年だろうにとケントは少し気の毒に思う。
「あら、なんだか私だけ仲間はずれみたいでやだな、ちょっとセシリアって呼んでみてよケント」
「少尉は偉いからだめです」
「ケチー」
長い年月を経て、統一設計《ユニバーサル》のコックピットが採用された宇宙船は、今ではほぼ全ての操作をシミュレーターで学ぶことができる。タグボートから大型のコンテナ船までよほどのことがない限り操作は同じだ。
二本の操縦桿と四つのペダルで統一され、異なるのは付属する機能、戦闘機なら火器管制くらいのものだろう。
「こちらブルー・ツー、フリージアン発艦許可を」
「こちらフリージアン、発艦を許可する、新人をあんまりいじめるなよ」
「了解、気をつけますよ」
フリゲート艦の後部甲板の上下左右に、へばりつくように搭載された『ケイローン』が、小さな振動とともに切り離される。
真ん中のペダルを踏んで機体を艦から離すと、小さく逆噴射。『フリージアン』から距離を取る。
「オーケイアリス、幸いこの宙域はデブリも殆ど無いクリーンな宙域だ。そのへんに浮かんでる無人偵察ポッドにぶつかるヘマでもやらなきゃ平気だから、安心していい」
「了解」
ケンタウルスⅤ周辺、とくにケンタウルスⅤから半径三千キロの球状の宙域は、百年かけて念入りにデブリが掃除されている。
転送門を使って安全にジャンプアウトするには、何もない空間が必要となる。転送繭を解除したところに小惑星でもあろうものなら、ひどい目に合うのは確実だ。
「あと、AIを副操縦士に設定にしとけ」
「どうしてです? 戦術分析に回したほうが戦闘では有利なのに」
「高機動で気絶しても、宇宙の果まで連れて行かれなくて済む、訓練で死にたくはないだろう」
「ああ、なるほど、流石です」
宇宙戦闘機としての性能を極限まで追求した『ケイローン』は、太陽系星系軍の戦闘機より二割ほど大きいが、倍近い大出力エンジンとプラズマステルス、高性能のAIのおかげで戦闘機同士の戦いであればまず負けることはない。
問題は高出力すぎて慣性制御装置が追いつかず、リミッターを外せば最大15G、リミッター内でも最大9Gがかかるという点だ。
「オーケイ、ヘッドオンで交差からの格闘戦訓練だ」
「了解」
そのままきっちり六十秒、反対方向に飛び続けた二機が反転して向かい合う。
「いきますよ、ケント」
「お手柔らかに頼むよ、アリス」
静止状態から最大加速する。
「テッド、仮想敵をセット、タイプは標準型」
「了解」
ここ最近、時間を見つけてはテッドと過ごしていたおかげで、ケントの思考を先回りできるようになったAIが、瞬時に敵の攻撃パターンを可能性が高い順に提示する。一番上に来ているのは、交差後に宙返りして背後を取るパターンだ。
「まあ妥当だろうな」
テッドのおすすめは、宙返りに付き合ってからの旋回戦闘。
距離が縮まる。
「テッド、火器管制を任せる」
「了解《ラージャ》、アイハヴ・FCS」
発砲のタイミングをテッドに渡し、ケントはすれ違った刹那、進行方向はそのままで小刻みにバーニアを吹かすと機体をその場でクルリと回す。
加速Gがそのまま、リミッターいっぱいの減速Gとなってケントに襲いかかり、目の前が暗くなる中、短距離ミサイルと二門のレーザー砲をテッドが一斉射。
「敵機撃墜」
「ええっ!?」
テッドの宣言をアリスの機体のAIが確認、彼女の悲鳴にも似た驚嘆の声が、戻り始めた意識のなか遠くで響く。それを聞きながらケントは笑った。
「なんですか今の? どうやったらあんなのが当たるんです?」
「悪いなアリス、今のはちょっとした意地悪だ。次はちゃんと付き合ってやる」
機械と比べてヤワな人間が、いまだに中に乗っている理由は、AIにとって「ノイズ」であることだ。求められているのは第六感や、突拍子もないズルの類であるといっていい。
「イテテ」
肩に食い込んだベルトの後が、明日にはアザになっているだろう。一旦距離を置いてから、こちらに機首を巡らせて再びヘッドオンしようとするアリスに、ケントが操縦桿を握り直したその時。
「こちらフリージアン、中止、繰り返す、訓練中止、セクターD18に識別不明機がジャンプアウト」
緊張した通信がフリゲート艦『フリージアン』から飛び込んできた。
「よう、ケントどこにいくんだ?」
「暇なんでな、テッドと遊んでくる」
「お前も好きだねえ」
作戦後、四機づつに分けられた戦闘機部隊は、フリゲート艦『フリージアン』に搭載され、ケンタウルスⅤを中心としたジャンプアウト宙域のパトロールに当たっていた。
「あら、ケントどこに行くの?」
「AIと戦術訓練でもしようかと思いまして、メイフィールド少尉」
「そう、ちょうどよかった。アリスの実地飛行に付き合ってあげて、報告書があって手が離せないの」
少尉の隣に立っていた少女が、ぴょこんとお辞儀をする。そこは敬礼するところだろうとケントは苦笑いした。アリス・ブラウン准尉、タラント作戦で撃墜されたキム准尉の代わりに補充されたの、技術学校をでたばかりの新人だ。
「よろしくおねがいします、マツオカ准尉」
「ケントでいいよ、アリス」
「はい! じゃあケントさん……よろしくです」
パイロットとして配属された時点で、階級はケントと変わらない。今のところ志願兵しか取っていないとはいえ、まだ未成年だろうにとケントは少し気の毒に思う。
「あら、なんだか私だけ仲間はずれみたいでやだな、ちょっとセシリアって呼んでみてよケント」
「少尉は偉いからだめです」
「ケチー」
長い年月を経て、統一設計《ユニバーサル》のコックピットが採用された宇宙船は、今ではほぼ全ての操作をシミュレーターで学ぶことができる。タグボートから大型のコンテナ船までよほどのことがない限り操作は同じだ。
二本の操縦桿と四つのペダルで統一され、異なるのは付属する機能、戦闘機なら火器管制くらいのものだろう。
「こちらブルー・ツー、フリージアン発艦許可を」
「こちらフリージアン、発艦を許可する、新人をあんまりいじめるなよ」
「了解、気をつけますよ」
フリゲート艦の後部甲板の上下左右に、へばりつくように搭載された『ケイローン』が、小さな振動とともに切り離される。
真ん中のペダルを踏んで機体を艦から離すと、小さく逆噴射。『フリージアン』から距離を取る。
「オーケイアリス、幸いこの宙域はデブリも殆ど無いクリーンな宙域だ。そのへんに浮かんでる無人偵察ポッドにぶつかるヘマでもやらなきゃ平気だから、安心していい」
「了解」
ケンタウルスⅤ周辺、とくにケンタウルスⅤから半径三千キロの球状の宙域は、百年かけて念入りにデブリが掃除されている。
転送門を使って安全にジャンプアウトするには、何もない空間が必要となる。転送繭を解除したところに小惑星でもあろうものなら、ひどい目に合うのは確実だ。
「あと、AIを副操縦士に設定にしとけ」
「どうしてです? 戦術分析に回したほうが戦闘では有利なのに」
「高機動で気絶しても、宇宙の果まで連れて行かれなくて済む、訓練で死にたくはないだろう」
「ああ、なるほど、流石です」
宇宙戦闘機としての性能を極限まで追求した『ケイローン』は、太陽系星系軍の戦闘機より二割ほど大きいが、倍近い大出力エンジンとプラズマステルス、高性能のAIのおかげで戦闘機同士の戦いであればまず負けることはない。
問題は高出力すぎて慣性制御装置が追いつかず、リミッターを外せば最大15G、リミッター内でも最大9Gがかかるという点だ。
「オーケイ、ヘッドオンで交差からの格闘戦訓練だ」
「了解」
そのままきっちり六十秒、反対方向に飛び続けた二機が反転して向かい合う。
「いきますよ、ケント」
「お手柔らかに頼むよ、アリス」
静止状態から最大加速する。
「テッド、仮想敵をセット、タイプは標準型」
「了解」
ここ最近、時間を見つけてはテッドと過ごしていたおかげで、ケントの思考を先回りできるようになったAIが、瞬時に敵の攻撃パターンを可能性が高い順に提示する。一番上に来ているのは、交差後に宙返りして背後を取るパターンだ。
「まあ妥当だろうな」
テッドのおすすめは、宙返りに付き合ってからの旋回戦闘。
距離が縮まる。
「テッド、火器管制を任せる」
「了解《ラージャ》、アイハヴ・FCS」
発砲のタイミングをテッドに渡し、ケントはすれ違った刹那、進行方向はそのままで小刻みにバーニアを吹かすと機体をその場でクルリと回す。
加速Gがそのまま、リミッターいっぱいの減速Gとなってケントに襲いかかり、目の前が暗くなる中、短距離ミサイルと二門のレーザー砲をテッドが一斉射。
「敵機撃墜」
「ええっ!?」
テッドの宣言をアリスの機体のAIが確認、彼女の悲鳴にも似た驚嘆の声が、戻り始めた意識のなか遠くで響く。それを聞きながらケントは笑った。
「なんですか今の? どうやったらあんなのが当たるんです?」
「悪いなアリス、今のはちょっとした意地悪だ。次はちゃんと付き合ってやる」
機械と比べてヤワな人間が、いまだに中に乗っている理由は、AIにとって「ノイズ」であることだ。求められているのは第六感や、突拍子もないズルの類であるといっていい。
「イテテ」
肩に食い込んだベルトの後が、明日にはアザになっているだろう。一旦距離を置いてから、こちらに機首を巡らせて再びヘッドオンしようとするアリスに、ケントが操縦桿を握り直したその時。
「こちらフリージアン、中止、繰り返す、訓練中止、セクターD18に識別不明機がジャンプアウト」
緊張した通信がフリゲート艦『フリージアン』から飛び込んできた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
宇宙人に誘拐されたので暴れたら、UFOが壊れて剣と魔法の世界に不時着しました!?
雪野湯
ファンタジー
学校から帰宅途中の、外見清楚系・中身跳ねっ返りの女子中学生ユニ。
ユニは突然、研究素材として宇宙人に攫われた! 内臓を持っていかれちゃう?
しかし彼女は、そんなことさせないと暴れに暴れて、UFOをぶっ壊し、見知らぬ星へ墜落。
落ちた場所は魔法が存在する世界。
そこで魔法を覚えたユニは宇宙人と協力し、UFOの修理道具を求めて星々を駆け巡り、地球への帰還を目指す……のだが、ユニはあちらこちらの星々で活躍してしまい、私たち地球人があずかり知れぬ宇宙で地球人の名を広めていく。
時に神の如き存在であり、時に勇猛果敢な戦士であり、時に恐怖を体現したかのような悪魔の一族として……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる